第77話久しぶりの城
「城には僕一人で行くよ」
もうここにいても敵が襲ってくることはないだろうし、この騒ぎをさっさと収めるには敵の本命を潰すのが一番手っ取り早いよね。
本当に早さだけを考えるんだったら城ごと消し飛ばしたほうが早いんだけど、それだと城の人間まで殺しちゃうし、もし何か価値があるものとかおいてあったら弁償できないし、仕方ないね。
「それは危険で——危険?」
「何でそこで首を傾げるのさ。何か問題が起こってることは確かなんだから、危険があるのは間違いないでしょ」
まあ実際、本当に危険なのかって言われると僕自身首を傾げるけど、ミューも心配してくれたんだったら最後まで心配してくれてもよかったんじゃない?
「いえ、通常であればそうなのですが……」
「師の場合は通常から逸脱していますので、現状であっても危険などないかと」
ルクリオスまで……。
負けるつもりはないけど、ここまで心配されないとちょっと悲しい気がする。
「まあ僕だって負けるつもりはないけど、こんな騒ぎを起こすほどだし、もしかしたら僕よりも強い人がいる可能性だってあるでしょ」
「ねーよ」
「ないだろ」
「あんたは、そろそろ自分が規格外のバケモンだってことを自覚しときな」
「えー……」
規格外ってほどではないんだけどなぁ。昔は僕だって死にかけたことが何度もあるんだから、他の人よりもちょっと……まあそこそこ強い程度でしょ。
最も、今の時代では全体的に弱くなってるみたいだから、そんな中に当時のトップクラスが現れたら規格外なんて言われても当然なのかな。
でもそのうち、みんなとは言わないけど、何人かは僕みたいな強さの……せめて当時境界戦争に参加していた人たちくらいの強さまでは身につける人が出てほしい。それくらいじゃないと、今後も人間を守っていくのは難しいだろうから。
「まあいいや。とにかく、城には僕一人で行くから、みんなはここの守りと、後近くで何か起こった場合はその処理もして欲しいかな」
ないとは思うけど、もしかしたらまた誰かしらが襲ってくるかもしれないし、ここじゃなくとも周囲を襲うことは十分に考えられる。せっかくこれだけ戦力があるのにここを守ってるだけで浮かせているっていうのは勿体無いからね。
賊に好き勝手されるのも気に入らないし、自分達の安全が第一だけど、できる範囲で鎮圧に手を貸すのは悪くない。
「一つよろしいでしょうか? この地の守りはミュー殿とミリアム殿がいれば十分でしょう。ですので、私はここを離れて街全体の保護に回りたいのですが、お許しいただけますか?」
「ん? あー、まあいいよ」
この周辺から戦力が離れるのは好ましくないけど、まあミリアムかミューが残ってれば十分か。何も三人全員残しておく必要はないね。
「じゃあ俺たちも……!」
「ロイドとマリーはダメ。動くんだったら他の三人のうち誰かに同伴してもらって」
ルクリオスのことを許可するとロイドも威勢よく名乗り出たけど、まだ二人はこの状況で単独行動をするのはダメだ。
「何で俺たちだけダメなんだよ!」
「あたしたちだって戦えるって知ってんだろ!」
「戦闘能力はね。でも、状況判断能力とかはまだまだでしょ。何か問題が起きた時にどう対応すればいいのかとか、二人にはわからないでしょ? だからダメ」
もし誰かを助けて誰かを切り捨てないと、なんて状況になった時、二人がそれを選択できるのかというと怪しい。
二人だって貧民育ちで、半ばスラムの子供のような生活を送ってきたとはいえ、それでもスラムそのものじゃないため、そういった非常な決断っていう経験が少ない。いや、皆無と言ってもいいかもしれない。
そもそも、二人の心根は善性のものだ。力がある二人なら、誰かを助けるために動くことに迷いはしないだろう。たとえそれが、自分たちが危険に陥る状況であったとしても。
だからこそ、まだ二人だけで行動させることはできない。二人よりも強い者がいないとも限らないんだから。
