第79話賊:化け物との遭遇

「——さて、それで? ここはどんな状況なのかな?」


 なんだこいつは……。なんなんだよこのバケモンは!


『準備はいいかい? いいよね? 作戦は予定通り決行だよ。でも、一つだけ修正点がある』


 あの魔族にそう言われたのは、今日から二ヶ月前だった。

 襲撃を仕掛ける。その際に狙ってほしい場所があるとか言って余計な注文をつけてきやがったが、ガキ三人と傭兵二人、それから魔族が二人だけとなりゃあ簡単なもんだ。最初の計画にあった狙う兵舎を一つ減らして、その分をガキどもに割けばそれでしめえの話だ。


 だから作戦を修正して手下どもをガキの対応に当たらせ、俺は予定通り城を襲撃した。あとは剣王の修練場とやらにで向いていた第五位『剣人』が戻ってくる前に第十位『獣剣』をぶっ殺せばそれで終いのはずだ。

 そのはずだったのに……


「……何者だ」


『獣剣』に奇襲を仕掛けて後少しだってところまで追い詰めた直後、壁をぶち抜いてやってきた奴がいた。

 いや、ぶち抜いてきたわけじゃねえな。こいつは、音もなく壁を斬り、気づいたら俺たちの間に割り込んでいたんだ。


 初めは警備や城で雇った傭兵かとも思ったが、どうにも見た目が怪しい。仮面をつけてローブだなんて、どう考えても城のやつじゃねえ。

 だが、今のこの街にゃあ俺よりも上の強者なんていなかった。それこそ、この城にいる『剣人』と『獣剣』くらいなもんだ。だからなんか変なことをされて邪魔される前にぶっ殺してやることにしたんだ。


 ——だが、できなかった。


 動こうとしても、体に力が入らねえ。まるで一般人が肉食の魔物に睨まれてるかのような、圧倒的な力の差と、命の危機を感じているからだってことはすぐに理解できた。


 わからねえ。なんなんだこいつは。なんだってこんな奴がこんなところにいるんだよ!


「うん? ああ、気にしなくていいよ。どうせすぐに別れることになるんだから」

「なんだとっ……ぐうっ」


 動かない体を無理やり動かそうとしたが、その瞬間、体にのしかかる重圧が強まり、みっともなく膝をつくことになった。


「見たところ、君が悪者でいいのかな?」


 膝をついた俺を、バケモノが見下ろす。


「……さてな。俺は悪いことしてる認識なんてねえよ。俺がやりたいようにやってるだけだ」


 勝てるとは思わねえ。ならここは下手にでてでも命を繋ぐべきなんだろうが、これまで強者として振る舞ってきた俺のプライドが許さねえ。


 この俺が……見下ろされたままで終われるかよ!


「世間的にはそれを悪と言うと思うんだけど、まあその辺は認識の違いだ、考え方の違いか。他人から見た正義は悪である、なんてよくあることだからね」




「さて、まあ僕が片付けるべき相手はわかったし、話はここら辺にしておくとして……それじゃあ、終わらせようか」


 ——今だ!


 バケモノは剣を両手で握り頭上に構えたが、こんな目の前でやったら隙だらけだぜ!


「くら——」

「【断魔の剣・断頭】」


 やつの胴体めがけて人生で最速、最高の攻撃を繰り出した。自分でもこれだけの一撃を出せたのかと驚くほどのものだ。

 だが、その一振りは最後まで振り抜かれることはなく、途中で止められることとなった。それも、俺が攻撃を繰り出した直後にはすでにバケモノの剣が振り切られていたなんつー訳のわからねえ形でだ。


「ぐっ……うおおおおおああああ!」


 だが耐えた。耐えてやった! ……で、これからどうするってんだ?


