第5話 将軍の矜持

「うわ、『糞爆弾ビッグ・ベン』つっよ」


眼下に広がる無惨な光景を目に、俺は現実逃避気味な感想を浮かべていた。

糞が破裂して生まれた殺意の爆風が、魔物たちの命を過去形にしていったというか。

さっきまで生きて動いていた魔物たちを一瞬で吹き飛ばしたのだ。

そんなことをしたものが、俺のケツから出てきたのだ。

一体何なんだ、この力は。

どうして、こんな力を得てしまったんだ。

ははは。



「今が好機!」


兵士の一人が声を上げる。

よく見れば、鎧が他の兵士よりも華美であり、羽飾りのついた兜を着けている。

元は美しいものだったろうそれは、今は血と煤で汚れてしまっているが。

なるほど、この兵士……いや、騎士が指揮官なのだろう。



「全隊、傾聴! 突き進め!!」


え、マジかよ?!

敵の数の方がまだ多いぞ!

と、思ったが城壁の上から魔物側を再度見て、その号令にも納得する。


魔物たちはもはや、組織だった行動が取れていない。

右往左往していたり、恐怖で動けない様子であったりすれば、まだ

殆どの魔物は、悲鳴や怒号をあげて踵を返して逃げ出していた。

しかし大小様々な魔物で構成された魔王軍だ。

命令を受けての秩序を維持した後退、撤退ならばともかく、各個が勝手気ままに逃げ出しているために大混乱に陥っている。

なんならば、転んだ魔物を後ろから逃げて出した魔物が踏みつぶして行ったり、大柄な魔物が周囲の魔物を跳ね飛ばしながら逃げている。


いやー、これはボーナスタイムだな。

俺でもわかる。

戦争はやっぱ士気だよ士気。

こうなっちゃあもう、いくら強かったとしても無意味だ。

兵器が優れていて武力が秀でていても、結局やる気がなければ意味がない。

やる気がなければそもそも戦えないんだからな。

んで、ここで少しでも数を減らした方が良い、っていうのはよくわかる。

だから、そうするとだ。



「勇者さま、申し訳ありませんが、どうかお力添えをお願いいたします」


宮廷魔導士の爺さんが俺に頭を下げる。

まあ、そうなるよな。

この人らからすれば、ここで起死回生出来るかどうかの瀬戸際だろうしな。

いくら頭おかしいスキルを使ってる勇者うんこマンだろうと、ここで逆転できるなら喜んで手を取るだろう。

溺れる者は藁をもつかむ、と言うじゃないか。

今回は糞をつかむんだが。


俺としても、魔物とか怪物が人間を殺している所見せられたうえで、「嫌です」とは言うつもりないし。

爺さんに頷いて、しかし考える。


俺が与えられた糞ファッキンな能力クラスである【うんこマン】だが。

脳内に浮かぶ能力詳細ステータスオープンを見る限り、この状況で使えるスキルが相当限られる。


なんというか、高威力・広範囲・無差別攻撃が多いんだよな。


無差別便意ガッデム・ジェントルメン】は射程内の生物に強制的に猛烈な便意を催させて行動を制限するスキルだが、名前の通り敵味方の区別がない。

これを、魔物たちに兵士たちが突撃している今、これを使ったら巻き込んでしまう。

同じ理由で【焼夷糞ヤケクソ】もダメだな、スキルそのものはともかく、発生した火災までは俺じゃあ制御できないから巻き込みかねない。


しかし、ふざけたスキルばっかりのくせして、やたら数が多い。

これは改めてしっかりと確認しておいた方が良さそうだ。

今は時間が無いから後でだな。


俺は少しの間、その場で目を閉じて脳内を検索する。

何か使えるスキル、使えるスキル……。

………

あ!これなら良さそうだな。

味方を巻き込むことはない。

それに何より、俺がこれ以上人前でケツを晒さなくてもいい、っていうのが素晴らしい。

俺だって尊厳を大安売りしたくないのだ。

さっそくスキルポイントを割り振って……うお?!かなり溜まってるな。

まるで一週間くらい便秘したときの糞みたいだ。

ついさっき倒した魔物の経験値でも入ったのかな?これなら一気にレベルもあげられる。

……よし!


