第70話人間を守るために
「それにしても、修行場所か……。なあ、あんたが六家の末裔だってんなら、剣王についても多少は知ってんのかい?」
「まあ、少しくらいなら?」
少しどころか本人だけど、正直にいうわけにはいかないしね。
それに、本人ではあるけど今の時代にどんな風に伝わっているのかはわからない。なんだったら、当時に周りからどう思われて居たのかすら把握仕切れてはいない。
僕は周りからどう思われていて、今はどう伝わっているんだろう?
「なら、剣王の修行場がどこにあるかとか、修行場に何があるのかとか知らないかい?」
「修行場? 場所ならもうわかってるでしょ?」
ミリアムの聞いてきた修行場所っていうのは、ここじゃなくって『剣王の遺産』が眠っているかもしれないという修行場の方だろうね。けど、それを聞いてくるってことは、ミリアムも遺産を探しているのかな?
「そりゃあ概ねこの辺だろう、って予想でしかないよ。国の上の方はわかってるのかもしれないけど、あたしらフリーの傭兵にはそんな情報までは流れてこないもんだよ。ま、国家機密といってもいいくらいの情報だからね」
「剣王の修行場が国家機密ねぇ……」
当時から立入禁止区域だったけど、流石に国家機密となると話は別だ。自分が使っていた場所なだけに、今ひとつ実感が湧かないなぁ。
「いまだに見つかっていない『剣王の遺産』。それさえあれば戦王戦で容易に勝つことさえできると言われてるほどの代物だよ。そんな在処が機密にならないわけないだろう?」
「あー、うん。そう言われたらそうかもしれないけど……えっとさ、そもそも遺産なんて本当にあるの? 僕はそんなものないと思うんだけど……」
っていうか実際にないんだけどね。
でも、こんな傭兵が来て探すくらいの大事になってると、なんか悪い気がする。僕自身が何かやったってわけじゃないんだけど、ね?
「はあ? あるに決まってるだろ? なかったってんなら、人間は大昔に負けてるっての。問題は、そいつらがある場所が分かってないってことさ。それがあるとしたら修行場くらいしか考えられないけど、そもそもその修行場ってのがどこにあるのか誰にもわかっちゃいない」
まあ、今の修行場は森の中にのまれちゃったみたいだしね。僕が行ってもわからないかも。
「というか、ここに来たってことは、二人はその遺産を探して来たってこと?」
ミリアムはそうだろうけど、ルクリオスはどうなんだろう?
「そうさ。ただ、すぐに場所がわかるってもんでもないし、少しずつ情報を集めようと思ってたんだよ。ただ、傭兵なんて所詮はよそ者だ。信用なんて毛ほどもない奴に大事な話を漏らすわけないだろう? その点、すでに住んでるやつの護衛ってのはすぐに信頼を得られやすい。だから、あんたの護衛ってのはちょうどいい申し出だったもんさ」
ただ新しい力に惹かれた、ってわけでもないのか。流石は傭兵。色々考えてるんだね。
まあそれならそれでいいけどね。仕事さえしてくれるんだったらこっちはなんの問題もない。
「ふーん。自由時間は好きにしてもいいけど、ちゃんと仕事はしてもらうよ? それから、僕たちに不利益をもたらすようなら、その時は覚悟しておいてね」
「当たり前さ。こちとら目的はあっても傭兵だ。言ったろ、あたしにも傭兵としての矜持があるって」
フンっと鼻を鳴らしたミリアムから視線を外し、ルクリオスのことを見る。彼も遺産を探しているのかな?
「それで、そっちもおんなじ理由なの?」
「私の方も似たような理由でした。遺産があればよし。遺産ではなく剣術の奥義書ならば尚良しと」
「奥義書かぁ……」
その奥義書が僕の詩集もどきのことを言ってるんだったら、どうあっても邪魔しないと。
いや、協力した後で奪って燃やしたほうがいいかな?
