第73話ルクリオスと二人の弟子

 [ルクリオス]


「なあ、わざわざ着いてこなくっても平気だぞ」

「あたしらだってそれなりに戦えるんだかんな」


 私は今、この歳若い兄弟子と姉弟子を家に送るべく共に街の中を歩いているが、その途中で二人から不満そうにそう言われてしまった。

 言いたいことはわかる。確かに、この二人の実力があれば並大抵の敵は話にもならない。弟弟子とはいえど、私の方が歳が上であり、自分で言うことではないかもしれないが私はあまり親しみやすい性格ではない。共に行動していて楽しいかと言われたら、そんなことはないだろう。


 故に、通常であれば共に行動するようなことはないのだが、今は状況が状況であり、これが私の仕事だ。


「それは理解しています。何せお二人は私の兄弟子姉弟子なのですから。ですが、それはそれとして与えられた仕事である以上は熟さなければなりませんので」


 同じ者を師と仰ぐ者同士ではあるが、この二人は正式な弟子であるのに対し、私は傭兵として雇われながらの一時的な弟子。いや、師からしてみれば私は弟子ですらないのかもしれない。ただ困っていたようだから少し教えてやった。ただ時間があったから、ちょうどそこにいたから暇つぶしに相手をしてやっている。そのような感覚かもしれない。


 もし仕事に不備があれば、すぐさま解雇される可能性は十分に考えられ、その時はもう二度と師事することができなくなってしまうということだ。


 今回の依頼の報酬金額はさほど多いと言えるような額ではないが、私にとっては金銭よりも師事してもらえることの方がよほど素晴らしい報酬だと言える。


 故に、仕事はしかとこなさなくてはならない。普段から失敗してもいい仕事などないが、今回は特にだ。たとえ嫌われようと、鬱陶しがられようとこの二人と師のご母堂は守り抜こう。


「まあいいけどよぉ。ルクもこれからずっと起きてんだろ? あんまし無理しなくていいぞ」

「修行だってきついだろ? ディアスのやつ、手加減とかしねえからなー」

「心配していただきありがとうございます。ですが、修行自体は楽しんでやらせていただいてますから大丈夫です」


 守ると言っても、所詮私は人間なので一日中守り続けることはできない。そのためもう一人の傭兵であるミリアムと二人で交代して守っているのだが、私は護衛を行なっていない時間は少しの睡眠と食事、残りは全て修行に充てている。いつこの関係が終わるのかもわからないのだから、一秒たりとも無駄にすることはできないのだから。


「楽しいって……あれがか?」

「ええ。今までの行き詰まっていた道が急に開けたのですから、毎日が充実しています」

「充実ねー。っつっても、大変なことには代わりねえだろ。ぶっ倒れんなよ」


 確かに大変ではある。けれど——っ! ……この感覚は……ようやく、というわけですか。長いような短いような……個人的にはもう少し遅くとも良かったのですが、それは不謹慎というものでしょう。


「ええ。そのあたりは私も気をつけていますから。それに、ついてきた甲斐があったようです。どうやら、ようやくその仕事の機会がやってきたようです」

「は?」

「え?」


 腰に帯びていた剣に手をかけて抜き放ち、それと同時に二人に警告を出すが、この二人は能力はあれどまだ戦闘の経験が少ないためか敵の気配を察することができていないようで戸惑っている。


「警戒を。すでに囲まれているようです」


 私がそういうなり周囲の建物や路地から複数の人影が姿を見せた。

 これは……ざっと三十人、と言ったところですか。


「な、なんだよこれ!」

「バッカ、ロイド! 敵に決まってんじゃんか! ようやくやってきたってことだよ!」


 私に続き二人が慌てながら剣を構える。まだこちらが準備しきれていなかった時に襲って来なかったということは……


「あーっと、その反応を見るとこっちの要望はわかってる感じか?」


 やはり、話をしに来ましたか。どうやら、いきなり襲ってくるつもりはないようですね。


「なんだてめえ。てめえがリーダーか?」


 しかし、話と言われたところで私に決定権はなくどうしたものかと逡巡していると、兄弟子ロイドが剣を構えながら話しかけてきた敵を睨んで問いかけた。


「この集団の、って意味なら、そうだな。で、どうする?」

「どうもこうも、お前らをぶっ倒しておしまいだろ!」

「はぁ……やっぱそういう結論になるか。ガキがよお……」


 この敵のリーダー……状況から考えるとおそらくは魔族であろう男が、兄弟子たちから視線を外し、こちらへ向けてきた。おそらくは子供ではなく大人である私に決めさせようと思ったのではないだろうか。


「そっちの傭兵。正華剣っつったか? お前はどうするんだ? いくらお前がランキングに載ってるっつっても、これだけの数を相手にするってーなると、厳しいものがあるんじゃねえのか? しかもそっちのガキどもを守りながらだ」