「ミュー。ローナが帰ってきたら適当に街の奴らを処理するように言っておいて」
「承知いたしました。それと、こちらをどうぞ」
ミューはそう言いながらいつぞやの仮面とローブを取り出し、差し出してきた。
ああ、これなら城で暴れても問題にはなりづらいかな? まあ無いよりマシか。ありがたいね。
でも、何でこんなのがすぐに出てくるんだろう? それがちょっと気になるんだけど……あまり深く突っ込まない方がいいかな。
「ありがと。それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
仮面をつけてローブを纏い、正面からじゃなくて窓からこっそり出て城へ向かって走り出す。
「久しぶりの城だなぁ。こんな時じゃなければもっとゆっくり見たかったんだけど……そもそも見ることもできなかったか」
数分どころか数十秒とたたずにやってきたのは、見慣れた懐かしい外観をした城の正門前。
普段ならここに衛兵なんかがいるんだろうけど……
「しかしまあ、好き勝手やってくれているものだ。やっぱりここが襲撃の本命でよかったってことだね」
血に染まり死体が転がっている道を、誰に咎められることもないまま進んでいくけど、結局城の正面玄関に辿り着くまで誰にも出会うことはなかった。
警戒しつつも無遠慮に城の扉を開けて中へと入っていくと、やっぱり懐かしい感覚がしてくる。
けど、そんな懐かしい感覚をぶち壊すように、懐かしくも好ましくない死の匂いが漂ってきた。
「一階はあまりよく覚えてないけど……以前はもっと華やかだった気がするんだけどな。まあ三百年も経ってれば変わるか。それよりも……」
城の中が変わっているのは当然だろう。一度は魔族に奪われたようだし、取り返したと言っても何も変わっていないなんてことはあり得ない。
そのことを残念に思うけど、今はそんなことに構っている暇はない。この城がどんな状況なのか、敵はどこにいるのか。そう言ったことを調べていかないと。
「装備からして、単なる賊って感じでもないね」
城の中に転がっている死体の中は二種類ある。一つはこの城の、というかこの街の兵士たちの装備。こちらは普通に防衛のために戦ったのだろうけど、問題はもう一つ。賊にしては統一感がありすぎる。けど、かといってこの城のものではない鎧。どう考えてもどこかの勢力がやってきたと考えるべきだ。
「……人間同士の内乱、か」
くだらない。僕達は、こんなことをさせるために命をかけてきたわけじゃないのに……。
「人の気配は……庭? この感じだと、城の人間を一箇所に集めたのかな?」
感傷もほどほどに、周囲に存在している人の気配を探りながら歩いていくと、それまでにはなかった大勢の気配を感じた。
けどそれは、中心に集まっている者と、それを囲うように配置された者という感じに分かれている。
攻撃している者がいないようだし、戦えない者を守っているんじゃなくて、捕虜を逃さないようにしているんだと思う。
まあ、これ以上は実際に見た方が早いか。
そんなわけで息を潜めて庭へと向かい、物陰から様子を確認することにしたんだけど……
「いつまでこいつらを見張ってりゃあいいんだ? さっさとずらかっちまおうぜ」
「ボスが『獣剣』をぶっ殺すまで黙って待ってろっての。どうせそうかからねえだろうからよ」
「チッ! ボスもめんどくせえ依頼を受けたもんだ」
「いいじゃねえか。その分俺らの取り分も増えるんだからよお」
「ひっ!」
……もういいか。何ともわかりやすく、間違えようのない賊だ。これ以上見てる必要はないね。それに、見ているだけで不快だ。
「兵士はおらず、女が大半か……下衆な思惑が透けて見えるね」
そう呟きながら姿を見せると、賊たちは直前までだらけていたはずなのにすぐさま剣を抜き、こちらに向けてきた。小物なだけに警戒心は強いのかな?
