ウナギ文

 さて、今回は外国人に鍋を紹介する自由英作文だ。まず「鍋」とは何なのかを考えるところから始める。

 僕は図書室に向かった。

 英作文をするのに翻訳ソフトを使うというアイデアに賛成してくれる人間は少ない。たいていそのような安易な手段に頼るなと言うか、あんなもの使えないよと馬鹿にするかのどちらかだ。

 真剣に一緒になって考えてくれる人間はごく一部しかいなかった。その中で僕が最も信頼しているのは高等部二年の香月遼かづきりょう先輩だ。

 香月かづき先輩はとても優秀で常に学年十位以内に入っている一桁ランカーだ。そして図書委員でもある。本が好きで図書委員の仕事がないときでも図書室にびたって本をあさっているから図書室へ行けば会えると僕は考えた。

 香月先輩は翻訳ソフトを使うことに理解してくれる人間で、僕にいろいろ示唆を与えてくれるので僕はとても信頼していた。

 かの有名なウナギ文を知ることになったのも香月先輩と話し合った時だ。

 ウナギ文とは「僕はウナギだ」という日本語特有の表現法のことで、外国語翻訳を勉強するときに必ず通る関門だった。


 会社の同僚とランチを外でとることになり、定食屋に入ったとしよう。そこで同僚がこう言う。

「君、何にする? 僕はウナギだ」


 さっそく「僕はウナギだ」を翻訳ソフトにかけてみよう。


 I’m an eel. (google翻訳、Microsoft Bing翻訳)

 I am an eel. (weblio翻訳)


 当然のことだが、出来上がった英語は逆翻訳にかけて元の文とどの程度一致するか確認する。


 私はうなぎです。(google翻訳、Microsoft Bing翻訳)

 私は、ウナギです。(weblio翻訳)


 元の文と一致しているからこの英語は完璧だ、とは誰も思わないだろう。

 英語をある程度知っていれば、出来上がった英語が何となくおかしいことは容易にわかる。しかしこれが他の言語だったらどうだろうか。ポルトガル語やベトナム語でもおかしいと気づくだろうか。


 だから翻訳ソフトは使えない、と多くの人は考えるかもしれないが、僕は香月先輩に教えられて、日本語の方を翻訳しやすい形にすることで自然な外国語にできないか勉強するようになった。


 外国人には「僕はウナギだ」の「僕は」が主語で「ウナギだ」が述語に見える。しかし実は「僕は」は主語ではない。主語は省略されている。これは日本語特有の構文で、日本語は主語を省略して、代わりに先頭にトピック(話題)がくるのだ。

「僕はウナギだ」は

「僕はといえば(僕について聞かれたら)、今食べたい料理はウナギだ」の意味だ。


 しかしこの日本語の文をテクストに忠実に英語にするのはまた大変だ。だから日本語の文の方を変える。

「僕は」を主語にして、

「僕はウナギを食べようと思う」「僕はウナギを食べたい」「僕はウナギを食べることにした」などとして翻訳にかけるのだ。


I am going to eat an eel.

I want to eat an eel.

I decided to eat an eel.


 しかしこのままでも英文は不自然だ。これではウナギ一匹をそのまま料理しないで食べる意味になってしまう。

 日本語で「ウナギ」と言っても、実際は「うな丼」だとか「うな重」といったウナギを用いた料理だ。だから日本語も「ウナギ料理」とでもしなければならない。

 それでようやく英語の文が完成するわけだ。


I decided to eat eel dishes.


 ほんとうはもっとネイティブな言い方があると思うが、僕の場合、これで満足だ。

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