序章 黄金瞳の華 後編

次代三権大師が誕生してから六年が過ぎた春。

段々と暖かくなってきた今日は三権大師さんけんだいしと後継者の交流の為、六人でお泊り会を開催する。現在、現三権大師は子供たちを迎えに向かっている。三権大師の屋敷と公務を行う官邸は東地区にある為、東地区に住む行政の後継者・たちばな、北地区に住む立法の後継者・ゆずりは、西地区に住む司法の後継者・さかきの順で向かう。

「あの子たちは楽しみにしてくれているだろうか?」

「心配しすぎですよ、立法。赤子の頃から一緒に遊んでいたおかげで仲良くなれたのではないのですか。俺のように良き妻を見つけたら如何いかがです?」

ここぞとばかりに妻自慢をする司法が立法は少々恨めしく思った。新婚を過ぎても仲睦まじく、幸せなのは分かるが、押し付けないでほしいものだ。

「……わたしは不器用なのだ。仕事をしながら恋愛などとても……」

「そうは言っても俺たちももうよわい一〇〇を超えたのですよ。幾ら三権大師が島民たちより長寿だとしても悠々としていると機会を逃しますよ」

三権大師の寿命は民たちよりも永く、三〇〇~三五〇歳だ。

よわい一〇〇ってまだ半分も生きていないではないか。島民たちの平均寿命が幾つか分かっているのか?」

「分かっていますよ、勿論。二〇〇歳です」

「ほらぁ……」

「ほら、ではありません! 行政も何か言って下さい」

「え? 別に困ってないなら良いんじゃない? 僕だって妻も子供もいないし」

「そうでした……行政も未婚でしたね。どうして結婚しないのですか?」

「う~ん、島の女性たちを島民として見ているからかな。僕にとって島民は守るべき者であり、導く者だから。恋愛対象として見ていないのかも……?」

「なるほど……確かにわたしもついそう考えている気がする」

「妻も守るべき存在ですよ?」

「それとこれとはまた違う気もするのだが……」

「ふわぁ……難しいこと考えたら眠くなってきた。寝て良い?」

「駄目だ、まだ十時ではないか」

「行政は夜行性ですからね。でも、眠るならもう少し頑張って下さい。橘を迎えに行くのでしょう?」

「うん……頑張る」

行政は自分の頬をぺちん、と叩くとすたすたと歩き出した。が、しかし、

「行政、そっちは反対方向だぞ。南地区に行ってしまう」

「へ……!?」

やはり眠気は取れてくれないらしい。


島を一周して子供たちを迎え、お泊り会の会場である立法の屋敷へ戻ってきた。立法の屋敷に決定した理由は司法の屋敷には奥方が居ること、行政の屋敷は掃除を得意としない主のせいでごみ屋敷と化している為、消去法で。

「立法様! お泊り会って何をするの?」

「「何をするの?」」

杠が問いかけると橘と榊が無邪気に立法を見上げる。

「うーん、何をしようか」

「何をしようか!」

「「何をしようか!」」

立法の周りをぐるぐる回る子供たちはそのままその足にしがみつき、にへら、と笑う。可愛らしい仕草に、立法はつい和んでしまう。と、いけない。昼食の準備をしなければ。

「そなたらは仲良く遊んでおいで。わたしは少し席を外すから」

如何どうして? 立法様も遊ぼうよ!」

「「遊ぼうよ!」」

三権大師の屋敷には基本的に侍従や女中が居ない。募集すれば志願者は後を絶たないだろうが、普段から人と関わり黄金瞳きんどうでさまざまなものを見ている三権大師は人に囲まれることをあまり得意としていない。個人的な時間も欲しいという欲もとい我儘わがままである。その為、身の回りのことは自分で済ませるか、側近にやらせる他ない。

「すまないな。その代わり行政と司法が遊んでくれるらしいぞ」

「「「え! 本当!?」」」

立法がそう言うと、子供たちは目をキラキラと輝かせた。目線は昼寝をしている行政と司法に注がれている。いち早く危険を察知した司法は普段は見せない俊敏しゅんびんな動きで逃げ回る。しかし、子供の小柄な体は小回りが利く。屋敷の一室を走り回るには子供たちが有利だった。

