第78話『獣剣』ラルフ

「——ふう。遺産は城にはねえか。わかっちゃいたことだが、やっぱ森か? 昔は荒野だったってんだから、何かあったとしても探すのは容易じゃねえな」


 こりゃあ、かの『剣人』グレゴール・ルクストといえど楽にゃあおわんねえな。

 つってもまあ、それも予想していたことだ。今更ぐだぐだいうことでもねえわな。


「ふう——っ! ……何だ?」


 一息ついたところで窓の外に視線を向けたが、そこで街中から煙が上がっているのが見えた。

 急いで立ち上がって窓を開けると、微かだが悲鳴や怒声が聞こえてくる。こりゃあ何か起きてるな。


「閣下。緊急のご報告がございます」

「入れ」


 ノックの音が終わるよりも早く返事をし、部屋の中に入れる。やってきたのはメイドでも執事でもなく、兵士だった。多分だが、報告に来てそのままここまで来たんだろうな。


「以前より警戒していた魔族が動きました。現在は複数に分かれて街の複数箇所で暴れているようです。今の所の目的は不明。非番の者も含め街に残っている兵を全て動員し、事にあたらせております」

「思っていたよりも早えな……ったく。グレゴールがいねえ時に面倒起こしてほしかあねえんだがな」

「報告によると、戦王ランキング三十位の『血旋風』の一味も共に暴れており、その被害が甚大とのことです」

「『血旋風』? ……あー、思い出した。賊の頭やってるくせにランキングに載ったってんでちょっとした騒ぎになったことがあったな」


 前々からこの街で何かやらかそうとしている連中がいるのはわかっちゃたが、魔族の連中だと思ってたんだがな。まさか、ランキングに載ってるような一味が来るなんて……


 人間であるくせに魔族と手を組んでるクソ野郎のことを忌々しく思っていると、部屋の外が騒がしく駆けてくる音が聞こえた。

 かと思ったら、また新しい兵がノックをすることもなく無遠慮に部屋の中に入ってきた。


「ほ、報告いたします! 現在『血旋風』の一味は有志の市民によって抑えられており、その者らと協力して街に被害が出るのを食い止めております!」

「有志の市民? 傭兵か? だが、血旋風の相手になれるような強者がいたか?」


 あるいは、チームで挑んでいる? ……いや、魔族がいたな。魔族だから全員が強いと言うわけではないが、こちらに残っているのだからそれなりに実力はあるのだろう。


 もし仮に意図して残ったのではなく事故で残らざるを得ない状況になったのだとしても、そもそも境界が変更となってもこちら側で行動している時点で選ばれた強者となる。相応の実力はあるのだろう。


 ただ、その場合はなぜ魔族が魔族と戦ってるんだって話になるんだが……今回襲ってきたクソッタレとは別口の魔族だったら、戦ってる可能性もなくはねえ。


 とはいえだ、そんな妄想みてえな考えが本当かどうかは分からねえ。結局、実際に会って話を聞くしかねえわけだが、現状では使えるものはなんであろうと使わなけりゃなんねえ。


「他に何か報告はあるか?」

「現在街の至る所で襲撃が行われておりますが、現状『血旋風』本人は確認されておりません」

「本人がいねえで街全体がってなると……ここが狙いか?」


 おそらく、街を襲うことで陽動を行い、そっちの対応に人を送って城の警備が手薄になったところを襲う、ってな具合だろうよ。


「街の方は第三と第四だけでどうにかなるか?」

「厳しいかと。現状では持ち堪えるだけで精一杯のようです」

「チッ。なら、第二を出せ。膠着状態だってんなら、第二の支援があれば終わるだろ時間はかかるだろうが、順番に確実に処理していけ」

「ですが、それではこの城が手薄になります」

「しゃーねえだろ。どうせこの動きは陽動だろうが、それでも街を見捨てるわけにゃあいかねえんだ。かといって第一までだしちまうと完全に城が無防備になる。ここは俺と第一で持ち堪えている間に他の奴らには街を片付けてもらって援護してもらうしかねえ」