「……ですが、今ではその考えも変わっています」
「ん? そうなの?」
てっきり、何がなんでも探し出してやる、とか考えてるのかと思ったんだけどな。
「はい。奥義書はあるかもしれません。ですが、遺産など本当にあるのかと疑問に思っているのです」
「あんたまでそんなこと言い出すのかい? あるに決まってんだろう。じゃなかったら、大昔の剣王はなんであんな連勝できたってんだい?」
「それはもちろん、『剣』で、ではないでしょうか?」
「はあ? 剣って……正気かい?」
ミリアムは驚き、胡乱げな眼差しでルクリオスのことを見ているけど、僕はルクリオスの言葉に少しだけ驚いた。まさか、本当に剣王が……僕が自力で勝ったと少しでも信じてる人が六家以外にいるなんてね。
「ええ、もちろん。あなたは見なかったのですか? この方の剣を。あれが当時は一般的な技なのだとしたら、剣王はあれ以上の力を持っていたことになります。であれば、わざわざ『遺産』など用意せずとも、自身の力だけで事を成すことができたのではないでしょうか?」
実際、その考えは正しい。僕はなんの力も頼ってなかったし、使っていなかったんだから。
けど、そんな答えをミリアムはお気に召さなかったようで、無愉快そうに顔を歪めている。
「それは……でも、ならあたしらは無駄骨ってことかい?」
「……わかりません。今のは私の考えであって、もしかしたら本当に何かあったのかも。あるいは、強力な力を持つものではなく、奥義書でもなかったとしても、遺産自体はあるかもしれません。歴史的価値を考えれば、なんの力も持っていなかったとしてもそれなりの値段がつくことでしょう」
「でも、それじゃあ強くなれないじゃないか! あんただってわかってんだろ? このままじゃ人間は負けるって。人間が負けちまったら、あたしらだけじゃない。他の奴らだって泣く羽目になるんだ! だから、遺産はなくちゃならないんだよ!」
……僕は、少しミリアムという人間を勘違いしていたかもしれない。
ミリアムは人は好いが、傭兵らしい人物だと思っていた。人情には厚いけれど損得を考え、合理的な考えを基本とする。そんな人物。
けど、今の人間のために声を荒らげている姿を見ると、ただ金儲けのため、損得のために動いているのではないのだと理解できる。
まだ、はっきりとそうなのだと……人間を守るために戦っているのだと判明したわけではない。けど、もしそうなら……
「……一つ聞きたいんだけど、ミリアムは強くなりたいから『遺産』を探してるの? お金のためじゃなく?」
「……金は欲しいに決まってるだろ」
つまり、金だけのためじゃないと。むしろ、ついでか。貰えるものはもらうけど、って感じだろうね。
「なるほど。ミューが紹介したのも納得だ」
ただ能力があるだけではなく、ただ人が好いだけでもない。
どこからこんな良い人材を探してくるのかわからないけど、本当にありがたいことだよ。
「なんだい、そのやけにムカつく顔は」
「ミリアムは良い人だね。粗暴な振る舞いをしてるけど、芯は通ってるし、優しい人だ」
「は、はあっ!? いきなり何言ってんだいあんたはっ——」
「だから、教えてあげる」
「は?」
彼女になら……彼女達になら教えても良いと思う。魔力による戦いではなく、オドを使った〝本物〟の戦い方を。
今までは、軽く触りだけは教えるけど、詳細には教えない。知りたかったら勝手に見て覚えれば、というつもりでいた。
けど、それでは限界がある。当たり前だ。今まで使っている魔力とは全く違う使い方なのだから。
この力を他人に教えることは危険が伴う。この力で悪事でも働かれようものなら、その被害は甚大なものになるだろうから。
でもきっと、彼女ならその力をいい方向に使ってくれると思う。だって、彼女の願いは、かつて僕が抱いていた願いと同じものなんだから。
だから、教えてあげよう。
「……」
ミリアムもルクリオスも、突然僕の態度が軟化したのを感じ取ったのか、お互いに顔を見合わせているけど、その反応がなんだか少し面白い。
「二人が護衛として契約している間だけだけど、本当の『剣士』の力とその使い方。それを教えてあげるよ。そうすれば、遺産なんてなくても強くなれるでしょ?」
そして、いつか一緒に人間を救うために戦えればいいな。
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