「あれ? ……僕も鈍ったもんだ。それなりの使い手だとはわかっていたけど、まさか初撃を防がれるだなんて。見極めを誤ったのか、力加減を誤ったのか……どっちにしても、これじゃあロイ……あの子達のことを笑えないなぁ」


 これで防いだだと? バカ言ってんじゃねえよクソッタレが! 俺は何もしちゃいねえ。立ってることができるのだって、単なる気合いだ。意地張ってるだけで、これから攻撃することも避けることも、歩くことすらできやしねえ。

 こんな状態になってんのに防いだだと? バカにすんのも大概にしろやクソがっ!


「敵、ではないのか?」

「さて、それは君の行動次第だね。君はこの城の管理者、あるいは関係者だろう? できることならそこで大人しくしておいてくれると嬉しいんだけど……どうする?」

「俺の行動次第、か……」


 どうやらこのバケモンは『獣剣』が読んだわけじゃねえみてえだが……こいつはバカなんじゃねえのか? 今の見てただろ。こんなやつを相手に剣を向けるなんて、イカれてんじゃねえのか?


「俺の行動は、てめえの行動次第だ。もう一度聞くぞ。てめえは何もんだ。なんのためにここに来た」


 俺にボコされて死にかけてたくせに、立ち向かうってのか? はっ……お偉いこった。


「街で騒動が起きてたからね。ちょっと煩わしかったから、その対応に。困るんだよ。この街が壊れるのはさ。母さんの体調の面でも、僕の心の面でもね」

「……この街の、住人なのか?」

「ん、あー……まあ、そうだね。そんなわけだから、君が邪魔しない限りは君を攻撃したりするつもりはないよ。だから、安心しているといい」


 そう言ってバケモノは『獣剣』に柔らかく話すと、そちらの用事はもうすんだとばかりにこちらに向き直ってきた。

 くそっ。もっと時間をかけてくれてもいいってのによ……。

 時間をかけたところで、俺が逃げ出せるかってーと、難しい……いや、無理だろうけどな。


「待たせたね。それにしても、逃げなかったんだね」


 バカ言え、逃す気なんてさらさら無かったくせに。俺が逃げようとした瞬間、そいつとの話を打ち切ってこっちに襲いかかってきただろうが。そいつと話してる間も、一瞬たりとも重圧が消えてなかったってのによ。


「【断魔の剣・双葬】」


 今度は、さっきと違って構えすら見えなかった。それでも……それでも俺は生きた。


「ごっ……げほっ!」


 ほとんど……いや、完璧に勘だった。ただ、仕留める気で攻撃するなら首だろうと思って、何とか生きてるだけの体に鞭打って少しだけ体をのけぞらせただけだ。そのおかげで、何とか殺されることは回避できた。


 だが、それだけだ。避けた動作を自分で支えきれずに倒れちまったし、何より、首は……頭は守ったが、胸は見事なまでに貫かれている。多分、今のは首じゃなくて頭と胸を狙った二連続の突きだったんだろうな。


「うーん。これも耐えられたか。ちゃんと殺せるだけの威力にしたつもりだったのに、本当に鈍ってるなこれは。本格的に鍛え直さないとダメかな」


 全身を血だらけにしてぶっ倒れた俺を見下ろしながら、バケモノが呟く。


「ばけ、もんが……」

「体を斬られ、心臓も貫かれたにもかかわらずここまで耐えたなんて……真っ当に鍛えていれば一角の人物になっただろうに。勿体無いことをしたものだ」


 何だその顔は。そんな哀れんだ顔で見てくるんじゃねえよっ!

 何がもったいねえだ。何が一角の人物だ。もう俺は強えんだよ! 戦王ランキング三十番代の強者だぞ! その俺が、こんな目を向けられるなんてあっていいわけがねえだろ! 何だよ……何なんだよてめえは! 何でてめえみてえなバケモンが今ここにいるんだよ!


「ふざ、け、ろ……」


 唾でも吐きかけてやりたかったが、そんなことをするだけの力は残ってなかった。

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