第71話新たな弟子の修行

「——ほらほら〜。そこ遊んでないでちゃーんと流されてなさい!」

「くっ……なんだってこんなことしなきゃなんないのさ!」

「しゅぎょーだからに決まってんでしょ。しゅぎょーなんだから文句言わずに頑張んなさいな」

「仮にそうだとしても、なんであんたに言われなきゃならないんだ! あんたは魔族だろ! なんだってそんなやつにっ……!」

「そーだけどー……でも、私ってばディアスの弟子だからね。あんたたちより立場は上ってもんよ。ほらほら、妹弟子よ。文句を言わずに頑張りなさい!」

「あっ! ちょっ! ぐっ……。投げんじゃないよ!」


 今僕の目の前では、裸でロープに縛られた状態で川に流されている褐色の女性——ミリアムと、そんなミリアムのことを縛っているロープを掴んで揺らしたり引っ張ったりしながら木の実を投げつけているアホ——ローナの戯れ合いが繰り広げられていた。


 昨日僕の剣を見せた後、一旦家に帰ってローナや母さんにも紹介し、今日から仕事と修行を、ってことになった。

 けど、最初は僕がやるはずだった修行も、話を聞いていたローナが面白そうだと乗ってきたので、ミリアムの修行はローナがつけることになった。ローナがって言っても、この最初の段階だけだけどね。オドを感じ取る段階だけは、やること自体は決まってるから誰がやっても変わらないし。


 まあ、ローナの場合はより激しく厳しくなってるけど。でも、あれはあれでありかも。だって、目的は体力を限界まで消耗させることなんだし、ああすればただ川に流されるよりもっと疲れるでしょ?


 ……僕も、次に誰かに修行をつけることがあればあれをやろうかな?


「なんか、あいつスッゲー楽しそうだな」

「だね。自分よりも下ができたからじゃない?」

「だとしたら、小物感が半端ねえな」

「元から小物感すごかったじゃん。今更でしょ」


 なんで急にやる気を出したのか知らないけど、多分どうでも良いくだらない理由だと思う。


「それにしても、よく教えるつもりになったな。傭兵なんだからそのうちでてく奴らだろ?」

「まあね。でも、良い人だし」


 ロイドは錘を括りつけた棒を構えて鍛えながら聞いてきたけど、その疑問ももっともだ。僕は前から他人には教えないって言ってたしね。急に教えるつもりになったのが不思議なんだろう。

 でも、元々戦力の強化はしておかないといけないなとは思ってたし、いつかは誰かに教える時が来ると思ってたんだよ。僕だけでも勝てるだろうけど、だからって僕以外がいなくて良いわけじゃないからね。


 そんな中で、信用できそうな良い人がいるんだから、教えるでしょ。ミリアムもルクリオスも、ここで逃したらもったいない人材だ。


「ま、ディアスのことだからよく考えたんだろうし、あたしらがなんか言うことでもないだろ。それよりも、護衛を雇ったのは良いけど、奴らは攻めてくると思うか?」


 片手だけで逆立ちしながら問いかけてきたマリーへと視線を向ける。


「来るでしょ。なんか、ミューとローナって魔王軍じゃそれなりに知名度があったみたいだし。それを取り戻すためなら多少は無茶するんじゃない? 今回の場合、傭兵がいるって言っても、メインとなる僕たち自身が強くなったわけでもないんだから。今後も無駄に戦力を整えられる前に行動に出たいところじゃないかな?」


 魔王位……こっちでいうところの戦王ランキング。僕が剣王だった当時はそんなものなかったけど、それでも教会戦争に参加する百人の強さ、そして重要さは理解している。そこに入るような実力者なら、それが魔族であれ人間であれ、どちらの側から見ても重要な立ち位置だ。そんな人物が人間領に留まっていて、さらに人間の奴隷となっているとなれば、そんな状況を見過ごすはずがない。


「じゃあいつ頃来ると思う?」


 それはわからないんだよね。来ることは確定してる。でもそれがいつかまでは向こうの考え次第だからわからない。けどまあ、そんなに遅くはならないんじゃないかな?