「行政! 起きて下さい! 俺一人は体力がもたないです!」

「……う~ん。…………すやぁー……すぴぃー……」

「行政!!」

「「「わーい! 司法様捕まえたぁ!!」」」

「わああ! 立法! 何てことしてくれたんですか!」

「寝ているのが悪い」

「許しません!」

「司法の分の肉、多めに焼くぞ。わたし特製の甘味かんみも用意する。ついでに行政を日当たりの良い場所に連れていけ」

「許します!」

なかなかに安い男だ。

子供たちと行政を引きずる司法はうきうきしながら庭へ向かった。


島の長の勧めで昼食は『ばーべきゅー』なるものを行うことになった。海をへだてた遠い異国のもよおもので、青空の下、親しい者同士で七輪を囲むのだそうだ。いつもと違う環境で肉などの美味しいものを食し、他愛もない会話をすることで、人との心の障壁しょうへきも薄くなるのだとか。

具材は、肉類は牛肉、豚肉、鶏肉の他に、司法の好きな鴨肉と行政の好きな羊肉も用意した。野菜は甘藍かんらん茄子なす玉葱たまねぎ、じゃがいも、とうもろこし、赤茄子あかなす胡瓜きゅうり、葱、しいたけだ。

因みに、食材を屋敷に運び込んだのは側近たちだ。

江雪こうせつ、居るか」

「はい、此処に」

食材全ての準備を立法一人で行うことは大変な為、側近を呼び手伝ってもらおうと思ったのだが、その側近は台所の天井を外して現れた。忍びじゃあるまいし、何故そんなことをするのか疑問だが、いつもこんな調子なのであるじである立法は慣れてきてしまった。

「野菜を切るのを手伝ってくれ」

「お任せ下さい! 汐月しづき依鶴いづるも呼びましょうか?」

「ああ、頼む」

「承知致しました」

江雪が立法に仕え始めた頃は、立法が料理をすることに衝撃を受け、「俺がやりますから立法様は座っていて下さい!」と言っていたが、五〇年経った今では何も言わなくなった。

「立法様、お待たせ致しました」

汐月と依鶴を連れてきた江雪が謝ってくれるが、そんなに待ってもいない。

「江雪は本当に真面目だな」

「そうですよねェ。俺のように気楽にふらふらしていても誰も怒らないっていうのに、この鉄仮面は……。汐月だってそう思うでしょ?」

「貴方は怠け過ぎよ、依鶴。でも、そうね、少しだけ力を抜くときがあっても良いと思うわ」

「俺は普通に過ごしているだけなのだが……」

「江雪は根がその性格だからな。さ、わたしは肉を切るから皆は野菜を頼むよ」

「「「承知致しました!」」」

肉類は全て、子供でも食べやすいよう一口大に切る。あまり触りすぎると衛生面にも鮮度的にも良くない為、手早く済ませる。

野菜類の下準備は、あらかじめ料理上手な汐月に要望書を渡しておいたので、失敗していなければ立法が思っている切り方になっている筈だ。先ず、赤茄子はヘタを取り、楊枝で数か所穴を空ける。胡瓜は数か所縦に皮を剥き、赤茄子と共に浅漬けにする。茄子は胡瓜と同じく数か所縦に皮を剥き、玉葱と葱は皮を取り、茄子と共に輪切りに。甘藍はざく切り、しいたけは軸を落とす。とうもろこしは皮を剥ぐだけ。じゃがいもは上部に切り込みを入れてから蒸かして竹串で皮を剥がす。

全ての作業を終えてから進捗を聞きに行くと、側近たちも作業を終えたようだった。


時刻は一三時を過ぎたあたり。

中庭に出て、汐月と依鶴には食材を運んでもらい、立法は江雪と共に鍛冶職人に頼んで作らせた特製のばーべきゅー用の七輪を設置する。すると、かけっこをして遊んでいた子供たちと司法が、キラン、と音が鳴るような瞳を立法に向ける。

