第4話 混乱の戦場

魔王軍の本陣―――。


様々な種族の代表からなる各指揮官や幕僚が集う、ひときわ大きく豪華な天幕。

魔王軍の旗と共に、各種族を表すシンボルの描かれた旗が整然と掲げられた空間。

前線基地と言えども、しかし細かな部分に装飾がなされ、嫌味にならないほどの華美さを備えた場所。

軍の頭脳であり、どこよりも冷静さと残酷さを備えねばならない中枢。


そこはいま、怒号に包まれていた。



「正確な被害報告を!」

「ダメです!通信兵がやられています!」

「報告!14時の部隊の被害!大!」

「見ればわかる!15時方向もだ!肉眼で確認しろ!」

「どうなってる?!フンボルト王国の宮廷魔導師の魔術か?!よもや魔法でも使ったのか?!」

「魔術ではあれだけの被害は出せん!」

「被害報告を!状況が解らねば指示が出せない!被害報告確認!急げ!」

「前線が混乱しています!」

「魔法なはずあるものか!」



牛魔人ミノタウロス豚魔人オークの高官が目をむき、鱗魔人リザードマンの高官が頭を抱える。

伝令を担う馬魔人ケンタウロス兎魔人ザカリーヤーが引っ切り無しに駆けている。


もはやフンボルト王国は、まともに抵抗する力がないと目されていた。

実際、魔王軍の損害はごくごく軽微であり、相手の抵抗も非常に弱弱しく。

つい先ほどまで……数分も前は、地図と駒が置かれた指揮テーブルに茶や菓子が置かれ、のんきに歓談ができるほどに。

城を取り囲んだ今、もはや落ちるのは時間の問題であった。

その筈だったのだ。



まさか突然、魔王軍の部隊の一部が一瞬にして消し飛ぶ、などという事態が起きさえしなければ。



勿論、ここに居るのは魔王軍の指揮や作戦立案を任せられた軍高官である。

濃紺に染められた揃いの軍服に飾られた勲章や階級章は、決して飾りではない。

極めて優秀な軍人だ。

もはや人間の一人も残さずに撃滅ジェノサイドしえるだけの状況を作ったのは彼らである。

当然ながら、これまでの人間との戦いは優勢とはいえ、一時的に反撃を受けたり、部分的に優劣が覆った戦場の経験もある。

予想外の被害や想定外の伏兵の攻撃を受けた場合でも、対応できるだけの能力と万全の態勢を備えている。


しかしだ。

しかし、これは、絶対に起きるはずのない事態なのだ。

絶対にが起きないように入念な調査と綿密な作戦を備えたうえでの戦だったはずなのだ。


もはや手足をもぎ取られあとは首を落とすだけ、という相手に、処刑人が殺されるという、まさかの状況に等しい。

百に一つも、万に一つもあり得ない事態なのだ。

ここに残っている人間が魔王軍に打撃を与えることなどより、今この瞬間に天が落ちてくることのほうがまだあり得る話。

そうなるように、ここまで丁寧かつ大胆に、人間の戦力を削ぎ、最後の王城にまで押し込んだのだ。

混乱するのも無理はなかった。



「静まれ」



凛として、張り詰めた女性の声。

先ほどまでの怒号はさっと収まり、天幕に静けさが戻ってくる。

声を上げた女性は、この天幕内でも一際豪奢な椅子に腰かけている。

美しい青色の肌を、これも美しい意匠を拵えた鎧に包んでいる。

姿形こそ人間に近いが、短く揃えられた青い髪からは2つの角が頭の左右から生えていた。



「……攻囲は完了しており、あとは落城も時間の問題で。そうだな?」



女性の声に、高官らは「はっ」と肯定する。

彼女こそ、この戦場において彼らの上司。

フンボルト王国攻略軍における最高司令官。

そして魔王陛下の血を引く第一王女。


姫魔将リクシール・バスレスト、その人である。


とはいえ、彼女が実際に戦に貢献できることは少ない。

魔王の娘として、今回の人間殲滅戦争ジェノサイドに際し、何かしらの成果を持たせようというだけの話である。

魔王は人間を殲滅した後の政治についても考えていたのだ。

彼女自身、魔王の娘として、魔物としてただか弱い王女であることは望まず、多少なりとも戦えるよう研鑽を積んだつもりではあるが。

