第75話誘い出されたローナ

「ふんふんふふーん。ぬふふふふ〜ん。メケメケモコモコ、メーメーニャーニャー、メコメコにゃーん」


 なーんかいつもと変わんない大して役に立たない話し合いが終わって解散したことで、私は話し合いで固まった体をほぐすように当て所もなくブラブラとそこらへんを歩くことにした。


 ぶっちゃけ、あの話し合いって本当に意味ないわよね。だって、敵なんて襲ってきたらぶっ飛ばせばそれでおしまいでしょ。ディアスは……じゃなかった。ご主人たまはちびっこ二人やママンのことを気にして流みたいだけど、ちびっこ二人だってなかなかの強さよ?

 そりゃあご主人たまに比べれば天と地ほどの差があるけど、それでも私たちみたいな凡人からしてみれば十分強者の部類に入るだけの強さは持っている。


 ママンだって状況を理解してないわけじゃないんだから警戒してるし、なんかあっても対応できると思うんだけどお……まああいつはそれでも心配なんでしょーねー。


 あ! ちなみに、今の歌は私作詞作曲の姉妹の歌よ。歌詞の前半分は気分で変わるけど、いい歌でしょ? 誰かに聞かせてあげたいんだけど、今度ご主人様にでも歌おっかな?


「およ? ん〜……」


 動きが制限されてるっていう面倒な状況があとどれくらい続くのかな〜、なんて思いながら歩いてると、なんか知んないけど私のことを尾けてきてる奴がいることに気がついた。

 この感じだと、一人だけ? んー、私を倒すのに一人で十分、なんて思われたわけじゃないだろうし……説得か誘導あたりかなー、って思ったりするんだけど、どうだろう?


 まあ、聞くのが早いかな。もう無駄に考えて身動きが取れない立場でもないんだし、さっさと終わらせちゃったほうがいいに決まってんでしょ!


「ねえねえ。尾けて来てんのわかってるからさ〜、早く出てきてくんない? あんた達みたいなの連れて帰ると、またミューに怒られちゃうんだけど?」


 というわけで、ちょっと歩いて周りに人がいない路地に入ったところで声をかける。

 向こうも私が声をかけるのは想定通りだったみたいで、数秒と待たずに姿を見せてくれた。


「魔王位十五位『奇々怪々』。リ・ローナ・ポーンラーツで合っているな?」

「そだけど? なんのよう、ってのは聞くまでもない感じ?」


 どーせこいつもミュー達のことを困らせてる困ったちゃんの一味でしょ。ってか、魔族っぽい匂いするもん。だったら、要件なんて分かりきってる。


「剣王の修練場に来い」

「修練場? んーっと……あっち?」

「……あちらにある森のことだ」

「あー、そっちだったかー……おしい!」


 指さしたのは真逆の方向だったけど、真逆ってことはむしろ逆に惜しい気がするのよね。ほら、ちょっと角度がズレてたりするといかにも間違えたんだなって感じがするけど、真逆だとなんか違う気がしない? ……しないかぁ〜。まあどういっか。

 っていうか剣王の修練場なんてわかりずらい呼び方しないでよね。そんな名前だと、いつもの修行場所だと思うじゃないの。あっちだって剣王の修練場って呼んでもおかしくない場所なんだからさ。


「で、その修練場とかいう森に来いって? なんでよ。戦う気ならここでやれば良くなあい?」


 もっというなら、こんな話なんてしないで顔面ぶん殴ったほうが早いと思うのよね。

 けどまあ? 私ってはそんな野蛮なことはしない優雅な清楚系メイドちゃんだから、話を聞くくらいはしてあげるわ。……でも、無駄に長かったら手が出るかも?


