第3話 勇者の召喚

「うわっ?!」



俺こと、神薙かんなぎ 弁蔵べんぞうは目を覚ました。

状況が呑み込めなくて、とっさに周囲を見渡す。

こういうときに周囲を確認するのは創作物では嗜みみたいなものだって聞いた。


周囲は、まるで光の中そのものと言っていいような明るさに包まれている。

神殿にあるような精微な彫刻がなされた柱がいくつも立ち、噴水からは綺麗な水が流れている。

庭木らしい植物は、素人目でもわかるほどによく手入れされている。

映画のワンシーン、あるいは欧州の観光地みたいな場所だと思うほど。


いったい何なんだ?

ここは、さっきまで居た場所とは違う。

俺は今の今まで、都内の駅構内のトイレに籠っていたはずだ。

思えば朝から腹の調子がおかしかった。

昨晩に食べた生牡蠣&鳥肉ユッケに生卵を添えた丼ぶりがいけなかったのか?

いや地元の父親が釣って送ってきた魚の刺身がダメだったか?バラムツとか言ってたよな。俺は魚に詳しくない。

それとも三日三晩寝かせたカレーが主犯格か?常温で熟成したやつだ。


だが、どれだけの腹痛に襲われようとも、どれだけの便意に襲われようとも、電車内で漏らすことだけは赦されない。

それだけは避けなければならない。

俺は、腹痛ポンポンペイン神に「魂を捧げていいから、ひと時の猶予をくれ」と祈りをささげた。

なんで人は腹痛になった時に神に祈るのか、この時ようやく俺は知ることができた。

悟りと言っていい。

腹痛の先の涅槃に到達した。

きっとあの時、俺は全世界で最も敬虔な神の使徒になれていたと思う。

ポンポンペイン教の教皇は俺だ。

神と和解せよ。

とにかく、俺は腹痛に耐えかねてトイレに駆け込んだ。

なんとか間に合い便座に座り、ズボンを下ろすことを忘れていて慌てて立ち上がり、尻を出してから座って用を足す。

紙のチェックは後だ。なければそのとき考える。



圧倒的な解放感。


思わず目を閉じ、かすかに涙を浮かべ、第九を口ずさんでしまうほどであった。

脳内で小鳥が囀っている。

豪雨の曇天が開き、そこから微かに日光が差し込んでいる。




そして、俺の意識はそのまま、遠のいた。

人格を排泄しているわけではないのに。

俺は、なんか冷静に「あ、死んだ」と思ったんだが……。








『目覚めましたか』


澄んだ鈴の音のような声が響き渡る。

その声に振り替えれば、そこには一人の女性が立っていた。

背が高く、亜麻色のウェーブかかった髪を長く伸ばし、美しい生花を結わえている。

薄絹のドレスに包まれた四肢は長く細く、しかし女性の象徴は豊満であり、周囲には小鳥や蝶が飛ぶ。


女神だ、と俺は理解した。


いや、本当に女神だと確信したんだ。

美の女神的な。

いや、もしかしてポンポンペイン神か?

いずれにせよ、こんな人間が現実三次元に居てたまるか。

性癖壊れるわ。



「お、俺は……」

『ええ。お察しの通り、あなたは死にました。死因は……聞きますか?』

「い、いえ、結構です……」


なんか絶対変な病名だとか変な死因だろ。

絶対に聞きたくない。

死んだのは嫌だが、死してなお後悔が残るとか苦行にもほどがある。

俺は自分の中で、たまたま心臓発作で死んだと思っておくことにした。



『さて。あなたは我ら神々に選ばれ、別の世界へ行く運びとなりました。

 それに伴い、特典として恩寵チート能力を授けます』

「おお!」


やっぱり異世界転生か!テンション上がるな~!

いや、自分がこうなるとは思っていなかったけど、実際経験するとなるほど、興味が湧いてくるのも頷ける。

遺してきた家族とか友人とか良いのか?とかやり残したこととかないのか?

って確かに指摘されればごもっともだけどさー。

家族とかのことはさておき、実際現実でやりたいこととか限られてるわけじゃん?

