第72話襲撃されたディアス

「あたしらが雇われてからもうに二ヶ月近くになるけど、なんもないねぇ」

「だね。でも、そろそろきて欲しいところだよね」


 ミリアムが言ったように、僕がミリアム達に修行をつけるようになってからもう二ヶ月近くが経過していた。

 当初の予定では一ヶ月もしないうちに解決するだろうと思っていただけに、これだけ遅いのは予想外の結果となっている。

 そのため、今日は修行や護衛のローテーションを無視して一旦みんなで家に集まっての話し合いをすることとなった。


「私としては修行をつけていただけるのでありがたいのですが、そうも言っていられませんね」


 なんてルクリオスは言ってるけど、まあ君からしてみたらそうだろうね。実際、ここで修行するようになってオドの扱いも覚えたことで、まだまだ未熟とはいえど最初の時よりは格段に強くなっている。

 落花剣だって、その真髄を悟ることができたわけではないし、まだ型通りの剣ではあるけど、何かしらを感じ取ってはいるようで剣筋が変化している。


「諦めたってことはないのかい?」

「んー……どうだと思う?」

「おそらくはないでしょう」


 そうだと良いんだけどな、と思いながら答えると、ミューがはっきりと否定した。


「断言するってことは、なんかしら根拠でもあるのかい?」

「はい。私は、これでも魔王位台八十五位でしたので。無闇に戦力を減らしたくない現状では回収しておきたいと思うものでしょう」


 だよねー。捨てるにしては大きすぎる駒なのがミューとローナだ。

 ただ、二ヶ月っていうのが気になる。いくら僕が傭兵を雇ったとはいえど、その対応のために準備をするなら一ヶ月あれば十分なはずだ。

 それでもまだ襲ってこないとなると、あちらに何か問題が発生したか、あるいは何かを待っているか、かな?


 けど、待っているにしても何を、って話になるんだよね。もしかして、ローナを力尽くでねじ伏せることができる戦力とか?


 でもそれをどっから持ってくるのって話なんだよね。魔族領とは隔たれているから魔王位の上位陣を連れてくるなんてことはできないし……あるいは、魔族達も遺産を探してるとか? それを使ってローナを倒して無理やり連れて行こうと考えているんだとしたら、これだけ時間がかかるのも理解できなくもない。


「は? ……悪いけど、何位だっていった?」


 なんて考えていると、ミリアムから怪訝そうな声が聞こえてきた。見ると、ルクリオスと合わせて驚きの表情を浮かべている。

 あれ? ミリアム達にミューとローナのこと教えてなかったっけ?


「八十五位です。ちなみに、姉さんの方は十五位になります」

「……は。なんだってそんな化け物達がこんなところで奴隷になんてなってんだか」

「私たちなどよりも、よほど格上だったということですか」

「あー、そういえば二人も……えっと……なんかランキングに載ってるんだっけ?」


 確かそのはず。えっと……百位くらいだっけ?


「戦王ランキングですね。確か、ミリアムさんが九十位で、ルクリオスさんが百二十三位だったかと」


 あ、結構違った。でも、ミリアムの強さで九十位か……オドが失われて剣士がいなくなったって話を聞いてあんまり期待してなかったけど、思ってるよりも強い人がいるのかな。そうだといいな。


「そうだよ。ったく……本当に、あたしらみたいな護衛なんて必要なかったんじゃないのかい?」

「護衛がいるという事実が重要なのです。それに、そこらの雇われたごろつき程度は難なく倒すこともできるでしょう?」


 それに、元々敵と戦うためっていうよりも、こう言ったら悪いけど期待してたのは一種の警報装置、あるいは時間稼ぎの壁としての役割だからね。


「僕からしたら四人とも格下なんだから大して変わらないって」


 ローナもミューもミリアムもルクリオスも、全員僕と比べたら格下だし、多少の強さの違いがあってもその扱いは変わらない。多分、ランキングの一位だったとしても、同じように使ったんじゃないかな?


