第9話 断頭の執行

フンボルト王国 首都ウォシュレット――



魔王軍との戦いから数日が経った。

放置されていた死体を荼毘に付し、破壊された家屋を多少なりとも修繕する。

道には少ない食糧をやり繰りしながらも炊き出しが行われている。

そうやって必死に生き残った人々の耳に、王城からのお触れが届く。


姫魔将リクシールの公開処刑である。




………。

うーん。

公開処刑が民の希望になる、っていう王様の発想はいまいち分らんな。


とはいえ、飽く迄も俺は異世界転移してきた別世界の人間だからなあ。

感性が違って当然かもしれん。

時代背景も歴史も異なるわけだからな。

ただまあ、何かしらの区切りをつけて希望を持たせようっていう主旨は解らんでもないし。

ここで魔物の大将の一人を処刑すれば、人間はまだやれるんだ!って希望になるってのも解る。

忘れてたけど今、この世界の人間滅亡寸前だもんな。

今魔王の本軍に殴られている帝国っていうのが善戦してくれることを祈るばかりだ。



「勇者殿、ちょっといいかな?」

「はい?何ですか?」


そんな感じに、俺が王城でぼーっとしていると、サーモ伯爵に声をかけられた。

先のリクシール王女の尋問事件以来、どうも彼が俺担当になっている感じがする。

自分のことながら、サーモ伯爵が酷く不憫でならない。

何が悲しくて勇者うんこマンの交渉窓口にならねばならんのか。



「姫魔将リクシールの公開処刑のことだけれど……間違いなく妨害が入ると思うんだ。

 勇者殿に頼ってばかりで申し訳ないんだけれど、それを阻止するのを手伝ってもらえないかな」

「え?妨害?誰が?」


妨害なんてするヤツいるのか?

確かにリクシール王女は美人だ。

俺基準で言えば十分射程距離範囲内の容姿である。

青肌や白黒目がなんだというのだ、俺は大和の男子おのこだぞ。

下は揺り籠から上は墓場まで、据え膳食わぬは男の恥。


とはいえ、これは飽く迄も異世界転移している日本の一般人的な感覚である。


不俱戴天の仇である相手を、容姿が良いからと救うヤツが居るだろうか?

助命嘆願くらいはギリッギリ理解できなくもないが、処刑を妨害まではしないだろ。



「ああ。勿論妨害することはないよ。

 問題は魔物さ。

 間違いなく、人間に化けた魔物だったり、王城に潜んでいる魔物が居るだろうからね」


サーモ伯爵がため息交じりに言う。

あーなるほど、スパイや忍者みたいなやつがいるのか。

戦争している相手なわけだし、確かにそりゃそうだよな。

んで居ることは分かるけど、探し出すほどの能力は今の王国にはないと。



「わかりました、やってみましょう」


俺は頷く。

ちょうどお誂え向きのスキルもあるからな。






姫魔将リクシール 処刑当日――


まだ片付け切れていない瓦礫や、壊れた家屋も目立つ王都の中央広場。

かつては見事な噴水を眺めるために、各国から多くの観光客が足を運び、彼ら向けの店が並ぶ観光地であり。

最近は、復興の仕事に追われ、足早に人々が移動していた広場。

今、そこはすさまじい数の人間でごった返していた。

生き残りの人間が、ほぼ全員居るのではないかというほどの勢いだ。

よく見れば肌の色が違ったり、髪の色が異なる人の姿もある。

フンボルト王国まで逃げ延びてきた、既に滅ぼされた国家の生き残りの人々である。

彼らは、リクシールの処刑を今か今かと待っていた。



そのような人々を、少し離れた家屋の中から眺める人影が複数あった。

魔物……フンボルト王国に潜んでいる者たちである。

彼らの表情は一様に歪んでおり、憎々し気である。

それはリクシールへの怒り……ではなく、彼女の処刑を心待ちにしている人々らに向けられていた。

蜘蛛人アラクネが手にするクロスボウに力が入る。

リクシールが処刑台に姿を見せ次第、人間を手当たり次第に射殺して場を混乱させ、その隙に長命種ダークエルフ恋妖精リャナンシーらがリクシールを助ける手筈だ。

潜入が主任務である外法暗殺者ニンジャである彼らだが、修練は十二分に積んでいる。

真正面からの戦闘となったとしても、切り抜けられるだけの自負があった。



「みーつけた」


間の抜けた声が聞こえたと思った瞬間、彼らが潜んでいた家屋の壁が轟音を立ててぶち抜かれる。

あまりに突然の出来事に対応することもままならず、恋妖精は壁から突き出てきたに頭をカチ割られ、脳漿をまき散らしながら倒れ伏した。



「くっ!人間か――!」

「逃げようとしても無駄だよ。ここは騎士団で完全包囲済だ。

 ま、彼らに仕事をあげるつもりもないんだけれどね」 


そういって、ビュンと風を切る音を立てて手斧を振り、こびりついた血や脳漿を振り払うサーモ伯爵は、にこやかに笑う。



「な、なぜこの場所が分かった……?!」


蜘蛛人の言葉にサーモ伯爵は苦笑する。

彼に頼りっぱなしだけれど、いやあ、しかし酷いよね、これ。

そんな表情を浮かべながら。



「勇者殿のお告げさ」


そう言いながら、サーモ伯爵は手斧を両方の手にそれぞれ構えながら、一息に長命種の懐に飛び込んだ。



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便意感知ワークシャイ

周囲に居る便意を持つ生物を感知するスキル。

スキルレベルを上げることで、感知可能な射程距離が向上する。

また、その生物の種類や便質、便秘の有無、便量、何を食べたのか等も感知可能。

感知する内容は対象に近ければ近いほどより詳細になり、至近距離ならば便意を介して思考を読み取ることもできる。

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