「スキル使用! 【便衣兵シットマン】!!」





一方、魔王軍―――


逃げる魔物たちを、指揮官は懸命に押しとどめようとする。

しかし、比喩ではなく軍団の四分の一が消し飛んでしまったのだ。

付近に居たものは当然であるし、彼らの恐慌を見て冷静でいられる者のほうが少ない。

中には、指揮官の魔物を跳ね飛ばしてでも、逃げようとする魔物さえ出ている始末だった。



「リクシール王女殿下!どうかお逃げを!」

「ならぬ、もはやこれ以上の失態は、父が許そうとも民が、そして私が許せぬ!」


豚魔人オークの高官が、この戦場の最高司令官である王女のもとへと馳せる。

彼女は逃げる魔物たちの流れに逆らうように、追撃する人間らのいる前線に居た。


作戦は失敗。


ここまで崩壊した士気では、いくら数や武力で優っていようとまともな戦闘行動はとれない。

下手をすれば、ここで生き残りの人間たちに皆殺しにされかねない。

政治力を高めようとしていた王女にとっては、汚点どころでは済まされない。

もはや王位継承権の剥奪すらあり得る話だろう。


だが、それはもう仕方がないことだ、とリクシール王女は割り切った。

最高司令官として、できる限り多くの魔物を逃がすことに専念する。

失態は償えなくとも、責任は負わねばならぬ。

それ故に逃げる魔物らを守る殿として、剣を構え、人間たちの兵士らに立ち塞がる。


「私こそ、お前には貧乏くじを引かせた。

 共に来いとは言ったが、もはや私は王女でも将軍ですらなく、敗残兵の1人に過ぎぬ。私を捨て置け。決して恨みはせぬ」

「何をおっしゃります、王女陛下。

 私は王女陛下が御生まれになり……軍学を知りたいと、私のもとを訪ねてきたあの日より、命尽きるまで御身に仕えると決めたのです。例えこの身が朽ちようと、最後までご一緒いたしますぞ」

「そうか……勝手にするがよい」

「はっ!」



供として副官である豚魔人オークをつけたが、それ以外の高官らには逃げるようにも命じていた……彼らも残ろうとしたのだが、強引に指揮官命令と押し切って、だ。

無論、彼らに失態はなく、すべての責任は将たるリクシール王女にあると、直筆の手紙をつけて。

魔物も高官らもには必要になる人材だからだ。

ならばお飾りの司令官などはもはや不要だ。

一人でも多くを逃がし、ここで潔く散るべきだと考えた。



「姫魔将リクシール! 覚悟!」

「遅いわ!」


リクシール王女は、人間の兵士が上段より振り下ろした剣を、自身のサーベルで受け流し、そのまま腹を蹴り飛ばす。

苦鳴を吐き出しもんどりうって倒れる兵士に、止めを刺すべく剣を構え突き出した。


ガギンッ!



「ぬっ?!」


が、そのリクシール王女の件を何者かが受け止める。

見れば、それは魔王軍の兵である長命種ダークエルフだった。

いったいなぜ、と口に出す前に、リクシール王女はハッと気が付く。

長命種ダークエルフは、顔半分がえぐれてなくなっており、半分残った顔の目は上を見たまま動いていない。

だが全身を糞便が覆っており、それが死体である長命種ダークエルフを操っているのだ。

その隙をぬって、人間の兵士はその場から転がるように逃げ出す。



「まさか、屍霊術ネクロマンシーを……?!」

「そのようなことが……?!ぐっ!!」


禁忌である死体を操る魔術ではないか、と呟くリクシール王女と、驚く豚魔人の高官。

だが長命種ダークエルフの死体は何も答えず、ただ手にした剣を振り下ろす。

あまりに重い一撃に、受け止めた豚魔人が苦鳴を漏らす。

長命種ダークエルフは本来、豚魔人ほどの筋力はないはずなのだが、そのような常識をあざ笑うようだった。



「はっ!」


だが、一息に剣を振るったリクシール王女にかかり、長命種の身体が両断される。

上半身が地面に落ちると、下半身も崩れ落ち、動かなくなった。



「大丈夫か!」

「す、すみません王女殿下……しかし、まさか禁忌の魔術を……」

「なりふり構わなくなってきただけだろう、なるほど、それが相手の切り札か」

「い、いえ、しかし、その筈は。それに、そうだとしてあの糞便は……」


豚魔人はしかし猜疑的だった。

人間と魔物の種族をかけた戦争なのだ。

屍霊術を使ってきた人間の国家などこれまでもいくつかあったが、少なくともフンボルト王国は今までそうではなかった。

そのようにからも報告を得ていたのだ。

それに死体に糞を塗り付ける?

魔物に対する憎悪からやった、と言えなくもないが、そんなことをする暇が今あるのか?

答えのない問答だが、すぐに思考する時間はなくなってしまう。



「……王女殿下、お逃げください」

「くどい。それに……もう、遅いさ」


目の前に広がるのは、人間の兵士と。

そして、体中に糞を纏って操られた、魔物の死体たち。

腕に覚えのある2人とて、流石にこれだけの数を相手にはできない。

そしてもう逃げることもできないだろう、身体能力だけでいえば、死体たちは非常に優れているのだ。



「では、最期まで供を」

「許す。……すまんな、天上の戦場ヴァルハラで会おう」

「はっ」


リクシール王女と豚魔人は剣を構えると、異形の軍勢糞人形らに向かいまっすぐに突っ込んでいった。




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便衣兵シットマン

糞便を死体に纏わせ操作するスキル。

スキルレベルが上がると、纏わせた対象の身体能力を強化することができる。

意志のあるものには効果がない。

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