「あんた基準で考えるんじゃないよ、この化け物」

「不甲斐ない弟子で申し訳ありません」

「僕は化け物じゃないし、ルクリオスたちはそれなりに上手くやってると思うけど?」


 ルクリオスは本当に成長したと思ってる。

 ただ、一応弟子のような形になってるけど、僕のことを師と呼ぶのはやめて欲しいんだよね。僕はただ、物を知らないひよっこに、正しい方法を教えてあげただけ。それだけなんだから。

 剣術そのものを教えるつもりはないし、剣を変えさせるつもりもない。君たちは自分が正しいと思った道を進むといいよ。


「なんにしても、そのうち来ると思うよ」


 というわけで、今日も大した収穫はないまま話は終わり、解散となった。


 ——んだけど……


「……なんて話してたけど、まさかその日に来るとはね。噂をすれば影がさすっていうのは、こういうことかな?」


 今僕の目の前には、二十人を超える数の武装集団が存在している。そいつらは僕の前だけじゃなく、逃げ道を塞ぐように囲み、屋根の上にも待機している。随分と用意のいいことだ。


 話し合いを終えた僕は、これから修行場に行くにしても微妙な時間になると考えて、たまには適当に街をぶらつこうかな、なんて思ってそこら辺を歩くことにした。

 こうすれば無警戒な僕を狙って襲ってくるかもしれない、なんて期待もしていたんだけど、まさか本当に来るとは思わなかった。


「何いってんだてめえ。俺たちの要件はわかってんだろ?」


 ん? あーっと、この男、多分だけど魔族かな? 少しだけ発声がおかしいし、耳が尖ってる。

 そんな魔族が姿を見せてからの第一声がそれだったけど、うん。まあ言いたいことはわかってるつもりだよ。


「うん。まあ多分ね。どうせ、僕の奴隷を解放しろとかそっちによこせとか、そんな話でしょ?」


 これで金をよこせとかそんなくだらない話だったら逆に驚きだ。だって、普通に考えてこれだけの集団が僕みたいな子供を襲うなんて非効率だしありえないもんね。


「はっ。わかってんなら話が早え。悪いことは言わねえ。俺らだって別にてめえに恨みがあるわけでもねえんだ。てめえの持ってる魔族の所有権さえ渡せば、てめえも、てめえのお友達も無事に解放してやるよ。今頃別の奴らに捕まってる頃だろうよ」


 お友達っていうと……ロイドとマリー達のこと? この言い方だと、今捕まえに行ってる感じかな?


 確か、二人は家に帰ったんだったかな? まあちょっと買い物してからって言ってたけど、今はどのあたりにいるんだろう?


 でもあの二人がこの程度の奴らに負けるとは思えないんだよね。こいつら、武装してるし人数が多いけど、強いかどうかって言われると、そうでもない。ロイドとマリーだけでも対処できるだろうし、運が良ければ……いや、悪ければかな? ミリアムかルクリオスも一緒にいるかもしれないし、そうだったら尚更だ。


「僕たちを無事に、ねえ……君たちがそんなガラなのかな? 信用って意味じゃ著しく低いと思うんだけど?」


 僕が素直に応じたところで、今更許してもらえるとは思わない。なんだったら、魔族……あーっと、ダグラッドや君たちの方は許してくれたとしても、そっちの賊達が何事もなく解放してくれるとは思えない。遊ぶか売るか……なんにしても無事では済まないと思う。


「信用できなきゃどうするってんだ。まさか、てめえ一人で俺たちをどうにかするとでもいうつもりか?」


 僕一人でどうにかする、か。


「……そうだね。やっぱり、そうするのが一番手っ取り早いかな」


 交渉をしたり、逃げて警備を呼んだりって方法もあるけど、大した利にならないのに手間がかかるんだよね。それをするくらいだったら、素直にぶっ飛ばすのが良いよね。


「は……なんつった?」


 けど、そんな僕の答えを理解できなかったようで、敵のリーダーである魔族の男は怪訝そうな表情で問いかけてきた。


「僕が、君たちを、倒す。そういったんだよ」

「……くっ。くくっ。クハハハハッ! あ〜……俺たちも舐められたもんだなあおい。——やれ」


 魔族の男の言葉に従うように、敵の中から何人かが武器を手にしながら近寄ってきている。

 その動きは、僕をいたぶるように威圧しているもので、こちらのことを侮っていることがよくわかる。


 まあその気持ちはわかるよ? だって、僕の見た目はまだまだ子供だからね。でも……


「僕も、舐められたもんだね」


 そう口にしてから一度だけため息を吐き出し、近寄ってきている敵全員の首を落とした。


「……………………………………は?」

「僕をどうにかしたいんだったら、全員で、死力を尽くしてかかってきなよ。じゃないと——」


 そこまで言った直後、魔族の背後に移動し、呟いた。


「簡単に死んじゃうよ」

「っ!」


 そうして、困惑と恐怖に歪んだ顔をした賊と、僕の一方的な戦いが始まり——終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る