「それでもかまわんが、我々としても無闇に騒ぎを大きくするつもりはないのでな。ここで戦えば、周囲に被害が出る。それではそちらも困るのではないか?」

「あー、うん。まあそうねー。建物とか壊したら、ミューにもご主人様にも怒られちゃいそうかも」

「だから——」

「でもさぁ、だからってわざわざ向かう必要ある? あんた達が仕掛けて来ないんだったら、私から何かする必要もなくない? それを自分から教えるって、あんた達実はすっごい馬鹿なんじゃないの?」


 私としては別にこいつらを倒す理由なんてないのよね。だって、特に何か嫌がらせされたわけでもないし、家族を危険に晒されたわけでもないんだもん。だったら処理する必要なくない? 地面を張ってる虫を一匹ずつ潰したりしないでしょ? わざわざ逃げる虫を追いかけて潰す必要なんてないじゃない。


 ってわけで、襲って来ないんだったら自分から仕掛ける意味なんてないのよ。


「やーい、ばーか!」

「……誘いに乗らず逃げるつもりか? だとしたら、魔王位十五位というのも、随分と——」

「っていうかさー、そもそもの話よ? そんなところ行かなくったって、あんた達程度なら周りに被害なんて出さずに潰せるってのよ」

「っ!?」

「これでも魔王位十五位で、魔王直下部隊の一人なのよ? あんまし舐めんじゃないってのよ」


 最後まで聞いてみたけど、なーんかくっだらない話みたいだし……ここで潰しちゃったほうがいっかな? 害はないっていっても、周りで飛び回られるとうるさいし、何よりミューが気にするからゆっくりお昼寝することもできない。


 ……あ。でも、ちょい待った。ここでこいつを処理するよりもいい感じのこと思いついたかも?


「くっ……!」

「——まあでも? ここで放っておいても後々動かれたら面倒になるし、一気に全滅させるために誘いに乗ったげる。だからほら、そんなビビってないでさっさと案内しなさい。遅いと頭がパーンってなるわよ」

「……つ、ついてこい」


 やーねー。こんな美少女を前にしてそんなにびびんないでよ。


 ——思わず遊びたくなっちゃうじゃない。


「んで、ここが目的の場所? えっと……剣王のなんとか」


 逃げるように走り出して街の外に出ていったバカちんを追いかけた先にあったのは、なんだか警戒心を煽るような気配を漂わせてる森。

 なんでこの場所にしたのかわからないけど、正直いって周りに隠れて待機してる三十人よりも、この森の方が警戒心が湧き上がるわね。


「これからお前を倒す。だが、その前に聞いておきたいことがある」

「なあにい? 戦う前に聞くこととかなくない? 相手をボコしてから聞き出せばいいだけじゃない」


 罠に誘い出したんだったら、話なんて聞かずにまずは顔面に一発叩き込んでからボッコボコにするべきでしょ。お話をするのはその後。相手が動けなくなったところで話を持ちかけるから、相手は素直に話を聞いて、自分の提案を受け入れてくれるっていうのに。

 まったく……こいつらはなってないわね。


「お前と戦うのはこちらとしても覚悟がいるものでな。被害を出したくないこちらとしては、穏便に済むならそれに越したことはないのだ」

「ふーん。へー。そーなの。で? 何が聞きたいわけ?」

「我々につくつもりはないか? いくら契約があると言っても、お前がその気になれば逃げ出すことも可能だろう? 単独では難しくとも、こちらも協力する。どうだ? その気があるのなら——」


 あー、やっぱり話ってこれかー。……くっだらな。


「あ、はいはい。そういうのね。なんていうかさー、そういうのってどーーーーーでもいいのよね。私、今の生活ってそれなりに気に入ってんのよ。そりゃあ? 仲間に置いて行かれたことは悲しいし、もうちょっと私のことを気にかけてくれてもよかったんじゃないかって文句言ってやりたいし、向こうの家に戻りたい気持ちもないわけじゃないけど……でもね、ここもそれなりにいいところだって満足してるわけよ」

「なぜだ。こちらは人間の領域だ。我々魔族は力を削がれ、扱いだって碌なものじゃないはずだ!」

「扱い云々はそうかもだけど、力を削がれるんじゃなくって、強化の恩恵が受けられないってだけでしょ? 弱くなるんじゃなくって元々の力に戻るだけなんだから、別にどうでもいいじゃない」