「「「ご飯まだ?」」」

立法はくすっ、と笑う。

「もうすぐだぞ。食材を運ぶのを手伝ってくれるか」

「「「はーい!」」」

その返事に呼応するように縁側で寝ていた行政の腹の虫が鳴いた。

「お腹が、空いた……」


ばーべきゅーが始まると、皆見たこともない形の七輪とその中で静かに燃える炎に興味津々だった。

「そなたら、珍しいのは分かるが、あまり近付き過ぎると危ないぞ。髪が焼けてチリチリになってしまう」

立法が少々大げさに震え上がるような仕草を見せると、子供たちは一斉に両手で頭を押さえ、隠すように身を縮め、立法の背中へ隠れた。

その姿を見てまたくすっ、と笑ってしまう。

「何から焼こうか」

「「「「「肉!」」」」」

「何肉?」

「鴨!」

「鶏」

「牛」

「羊……」

「全部!」

杠の全部という選択肢はとりあえず置いておいて、流石に四種類もの肉を一度に焼くのは沢山焼くことができない為、子供たちの希望から聞いていくことにした。

「鶏と牛から焼くぞ」

「「「やった!」」」

子供たちは大喜び。

「え……鴨……」

司法は子供に戻ったかのような声と反応。

「順番だ。大人げないぞ、司法」

「俺、頑張ったのですが……。行政だって羊食べたいですよね?」

「僕、鶏も好きだから別に……」

「此処には俺の味方は居ないのですか」

「真面目に言っているが、単に自分が食べたい肉を焼いてもらえないだけだぞ」

「俺にとっては重要案件です!」

「知らん。焼くぞ」

「立法!」

その後、司法念願の鴨肉も無事に焼き、皆満足したようだった。


ばーべきゅーという行事は、あっという間に時間が経つとても恐ろしいものだ。子供たちが生まれる前には経験したことのない不思議な楽しさ。いつまでも続いてほしいようなもの惜しさ。子供たちも同じ気持ちだったのか、昼食からずっと火を囲んで夕食もばーべきゅーをすることになった。途中、蹴鞠けまりなどの遊びも挟んだが、何故か皆火の前から離れようとせず、近況報告などのお喋りをしていた。

とはいえ、お泊り会はまだまだこれからだ。

大浴場で子供たちと背中を流し合い、屋敷の大広間に六人分の布団を敷く。しかし、まだ寝るわけではない。

別の部屋で寝ると言う側近たちが、消灯の挨拶をして広間を出ていくのを見送ると、突如として枕投げ大会は始まった。

「えい!」

杠が投げる、が、杠にとって若干重い枕はゆっくりと立法に向かう。そして、立法は枕を受け止めた。というより枕が立法の手の上に乗った。

「杠、おいで。共に皆を倒そうではないか」

「本当?」

「ああ」

「ずるいですよ。榊、俺たちも組みませんか?」

「はい、司法様。頑張りましょう」

「じゃあ僕たちも仲間? 行政様」

「そうだね、橘。でも僕は楽しめるなら何でもいいかな」

「僕も、行政様と楽しめるなら」

枕投げ大会は白熱したが、遊び疲れた子供たちが先に寝落ちた為、その時点で大会は終了の合図を知らせた。

「可愛らしい寝顔ですね」

「うん」

「なあ、わたしたちはこの子らを守らねばならないのだよな」

「そうですね」

「僕は、橘には、僕にはない柔軟な頭を養ってほしいと思っているけど、この瞳がある限り不可能なのかな……」

「行政はわたしたちより柔軟だぞ。お陰でいつも新たな意見を聞けて助かっているというのに。まあ、三人寄れば、というやつだ。時間は限られるが、わたしたちは、持ち得る知恵をこの子らに授けなければならない」

「うん、そうだね」

「そういえば、一つ、立法の耳に入れてほしいことがあったのです」

「なんだ?」

「北地区の件で……」


   ❖❖❖


時刻は六時。快晴。

眠い目を擦りつつ、側近たちは起床する。

汐月しづきは?」

着替えた後、依鶴いづるは部屋の片付けをしながら同室の江雪こうせつに尋ねる。未だ浴衣姿の江雪は、布団を畳みながら答える。

「気配が動かないので、まだ寝ているかと」

「んじゃ、起こしてこようかねェ」

「いってらっしゃい」

汐月は自ら起きることが苦手で、幾ら早寝をしても指定の時間に起きることができない。あるじに似たらしい。指定でない時間には起きることができる為、早めに時間を伝えたり、早朝の仕事の時間を移したりなど工夫はしているのだが。