「うっせえ! 俺たちだって戦えんだぞ!」

「あー、はいはい。で、どうなんだ?」

「提案いただいたのはありがたいことですが、これでも傭兵ですので、受けた仕事は放棄するつもりはありません」


 提案をこちらにされたところで、所詮私は雇われだ。決定する権利などなく、戦い、守るしかない。


「そーかよ。ったく、めんどくせ——」

「それに、あなた方如きに負けるとは思えませんので、どのみち投降することはありませんでしたよ」

「……ガキがバカなら、そのお守りもバカなのか? だりいことしてんじゃねえよ」


 私の言葉が気に入らなかったようで、魔族の男はぴくりと一度反応してから動きを止めると、不機嫌そうに顔を歪めてわずかながら腰を落とした。


「そっちの傭兵は俺がやる。てめえらはガキの方をやれ。殺さなけりゃあ手足を潰してもかまわねえ」


 どうやら、この中での最大戦力は私だと考えたようで、その私を止めている間に二人を倒す……いや、捕えるつもりなのだろう。

 その考えは間違いではない。私は弟弟子ではあるが、落花剣という下地があったためにこの二人よりも強い。

 しかし……この二人も、決して弱いわけではないのだ。


「お——があっ!」


 命令された手下たちが返事をしようとしたその瞬間、返事をすることすらできずに盛大に吹き飛んでいった。その理由は、もちろん兄弟子たちの強襲による一撃である。


「先手必勝ってな!」

「何ちんたら話してんだよ。襲いにきたんだったら、答えがわかって時点で襲ってこいよな」


 そう告げながらも兄弟子たちは動きを止めることなく近くにいた敵を斬り、殴り、蹴り、倒していく。


「ごっ——!」

「このガキッ——!」


 敵もむざむざやられるつもりはないようで抵抗しようとしているが、だがあまりにも地力が違いすぎる。


「どうやら、連れてきた戦力では足りないようですね」


 三十人ほどいた敵も、すでに十人減っている。残りは警戒を強めたので今までのように終わりはしないだろうが、それでも二人の勝ちは揺るがないだろう。


「は……ざっけんなよ。なんであんなガキどもがこんな強えんだよ」

「修行してましたから」

「くそがっ! こうなったら——っ!」

「どこへ行こうというのですか? 私の相手はあなたがしてくれるのでしょう?」


 手下に任せるのではなく自身で二人を倒そうとしたのか、私に背を向けて走り出そうとした魔族の男。けれど、そんなことを許すつもりはない。


「くっ! なんだこの剣っ……! てめえ百位以下の雑魚じゃなかったのかよ!」


 走り出そうとした背中に向かって、最速で剣を振り下ろす。

 その剣に気づいた魔族は再び私に向き直って剣を受け止めたが、苦悶の声を漏らし、悪態をついた。


 どうやら私の情報は調べられていたようで、今回の作戦はその情報をもとに立てられたのだろう。

 だが、あいにくと今の私は以前とは違っているのだ。


「二ヶ月前であれば、そうでしたね。あなた方は遅すぎたのです。私たちが雇われて一週間で襲いにきていれば、きっと私はもっと苦戦していたでしょう。ですがっ!」


 一週間程度であれば、まだオドの使い方に慣れておらず苦戦したかもしれない。

 けれど、何を考えていたのかはわからないが、二ヶ月も時間を与えてくれたおかげで、十分に修行の時間を取ることができた。


「今の私は、以前よりも少しだけ強いですよ」


 魔力ではなくオドによる肉体強化。身体強化は実戦で使うには不安が残るので現在は使っていないが、それでも以前の倍以上の能力で動くことができる。


「【落花剣・花嵐】


 そして、以前よりも強化された肉体で落花剣の技を放つ。


 突きを繰り出すと同時に剣に纏わせていた魔力を……いや、オドを放出する飛ぶ刺突。

 本来は五回連続で繰り出すことで点の攻撃で面を制圧するという技なのだが、魔力を使って行なっていた時はともかく、オドの扱いにこなれたとは言い難い今の私の技量ではまだ連続で放つことは難しい。


 だが、たった一発しか放つことはできずとも、それでも今までの魔力を使っていたものよりもはるかに強く、鋭く、疾い攻撃となっている。


「なにが、百番以下だ……ちょっとどころじゃ、ないだろ……」


 放たれた突きは、魔族に反応させることすら許さずに胸を貫き、貫かれた後には心臓のあるはずの場所に大きな穴だけが残った。


「ちょっとですよ。師に比べれば、本当に些細な成長でしかないのですから」


 大した抵抗をすることもできずに倒れた魔族の死体を見下ろしつつ呟いたが、本当にそう思う。

 どうやってあの歳であの境地に達したのか……全く想像ができない。

 あの師と比べれば、私はほんの僅かに成長しただけの存在。精々が寝ているだけだった赤ん坊が這うことができるようになった程度でしかないのだから。


「あちらの二人は……」


 能力に関して心配はしていないが、それでも実践経験が少なければ数に潰されることはあり得る。

 そう思って二人の姿を探したのだが……どうやら杞憂だったようだ。


「おっ! ルクも終わったのか! なんか最後の綺麗だったな」

「お疲れ。なあルク。こいつらどうすればいいと思う?」


 道に倒れる三十人以上の賊の真ん中で、子供二人が無邪気に笑っているのを見ると随分と場違いに思えてしまうが、それだけ力の差があるということなのだろう。


「ひとまず衛兵を呼んでもらえるように市民に言伝をし、それから一度お二人の家に行きましょう。何事もなければそのまま拠点に戻れば良いかと思いますよ」

「よっし。それじゃあ敵をぶっ飛ばすぞ!」

「話聞いてたのか? バカ。戦うかどうかなんてまだわかんねえだろ」


 そうして私達は再び襲われてもいいように警戒しつつ、二人の家の様子を確認してから師の拠点へと向かっていった。

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