 それに、私ってそんなに強化の恩恵を受けてたわけじゃないから、恩恵がなくなったところでどーでもいいのよね。っていうか、ご主人たまのおかげで今の方が強いし、これからさらに強くなれる展望があるんだから戻るのなんて悪手すぎるでしょ。


「それにね。いっちばん大事なのが——ボスの強さよ」


 私とミューを守ってくれて、誰にも負けない群れを作ることができる王様。その存在こそが、私にとって一番大事なこと。


「ボスの強さ、だと……?」

「そ。魔族のトップって、まあ魔王な訳でしょ? でも、その程度じゃ足りないのよ」


 一回見たことがあるけど、あのくらいの強さなら、確かに私よりは強いけど、どうしても届かないってほどじゃない。必死こいて手を伸ばせば、〝届いてしまえそう〟な強さじゃあ、こっちの〝化け物〟には勝てっこない。あいつは……ディアスは、私がどれだけ強くなっても勝ち目がないって思えるような、正真正銘の化け物——『剣王様』なんだから。


「勝ち馬に乗りたいって考えるのは、誰だって同じでしょ? 私、貧乏籤引くつもりなんてサラッサラだもん」

「どうあってもこちらには来ないと——」

「ねえ、いい加減仕掛けてきてくれない? こんなところに誘われておいてお話だけってのもつまんないのよねー」


 なんて話してると、私の背後から矢と魔法が飛んできた。けど……


「合図するんだったら、視線や動作以外の私にわからない何かにしなさいってのよね。そんなバレバレな合図じゃ、奇襲の意味ないじゃないの」


 攻撃のタイミングなんて、今目の前にいるやつが決めてるんだからそこに意識を向けていれば後ろなんて見なくてもわかるに決まってる。統率の取れた集団の弱点よねー。頭さえ把握できちゃえば、攻撃のタイミングも読むことができるんだもん。


「くっ! 相手は魔王位十五位の化け物だ! 殺さないようになんて考えず、殺すつもりでやれ!」


 それから始まったのは三十人の連携が取れた攻撃。こいつら、賊っぽいけど、単なる賊ってわけでもない感じ?


 でも、多少はやるようだけど、それでも弱すぎるのよねー。少なくとも、私を相手にするにはこんな雑魚じゃ全然足りない。


 なんでこんな雑魚ばっかり集めたのかしらね? ……あっ! もしかして、これで十分と思ってたとか?

 向こうには私の情報なんてこっちに来る前のものしかなかったと思うし、それを参考に対策をしたんだったら、今の私には効かなくって当たり前よね。だって私、めちゃんこ強くなったもん!


「なんかすごいもの見せてくれるのかなー、なんて思ってたけど、そういうわけでもない感じねー。それじゃあ——もう終わりにしましょうか」


 そう口にしてから軽く……本当に軽く一歩を踏み出し、敵の首を刈った。

 その勢いのまま身を翻し、空気を踏んで再度加速する。そして、敵を刈り続ける。


 大地も木々も、空さえも踏んで、思った通りの……ううん。思った以上の動きで跳び回り、敵を……獲物の命を刈り取っていく。


「なん——」


 一応最後にとっておいた敵の頭も、私の動きに何一つ反応することができず、つまらないくらいに呆気なく首がポーンって飛んでっちゃった。


「うん。実戦での身体強化もバッチしね! これが確認できただけでもついてきた甲斐あったかなー、っと」


 ただ、これって結構調整が必要っぽいわねー。最初のやつだって、首を掴んで投げようとしたのに勢い余って首が飛んじゃったし。空気を踏むのも、なんか独特な感覚だから方向やタイミングがちょっとズレた。

 けど、まあ初めての実戦にしてはいい感じだったんじゃない?


「さてさて。それじゃあ戻ろっかな。あんまし遅いとミューが怒るし……あっ! 一応〝これ〟持ってったほうがいいかな? んー。でも流石にこれ全部持ってくのって面倒よねー……はぁ」


 敵の頭の首だけあればいっかな? どうせあとは下っ端でしょ。

 死体の処理は……まあ、いつか消えるでしょ! 森のみんなに期待してるわ! いっぱいご飯食べてねー。

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