「んー、傭兵が新たに加わったことでこっちの行動を調べ直すだろうし……早くて一週間? 遅くて一ヶ月くらいじゃないかな」


 多分それくらいだろう。それ以上だと、こっちがまた何かするんじゃないかって不安になるだろうし。なんだったら、明日襲ってきても驚かない。


「その間にあの二人ってオドを使えるようになると思うか?」

「どうかな? 微妙なところだけど……最初の流れさえわかっちゃえば、あとは自己流でどうにかすると思うよ。基礎自体はできてるんだし」


 ロイドやマリーみたいな子供と比べて、すでに自分の闘い方を確立してしまっている大人だと新しい力を理解し、受け入れるのに時間がかかるものだ。だから、ミリアム達がオドを使って戦えるようになるかはわからない。多分できるようになるとは思うけどね。


「そっか……負けてらんねえな」

「まあ頑張ってよ。少なくとも今の所は二人の方が進んでるんだし、歳も若いんだから、最終的な強さって意味では二人の方が強くなると思うけどね」


 今の時点での強さで言ったら、ミリアムやルクリオス、ローナにミューと、ロイド達の格上ばかりだ。けど、最終的な強さで言ったら、子供の頃からオドを使う方法を学武ことができるロイドとマリーの方が強くなれる。


「ってーか、実際あとどれくらいの段階があるんだ? 今どの辺だよ」

「んー、そうだね……今二人はオドを使って強化することができて、それを慣らしてる段階だから、あとはそれを攻撃に合わせて飛ばすことができるようにして、さらに自分に合った性質に変化させることとができるようになれば、まあ良い感じじゃない? その後はやることなんて基本変わらないし。ただ……」


 と、そこで一旦言葉を止めた。

 どうしようかな。やることに変わりはないんだけど、その内容や結果を今言っちゃうと、二人の成長に翳りが出るかもしれない。なんだったら、ここで止まってしまうかも。


「なんだよ。そこで止めると怖えんだけど」

「また変なことやらせたりしねえよな?」

「辺なこととは失礼な。僕が辺なことをさせたことなんてあった?」


 これまでやってきたのは全部必要なことだ。普通に教えて、普通に鍛えていただけなのに、変なことなんて言われるのは心外だ。


「ん。あっち見てみろよ」

「実際に辺なことさせてんじゃねえか」


 そう言って二人の指差した先をみるけど、そこでは高笑いしながら木の実を投げるローナと、その木のみを全裸でロープに縛られながら川に流されつつ避けているミリアムの姿があった。

 ……うん。まあ、あれはね? でも仕方のないことだから。必要なんだよ、あれも。


「あー……。いやでも、あれは必要なことだから。それに、あれよりはマシというか、真っ当なことだよ。ただ、場合によっては二人は途中で潰れるかもしれないってだけで」

「はあ? 俺たちが潰れるってマジで言ってんのか?」

「そんだけキツイ修行なのか?」

「キツイというよりは、難しい? 人によってはキツイかもしれないけど」


 肉体的、技術的にある程度の形になったら、その次は精神的な修行になる。自分の心に向かい合い、なんのために力をつけるのか、自分の願いの根源、本質はなんなのかを探し出し、受け入れる。あるいは叩き潰す。


 言葉にすれば簡単だけど、実際にやるとなると結構厳しいものなんだ。人は自分の事ですらよくわかってない存在だからね。そのくせ綺麗事や理想を並べる。美しい綺麗な自分だけを表に出す。

 だから、自分の奥にある本性が受け入れられない人、折り合いがつけられない人はどうしたって出てくる。


 肉体的にではなく、精神的にだから、どれだけ強くなっても乗り越えられない人もいるんだ。実際、そこで立ち止まってしまった人も、そこで潰れてしまった人も、僕はこれまで何人も見てきた。

 二人にはそうならないように気をつけながらやるつもりだけど、絶対に乗り越えられるという保証はない。


「なんにしても、そういった次の段階ってのは襲撃が終わってからの話だね」

「チェッ。めんどくせえなぁ」

「な。さっさと襲ってきてくんねえかな」


 それは僕もそう思うよ。このまま何ヶ月も襲ってこない、ってなれば、いくら傭兵を雇ったって言ってもこっちだって動きづらいままなんだから。


「まあ待ってればそのうち襲ってくるんだし、気長に待ってようよ。どうせそう時間はかからないんだからさ。それよりも、襲って来たからって無理に倒そうとしないでよ? 二人が考えるべき順位は、第一に自分たちが生き残ることなんだから」

「わかってんよ」

「無茶なんてしねえから大丈夫だって」


 ほんとかなぁ? 調子に乗ってたりしない?

 うーん。襲撃があった時に何があっても対処できるように、もうちょっと厳しめに鍛えようかな?

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