 敵の陽動だってわかっていても、この城が守れたところで街が壊れちまったら何の意味もねえ。


「ですがっ——」

「うるせえ! 今のこの城の最上位責任者は俺だ! 上官の指示に従え!」

「っ! ……承知いたしました!」


 俺の命令に返事をした兵は、そのまま走って部屋を出て行った。

 報告に来た兵士の気持ちもわかる。このグリオラの城は剣王の居城で、敵を退けるための壁だ。それに加えて、この城の今の城主であるグリゴールは『ルクスト』の当主でもある。

 この城は今まで一度も敵に抜かれたことがねえんだ。一度魔族に領土を奪われはしたが、それは正面から門が破られたわけじゃねえ。

 ルクストは門を守るための一族で、そんなルクストが守ってる城が敵に抜かれたってことになったら、ルクストは汚名だけじゃなく誇りさえ失うことになる。


 だがそれでも、たとえ抜かれることになったとしても、やるしかねえ。城を守れたとしても、街が壊滅してたら意味がねえ。俺はこの城の本来の城主じゃねえが、今は城を任されてんだ。なら、誇りだなんだっていってらんねえ。


「お前は戦えねえ奴らを集めて一箇所に纏まってろ。無闇に逃げるよりもそっちの方が安全だ。無駄に抵抗しなけりゃ殺されねえだろ」

「は、はいっ……!」


 部屋に残っていたもう一人の兵に指示を出してから、近くの壁にかけてあった剣を手に取り、鎧なんかの武装をするために自分の部屋へ向かって歩いていく。


 だが、部屋に向かって歩いていると、正面から小走りでさっきの二人とは別の兵が近づいてきた。


「か、閣下!」

「あ? どうし——っ!」


 また新しい報告が来たのかと思ったが、その兵が俺の目の前に来た瞬間に違うと理解できた。何でだって聞かれたら説明できねえが、剣士としての勘ってところだ。


「てめえ、何もんだ」


 腰の剣に手をかけつつ問いかけるが、俺にバレたことがわかるとそれまでのとは違って思い切り走り出した。


「死ねええ!」


 どこの誰だか知らねえが、目の前から襲いかかってくるなんて舐めてんのか?


「おしゃべりは無しってか。本来の武器じゃねえからって、舐めんじゃね——っ!?」


 襲いかかってきたクソッタレを殺すために剣を振ったところで、突然壁が吹っ飛んだ。


「ぐあっ!」


 何だ、どうなってる! そう疑問に感じている間に、壁をぶち破って現れた奴がでかい斧を振り下ろし、目の前の敵を攻撃してる途中だった俺は体を捻ることが精一杯でまともに避けることができずに吹っ飛ぶことになった。


「おーおー。かの『獣剣』様がそんなに深い傷を負っちまって……机に向かってばっかで鈍ってんじゃねえのか?」

「……てめえが『血旋風』か。部下を囮にしての奇襲たあ、ランキング上位のやつがやることじゃあねえな」


 最初の雑魚は殺したが、目の前にはランキング上位のやつがいて、俺は死にかけの重傷を負ってる。

 ……こりゃあかなりまずいな。


「俺よりも上位のやつを狙うんだから当然だろ。それに、俺あ賊だぜ? 卑怯でも卑劣でも、勝つためなら何だってすんに決まってんだろ。勝ったやつが正義だって常識、知らねえのか?」


 そう言いながらゆっくり振り下ろされる斧を気合いで避け、そんな俺に笑うクソッタレ。だが、今の俺はそんなクソッタレの攻撃をギリギリで凌ぐことしかできねえ。


 やつの遊びの攻撃をギリギリで避けて、防いでを繰り返して数分耐えていると、またも近くの壁が崩れた。壊れたんじゃなく、崩れた。


「ぐおっ!」

「なんだっ!?」


 壁が崩れたこと自体は衝撃なんてなかった。だが、その壁の残骸が崩れた衝撃が体に響き、痛みが襲ってくる。


 だが、そんな痛みを無視して崩れた壁の場所を見ると誰かいた。


 そこにいたのは、仮面をつけてローブを深く被った人物だった。背はそれほど高くなく、子供と言われれば信じてしまいそうなほどに低い。

 だが、その身から放たれる重圧はとてもではないが子供が出せるようなものではない。あと十年……いや、たとえ百年研鑽を積んだとしても、この人物に追いつけるとは思えねえ。


「さて、ここでいいのかな?」


 ローブの人物は、まるで今の状況が日常の一部だとでも感じているかのような声で問いかけてきた。

 本当に、何者なんだ……。

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