第6話 悲壮の希望

フンボルト王国 首都ウォシュレット――



城壁は一部が崩れ落ち、少なくない死傷者が今も至る所で呻き声を上げている。

生き残りの数少ない神官や医療従事者が駆け回り必死に治療を施す。

絶望的な状況には何一つ変わりはない。

この世の地獄としか言えない魔王軍の包囲。

「もはやこれまで」と、市民たちは自決さえ覚悟をしていたのだ。

もはや何一つ望むことはできないのだと。



だが、勇者うんこマンにより救われた。



生き残った人間たちは僅かな、だが暗闇の中で光明を見た気持ちだった。

希望を抱き、笑顔を浮かべることができるようになっていた。

そんなことはないはずだ、たまたまうまくいっただけに過ぎない。

何だあのスキルは、ふざけているにも程があるだろう。

うんこに救われるとか矜持はないのか。

魔王軍に勝てるものか。


だが。

でも。

ひょっとしたら……。


そんな僅かで、微かで、消えそうな希望の火が、人々の胸に灯りつつあった。






王城にて――



俺の目の前に、夕食が並ぶ。

そのままでは齧れないほどに硬いパンに、干し肉、そして塩気の強い漬物ピクルスのスープ。

貧相ともいえる食事だけど、葡萄酒ワインだけは年代物のいいヤツが配られている。

俺未成年だから飲めないんだけどな……とは思ったが、この世界では俺くらいの歳ならもう飲酒するらしい。

郷に入っては郷に従えか。

折角だからと口をつける……ん?うーん、酸っぱい?

こういうのはもっと大人になってからじゃあないと解らんな。



「すまないな、勇者殿……この戦勝の最大の功労者ともいえる貴君に出せる食事がこれとは。

 だが、戦続きで食糧がもう心許なくてな……今用意できる精いっぱいなのだ。許してほしい」


そういって、年配の男性がひどく申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る。

薄汚れているが、この場に居る中でも最も豪奢な衣服に身を包み、くすんでいながらも輝く金の冠を被った男性。

そう、この年配の男性こそが、この国の王……ベンデル国王だ。



「い、いえ、お気になさらず」


こういう時になんて言えばいいか分からないの。

いや、それより敬語とか謙譲語とかあってるか?俺の言葉遣い大丈夫か?

不敬でこの場で打ち首獄門とかされないよな?我勇者うんこマンぞ?

っていうか、異世界なのになんで日本語ですんなり通じるんだよ。

いや通じないと通じないで困るけど。

それならこういう時に適切な言葉が出てくるような翻訳機能でもつけてくれ。


……うーん、それにしても。

俺は周囲を見渡す。

この場には国王のほかにも、貴族らしい男性の姿があり、俺も含めた全員が一様に大きなテーブルで食事をとっている。

俺が下座で、国王がいわゆるお誕生日席に居る感じだ。

給仕らしいメイドの女性や、執事の男性の姿もあるが、貴族も使用人の彼らも皆服が汚れていたり、乱れがある。

もはや身なりも食事も満足に整えられないくらいに切羽詰まっている、というのがひしひしと伝わってくる。

そもそも国王が、貴族が相手とはいえみんなと同じテーブルで食事していること自体が異常事態か。


いくらこれが「戦勝パーティ」だとしてもだ。

無理にでもお祝いしたくてやった、という感じがして、なんだか居た堪れない。

最後の晩餐でももっと賑やかだぞ。



「あの……すみませんが、俺……いえ、私は、この世界に呼ばれてすぐで今一つ状況が解っていません。

 一体、何が起きているのでしょうか」


黙り続けて地蔵になるのも、居心地が悪すぎて酔いそうだったので思わず質問をぶつけてみる。

失礼かな、とも思ったが必要なことだ。

見た目明らかに人外だった魔物に囲まれているから、つい助けてしまったが……。

今後助けるにしても、何が起きているのかは知っておかないといけない。

ひょっとして人間側こそ不義理を働いていて魔物の怒りが正当だった、なんて話かもしれないし。

今更手遅れかもしれんがね。



「私から話しましょう」


声を上げたのは、オールバックでちょび髭を生やした男性の貴族だ。

中年とまではいかないが、青年よりは歳をとっている……確か、先の挨拶でオーキツネン侯爵と名乗っていた。

ナイスミドルな外見だなあ。こういう感じに歳を取りたいもんだ。

戦中では軍事参謀を務めているらしい。

ちなみに他の貴族を見ても、所謂「無能貴族テンプレ」なんてのはいない。

そりゃそうだわな、ガチ無能だったらそもそもこの乱世乱世で生き延びるなんて不可能だ。



オーキツネン侯爵の言葉に、国王が頷く。

侯爵は葡萄酒をあおりナプキンで口元をぬぐうと、俺に目を向ける。



「この世界は我々人間と、魔物が住んでいました。


 人間と魔物はもともと一緒に暮らしていたとも言われていますが……。

 モノの考え方が大きく違っていて、いつしか別れて暮らすようになりました。


 別れた後は、人間は人間でそれぞれの国家を、魔物も魔物で国家を興しました。

 魔物と一括りに言いますが、しかしその種は千差万別です。

 人間も住む場所や地方によって肌の色や髪や目の色が異なりますが、魔物はそれ以上に違いがあります。

 小鬼人ゴブリン悪魔人デーモンでは、もはや別種と言っても良いでしょう。


 それ故に、魔物は人間よりも力が強かったり優れた能力を持っていることが多いのですが、魔物同士での協調性には大きく欠けていました。

 集団になったとしても、規模は山賊のそれと大して変わりません。

 今までの争いも際は精々が小競り合い程度で、大規模な戦になることはありませんでした」


オーキツネン侯爵はもう一口、葡萄酒を口に含む。



「しかし、悪魔人である魔王が現れてからすべてが変わりました。

 魔王はその武勇、王威カリスマ、政治力をもって、その千差万別の魔物たちを纏め上げたのです。

 魔物たちの長所を伸ばし、欠点を補う手法を作り上げ、軍勢を持って人間に宣戦布告を行いました」



それからはご覧のありさまです、とオーキツネン侯爵は続ける。


人間側も勿論抵抗したが、魔物たちがそうであったように人間たちも一枚岩ではない。

すぐに人間国家が団結し総力を持って戦っていれば、あるいは人間が勝てたかもしれなかったが。

実際はどこに派遣するのか誰がどの程度兵力を出すのか、自国の防衛をどうするのか、という放置できない様々な問題にまごついている間に、魔王軍は迅速な進軍で各個撃破していったのだ。

人間側が纏まりかけたときには、すでに遅かった。

この大陸の末端に位置するフンボルト王国と、軍事力に優れたゲリデルン帝国を残し、人類国家は滅亡してしまった。



俺は、いつの間にかカラカラになった喉を湿らそうと、葡萄酒を口にする。

酸味が口に広がり、喉を滑っていく。

先ほどよりも、強い苦みを感じた。


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魔物モンスター

人間に仇なす存在の総称。

生物学的に具体的な定義があるわけではなく、どちらの軍勢に属するかが重要視される。

例えば人間側についた長命種エルフは人類であるが、魔王側についた長命種ダークエルフは魔物である。

それ故、人類との間に子を生すことも可能な魔物も存在する。

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