赤い頬

 まずは単純に

(1)彼女は赤く染まった頬をしていた。

 これを翻訳サイトにかけてみた。

 Google翻訳、Weblio翻訳、MicrosoftBing翻訳(以下G翻訳、W翻訳、MB翻訳と略す)の三つで英語翻訳をしてみた。


 She had red cheeks.  G翻訳

 She did the cheeks which turned red.  W翻訳

 She had reddened cheeks.  MB翻訳


 なるほど頬は二つあるからcheeksなのか。


 それにしても、W翻訳のは何だ? 逆翻訳で日本語に戻して見ると、


 彼女は赤くなった頬をしました。


になるけれど、英語として正しいのか? 香月先輩が静かに笑っている。


 次は少し言い方を変えてみた。


(2)彼女は頬を赤く染めた。


 She blushed her cheeks.  G翻訳

 She dyed cheeks red.  W翻訳

 Her cheeks turned red.  MB翻訳


「ここでblushが出てきたか」香月先輩が言った。「『顔が赤くなる』ときに使える単語として、flushとblushがあるんだよ。熱や飲酒や照れて赤くなるのはどれも顔の血管が拡張して赤くなるのだろうけれど、熱や飲酒など物理的な原因で赤くなるときはflush、照れているなど感情的な場合はblushを用いるようだね」



 そしてblushには自動詞と他動詞があり、それぞれ「赤くなる」「赤くする」の意味で使える。

 G翻訳は他動詞で、「彼女は彼女の頬を赤くした」の意味だ。


「Sheとherがひとつの文に入るのでくどい感じがするね。英語だから仕方がないか。日本語なら『彼女は頬を赤く染めた』と言えば自分の頬に決まっている。他人の頬の場合にのみ『誰かの』という言葉が入るんだろうな。でも英語表現は常に誰かを意識しなければならない。神視点だからね」

 出た! 神視点。

 但馬たじま先輩とか御子神みこがみ先生がいつも力説している「日本語は自分視点、英語は神視点」というのを香月先輩も意識しているようだ。

 しかし、ここで話がそれないのが香月先輩の良いところだ。但馬先輩なら「英語は神視点て知っているか?」と話がどんどん逸れて行ってしまう。

「W翻訳は『dye』を使うのか。これは確かに『染める』という意味だが。SVOCで『彼女は頬を赤く染めた』としたのだろうけれど、何だか赤くなったというよりも、絵具か何かを塗って赤くしたみたいだ。何かのパフォーマンスとか、そういう時には使えるのだろうけれど、自然と赤くなったときはどうなのだろうね」

 ふんふん、なるほど。僕は頷いた。

「MB翻訳に至っては、『彼女の頬』が主語になっているな。テクストに忠実に訳したとは言えないけれど、むしろこの方が自然な英語表現なのかな。三人称小説で客観的に描写するのに適しているのかもしれない。文もすっきりしているしね」

 神視点の英語においては、神のもとに一人称、二人称、三人称それぞれが平等だ。だから主語をはっきりさせなければならない。そして時には無生物すら主語になる、と、いつも但馬先輩が言っていたのを僕は思いだした。

 こんなときも但馬先輩の顔が浮かぶなんて……

 僕は苦笑いした。


「では、何が原因で、何によって赤くなったかを具体的に考えてみよう」香月先輩が言った。

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