「もしもし、汐月さぁん? 朝ですよ~」

返事はない。

「はぁ、仕方ないねぇ」

後頭部をガシガシと掻く。えて起こさないように障子を開けると、気持ちよさそうに眠っている汐月の隣に正座する。

さて、どう起こそうか。

「いつもならこの距離で気配を察知して起きるのにな……」

ちょっとした悪戯心が芽生え、依鶴は汐月の耳元に顔を近付ける。

「汐月、起きて」

まだ起きない。が、耳が赤い。

ニヤリ。

「しーちゃん、起きないと口付けるよ?」

瞬間、汐月は飛び起きた。

「しーちゃんって呼ばないで!」

「あれ、口付けはいいの?」

「良くない!」

「良くないんだ。なんで?」

「なんでって……しーちゃんって呼んでたのは子供の頃の話しだし……。く、口付け、なんて、破廉恥な……」

「ふ~ん、ざ~んねん」

「と、兎に角、着替えるから出ていって!」

「はいはい」

側近たちは幼馴染だ。それぞれの父親が先代の側近だったこともあり、側近という職業には幼い頃から憧れがあった。そして、側近になった。

淡い恋心は、大人になり共に働くうち、確実なものになった。

「祝言はまだですか」

「うわあ!!」

部屋の外で汐月が着替え終わるのを待っていると、背後で落ち着き払った声が聞こえた。

「気配を消して近付くなよ、江雪!」

「すみません。つい、癖で」

江雪は隠密を主に担当している為、気配を消す癖がついている。

「それでなんだって? 祝言? まだに決まってるだろ。交際もしていないんだから」

「は……? 何故ですか」

「何故って……交際の申し込みをしていないから……」

本気で想っているからこそ言葉に詰まってしまう。その心情をこの幼馴染はわかってくれない。

「早く付き合ったらどうですか」

如何にか会話を終了しようとしても、江雪は至って真面目に問うてくる。

「江雪、珍しく饒舌だな。どうしたんだよ。色恋沙汰とか苦手じゃないのかよ」

「苦手ですよ。実家から来る見合いの誘いも断り続けていますし。ですが、俺は回りくどいのは嫌いなので、幼馴染の色恋沙汰くらいは手助けしようかなと」

「手助けしてるつもりだったんだな、今の」

げっそりとした態度で呆れる。正直すぎるというか、何というか。

「はい。それに依鶴も見合いの誘いは来ているでしょう。この際、断る理由にもなりますよ。依鶴も、汐月も」

江雪の説明に納得しかけていると、

「ねえ、もう少し静かに話せないのかしら」

「ごめん……って、汐月! いつから聞いて……」

頬を真っ赤に染めた汐月が部屋から出てきた。しまった。

「……最初からよ。仕方ないじゃない、障子越しだもの」

「そ、そっか……」

つられて頬が熱くなる。

江雪に肘で小突かれるが、正直それどころではない。

「ぎ、行政様と司法様を起こしに行こうか……」

「そ、そうね」

「はあ、早朝から砂糖を浴びたようです」

お前のせいだ。その言葉を喋る余裕は依鶴にはなかった。


   ❖❖❖


時刻は七時。

「おはよー……」

朝起きると、広間はゆずりはと行政、司法の布団だけを残し、大きな座卓が置かれ、皆朝食の用意をしていた。

「起きたな。おはよう、杠」

『おはよー』

立法とたちばなさかきの挨拶に微笑んでから、杠は支度を済ませ、朝食の用意を手伝う。

『おはようございます』

続いて、側近たちが広間に現れた。のだが、何だか汐月しづき依鶴いづるの様子がおかしい。挙動不審という言葉がそのまま二人を表している。よく見れば頬が桃色のような気も。

「汐月、依鶴、何かあった?」

「へ!? な、何もないですが、何処か変でしょうか?」

「そう。じゃあ私の勘違いか」

ため息を吐いた側近たちは行政と司法の布団へと向かった。


何とか起き上がった行政と司法を加えて、朝食を摂った。

献立は、ご飯、白菜と豆腐、わかめの味噌汁、昨日の残り物の浅漬け。

朝食が終わると、お泊り会は終了。名残惜しいが、三権大師さんけんだいしは忙しいのだ。

「ではな、杠、橘、榊」

「またね」

「また」

三権大師はにこやかに挨拶をするが、杠は笑うことなどできない。橘も榊も心から笑うことは難しい。

「次はいつ会える?」

「「いつ会える?」」

「すぐに会いに行くよ。安心しなさい」

「「「うん」」」

杠の家までは江雪が送ってくれる。橘と榊も三権大師のそれぞれの側近が送る。

立法の屋敷の前で力一杯手を振ると、立法はいつまでも手を振り返してくれた。


「では、杠様。またお会い致しましょう」

「うん。ありがとう、江雪」

江雪の背中を見送って、自宅へ視線を向けると、自分の目が据わっていくのを感じる。

物心つく前から住む自宅は、増築と改装を繰り返し、北地区で一番大きな屋敷となっていた。日々変わる屋敷は、最早もはや自宅と言って良いのか分からないほど愛着が湧かない。

「「「「「お帰りなさいませ、はなきみ」」」」」

広い玄関に膝を付く女中が数名。杠が生まれたときには居なかった人たち。名前は……なんだっけ。同じ顔にしか見えない女中たちの真ん中に、まるで旅館の女将かのように着飾った女が膝を付いている。厚く塗った化粧と濃い香水の奥にある本音の分からないその女に向けて、杠は静かに告げた。

「ただいま、母上」

その女――杠の母親の視線は妙に熱っぽくて、まるで娘に向けた視線ではなかった。


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