対して勉強やスポーツに力を入れていたわけでもなし、やりたい職業があるわけでもなし、趣味も惰性でやってるようなもん。

ソシャゲもやりたくてやりたくてたまらないってことはないし、漫画もなー……いつ再開するんだよあの作品。

それなら異世界で一転、チート能力で無双したほうが、いくらも上等な人生じゃないか、と思うワケよ。

アレだ、就職した先で長期(帰れるとは言ってない)な海外出張に出ることになったと思えばいい。

家族とかは……さすがに寂しいけど。

今はあんまり実感が湧いてないが、きっと転生先でふと思い出したりするんだろうな。



『それで、あなたに授ける恩寵チート能力ですが……』



ここまで言うと、女神はふと口を閉ざす。

心なしか、身体が震えている。

ん?どうした?

なんかあった?

お腹痛いとかです?

トイレ行きたいなら行っていいですよ?

ポンポンペイン神もポンポンペインになるのかな?

不思議に思って女神の顔を見る。

傾国の美女を通り越し、もはや美そのものといって差し支えない女神は。

しかしその顔を大きく歪ませ、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。



え?



『あ、あなたには、チート、能力として……! 【うんこマン】のスキルを授けます!』



……あ?

は?



『ひ~~~~~~~~~~っ!はははははははははははははははははははははは!!!ダメ無理ほんと無理はははははは!!!

 誰よこんな技能クラス名考えたのあはははははははははははははは!!!』





おい笑ってんじゃねえ糞アマ殺すぞ。

神殺しするぞ神殺し。


……あ?!

おい!

ちょっと待て!!

俺の脳内になんかいろいろと入ってきてるインストール!!

【うんこマン】のスキルが、なんかいろいろと流れ込んでくる!!

俺は聖者オベールじゃねえんだぞ!!

おい今すぐ止めろ!!

俺の精神が汚されている!!

なにか生き物に対する冒とくを感じる!!



『んじゃ頑張ってね、応援してるから……あはははははははははははは!!!ひーっ!ひーっ!』



oi

ミス

おい!

おいふざけんな!!!


うお、なんか周囲が突如、光に包まれてあったかいなりィ?!

何の光?!

何も見えねえ!





「はっ?!」


そして気が付けば、俺はまた別の場所に立っていた。

足元にはなんか青白く光る魔法陣のようなもの。

年代を感じさせる石作りの床に壁、頑丈に作られた一室に見える。

牢獄か、あるいは何かの儀式のための専用の神殿といった第一印象だ。



「おお!成功です!」

「異世界の、勇者を?!」

「やはり神託は本当でありましたか!」


声が聞こえる。

そちらを見ると、ローブを身に纏った若い人や中年の人が立っていた。

全員がやつれており、ローブもやや汚れている。

場所の荘厳さや小ぎれいさと比較すると、少しアンマッチだな。



「勇者殿……まずは、急に異なる地よりお呼び出しして、申し訳ありません」


そんな俺に、もっとも年配と思える男性……老人が近寄り頭を下げる。

服飾の豪華さから、おそらくここで最も地位の高い人じゃないかな。

約束テンプレでいえば王様か……いやそれはないか、召喚した人たちのリーダーだろう。

きっと、宮廷魔導士とかの。



「どうか、この国を……世界を救ってください!魔物たちを倒し、魔王を打倒してくだされ!」


すがるような老人の声と悲痛な表情に、俺は思わず首を縦に振る。

俺に与えられた恩寵チート能力の効果は分かっている。

現代基準で考えてもかなりの高火力だ。

これなら戦えると思う……思うけどさあ。



なんでその勇者のクラスが【うんこマン】なんだよ。



俺も同じく悲痛な表情を浮かべ、老人に連れられ、必死に戦う兵士たちが待つ城壁へと駆け出した。




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神託ハンドアウト

神に仕える聖職者に与えられるスキル。

自ら使用することはできず、あくまで神が気分により声を届けるものである。

聖職者であれば誰もが受領するものであるが、教えに敬虔なものほど、その声の精度や頻度が高くなる。

教会はこの【神託】を受け取ったものを高位の聖職者として据えるため、汚職などはまず起きえない。

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