「何だお前は!」
賊の問いかけを無視して歩を進めていくと、賊たちは賊たちで僕の事を囲うように動いた。
そして、お互いに足を止めてから僕は賊へと問いかける。
「一応聞いておきたいんだけど、君たちはこの城の人じゃないよね?」
「止まれ! てめえは何もんだって聞いてんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ」
直後、僕のことを囲っていた数人の賊は、全員頭を貫かれて死ぬこととなった。
首を切った方が衝撃的だし脅しとして使いやすいんだけど、あんまり血が出過ぎても後始末をする人が大変だからね。
「は? え、あ? い……ああ……」
残っていた賊達は、何が合ったのか咄嗟に理解することができず、ただうめくことしかできていないけど、逃げたり反抗しないんだったら都合がいい。
「もう一度聞くけど、君たちはここの城の人じゃないよね? どうしてここを襲ったの?」
一番近くにいた賊の正面に移動し、頭を剣の腹で軽く叩いてから問いかける。
すると、その効果は覿面だったようで、賊は震えながら尻餅をつき、素直に話し始めてくれた。
「あ、ま、魔族っ! 魔族に話を持ちかけられたんだ! 俺たちに協力するから俺たちも魔族の奴らに協力しろって!」
「魔族か……その魔族の名前はわかる?」
「な、名前……? え、あ、え……だ……ら?」
賊は必死に応えようとしているが、名前が出てこないのかはっきりと口にすることはなかった。
まあ下っ端が上役やその取引相手の名前をはっきり聞くことなんてないだろうし、解らなくて当然かな。でも、〝だ〟とか〝ら〟がつく名前だとすると……
「ダグラッド、で合ってるかな?」
「そ、そいつだ! 他にもなんかついてる長い名前だけど、ダグラッドっていったはずだ!」
「そう。……僕たちと同時進行を狙ってたわけか。まあ、そっちの方が効率はいいね」
こんな計画を仕込んでいたから二ヶ月も待ってたのか。僕たちを襲って警戒されても面倒だろうし、所詮僕たちは子供だ。計画のついでに襲うだけで十分だとでも考えたんだろうね。まあ、僕たちに関しては失敗したみたいけど。
「今回の襲撃計画だけど、どういう段取りになってるのかな?」
「け、『剣人』が出払ってる時に街の目立つ場所に襲撃を仕掛けて、その援護に兵が向かって空になった城を襲撃たんだ。そ、それで、今はカシラがこの城に残ってた『獣剣』を殺しに行って、カシラが戻ってきたら俺たちもそん時にこの街を出ていくことにって……」
『剣人』が誰を指すのか解らないけど、多分この城のトップのことかな。二ヶ月かかったのは、準備の他に、その『剣人』が外に出ていくのを待ってたってのもあるのかもね。
「そっか。それじゃあ他に何か伝えるべきことはある?」
「ほ、他に……? え……えー……あっ! なんか俺たちに頼んできた魔族が狙ってる奴がいるらしくて、その仲間を襲撃するように計画の変更があった!」
これに関しては気にしなくていいかな。だってこれ、多分僕たちのことでしょ。
「ああ、そう。他には大丈夫かな?」
「あ、ああ! 全部! 全部話した! もう隠してることなんてねえよ! だから——」
もう話すことがないなら、生かす必要もないね。さようなら……って、ああ。ちょっと失敗したな。賊達の狙ってる人がどこにいるのか聞くのを忘れてた。
「ああ、そこの君。この城を預かってる……えーっと、『獣剣』って言ったっけ? その人はどこにいるか……ああ。あそこか」
捕まっていた人に聞こうとしたところで、城の上階から轟音が聞こえてきた。多分だけど、あそこにいるんじゃないかな。
「すぐに終わるから、逃げないで待ってた方がいいよ」
そう言い残して、僕は賊を処理するために走り出した。
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