その個としての武勇も勿論のこと、軍略ともなれば、ここに居る高官らはリクシール王女よりも遥かに、間違いなく優秀である。

一人の小娘の成果のために、ここまでお膳立てができるほどの手腕は、リクシール王女には当然に、ない。



「しかし、フンボルト王国は何かしらの切り札を持っていた。

 それにより、我が軍の部隊……それも想定より多くの兵が一瞬にして吹き飛んだ、そうだな?」


だが、混乱した天幕を鎮めることくらいはできる。

それができるだけの王威を、彼女は心得ている。

王が最も強く、一人で何もかもができることは理想であり至高であるのは間違いない。

彼女の父である魔王がそうなのだから。

しかし、彼女にはそれだけの才はない。

ならば、不足を補えるよう部下を適切に使い、士気を上げることこそが王女に求められることである。


怒号飛び交っていた天幕に静寂の帳が下りる。

さきほどまで、それこそ殴り掛からんばかりに意見を交わしていた高官らは、一斉に姿勢を正し王女を見る。

「はっ」と答える高官らに頷くと、リクシール王女は人間でいう白目と黒目が逆転した眼をすっと閉じる。



「責は、私が負う。

 それしかできぬ。

 貴官ら、疾く状況を把握し対応をしてくれ」

「はっ!!」


高官らが一斉に頷き、地図上から魔王軍の駒を2つ、さっと取り除く。

被害は想定以上に甚大だが、しかし依然として圧倒的に優位なのは魔王軍なのだ。

どのような手段を用いたかは不明だが、かなりの射程を持つ高火力な攻撃である。

クロスボウや弓、あるいは噂に聞くマスケットとは違うようだ。バリスタや投石器は確認できていない。

未確認の魔術あるいは魔法、という線は薄いと睨んでいた。

これほどまでの攻撃手段があるならば、ここまで温存しておく理由がないからだ。

それこそ、もっと効果的に使える場面は今まで幾度もあった。


そもそも、だ。

大前提として、ここからの撤退は、あり得ない。

リクシール王女に戦果を齎すことは、必須条件だ。

だいぶ被害は出てしまったが、この程度ならばまだ、言い訳ができる。


そして城を包囲できるだけの兵を動員している以上、補給は常にギリギリだ。

ここまでの道のりにある人間の都市はすべて滅ぼしているため、寸断される心配は皆無。

とはいえ、魔族領からこの地の果てまで、伸びに伸び切った補給線では、いつどういう理屈で補給が滞るか分からない。

先の攻撃のタネが未だ不明なことも加味すれば、当初予定の通り防御を固めて持久戦に持ち込むことは不可能。


それならば、今すぐに攻撃指示を出し攻城を開始、中に入ってしまえばいい。

空を飛べる鳥魔人バードマンらは帝国攻略に行っており、空から攻められないのは痛手だが。

しかし一度中に入ってしまえば、あのような攻撃はもう打てないだろう。

まさか、人間も自らの国民を吹き飛ばしてまで攻撃するほどの度胸はあるまい。


通信兵に、攻城開始の指示を出そうと、高官が声を出そうとした時だった。




ズドン、という腹に響くような大きな音が聞こえた。

それも一度ではない。数度。

まるで雷が落ちたのではないかとの事態に、天幕内がざわつく。

リクシール王女でさえ、驚き閉じた目を開けていた。



「ほ、報告!」


十数秒後に、豹魔人チーターマンの伝令兵が駆けこんでくる。

彼は信じられない、といった泣きそうな表情で、情報を伝える。




「ま、魔王軍! 16時から19時の大部隊4つ! た、たったいま、壊滅しました!!」

「は?」



報告を聞いた高官らが、ぽかん、と口を開ける。

それは、リクシール王女も同じだった。



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糞爆弾ビッグ・ベン

【うんこマン】の固有ユニークスキル。

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