赤く染まった頬

香月先輩

 一月も終わりに近づいている。中等部三年生三学期。入学試験なしで高等部に進学できるとはいえ、成績如何では補習を受けることになるので僕はいつもの定期試験と同様それなりに勉強していた。

 いつものように宿題は出る。今週は「赤く染まった頬」で自由英作文をしろ、だった。

 冬休みの宿題として、訪日した外国人に鍋を紹介する自由英作文をつくる課題を与えた英語教師が今回もこの宿題を課した。「よく考えてつくるように」と意味深な言葉を残して。

 来週の授業までの宿題だから短いもので良いらしい。

 とはいっても、red cheekなどという、文になっていないものは論外だろう。

 僕はまたしても翻訳ソフトを使うつもりだった。それしか僕の生きる道はない。

 僕は図書室に隣接する閲覧室を訪れた。そこに香月遼かづきりょう先輩はいた。

 僕は胸ときめいた。といっても女子生徒のようなときめきではない。これで解決したも同然だと思ったのだ。

 しかし香月かづき先輩と話ができるまでには少し時間がかかった。

 高等部二年生で図書委員でもある香月先輩は、図書委員の当番でもない日も毎日のように図書室に入り浸っている。しかしすっかり図書委員として知られた香月先輩に図書委員の職務を期待する生徒は多い。探している本が見つからないときの手助けを香月先輩に求めるのだ。

 今日もまた、香月先輩に多くの女子生徒がまとわりついていた。そのほとんどが香月先輩から見て下級生だった。彼女たちは間違いなく香月先輩と話がしたくて本を探している。

 僕が香月先輩と話ができるまでに十五分ほど時間を要した。

「やあ、穐山あきやま君じゃないか」

 香月先輩が僕に向かって手をあげた。眠そうに瞼が少し落ちているが、それでもその美貌は眩しすぎる。

 同性の僕がそうなのだから女子生徒は香月先輩がもし目を見開いたらイチコロだろう。

 僕は原則として男性に対して「美貌」という表現は用いない。しかし香月先輩は例外だ。

「何か困っていることがあるのかい? また英作文かな?」

 実はコミュ障の香月先輩が自分から声をかける生徒は少ない。僕はその特別な生徒のひとりだった。

 遠くから羨ましそうに見る女子生徒の視線を浴びながら、僕はいつものように相談した。

「こんどの宿題が、『赤く染まった頬』に関するものなんですよ」

「ほう……」香月先輩の目が少し開いた。「実に興味深い……」

 喰いついてくれた! 僕は嬉しくなった。

「いつものあの先生なんだろ?」

「そうですよ」

「きっとあの投稿サイトの読み手なんだろうね。あるいはひょっとして作家のひとりだったりして」

「かもしれませんね」

 某小説投稿サイトの「お題」が英作文の課題になっていることがあると僕たちは気づいてしまった。いや、おそらく僕を含めた文芸部の部員は間違いなく気づいているだろう。但馬たじま先輩などは確実だ。

「赤く染まった頬、というのはどういう状況なのだろうね」香月先輩が疑問を口にした。

「僕は、恥ずかしくて赤くなったのを想像したのですが、違うのでしょうか?」

「それならそれで書いてみると良いが、実は何で赤くなるかで、英語表現は変わって来るんだよ」

「なるほど」確かにそうだ。

「ひとことで赤くなるといっても、恥ずかしくて赤くなる。怒りで赤くなる。風邪を引いて熱が出て赤くなる。何か、たとえば返り血を浴びて赤く染まる。いくつか状況が考えられるね」

 それで「よく考えてつくるように」と出題した英語教師は言ったのか。僕は納得した。

「じゃあ、さっそくネット検索で調べてみようか」香月先輩が言った。

 香月先輩は決していきなり答えを言ったりしない。一緒になって調べたり考えたりしてくれるのだ。それはまるで問題の対処の仕方を教えてくれているかのようだった。学校の先生たちも見習ってほしいものだ。

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