第69話傭兵兼弟子の加入

「さて。そんなわけで……どうする? 契約はしてくれるの? できることなら雇われてくれると嬉しいんだけど」


 勝負が終わり、静かになったルクリオスとミリアムを連れて少し目立たないところに移動した後、僕は二人に再び傭兵雇用の話を切り出した。


「一つ聞いておくけど、本当に面倒を減らす程度の役目でいいんだね? あんたが危険になるような敵と戦えって言われたら、逃げさせてもらうよ」

「うん。それでいいよ。ただ母さんの守りとして使いたいだけだから」

「はっ。ふざけてるくらいに傲慢な言い様じゃあないか。けど、あんたにはそれだけの力があるのも事実だ」


 僕の実力を理解したからか、ミリアムはもう僕を止めようとしたりミューたちを手放せなんて言う事はなく、深くため息を吐き出してから答えた。多分色々と考えていること、考えたいこと、聞きたいことなんかはあるだろうけど、受けてくれるのならそれでいいや。


「それで、答えは? 一応はっきり言葉として聞いておきたいんだけど?」

「……はあ。どこまでも生意気なガキだね。いいさ。あんたの依頼、受けてやるよ」

「そ。ありがとね。それじゃあこれからはどれくらいの期間になるかわからないけど、よろしく」


 これで最低限母さんの守りは確保することができたし、僕達も動きやすくなったかな。まあとは言っても、そんなに何をするって決まってるわけでもないんだけどね。


 あとは、もう一人の方か。こっちはどうだろう? さっきから喋ってないけど……そんなに痛いのかな? 結構加減して狙いは外したし、できる限り傷を負わせないようにしたんだけどな。実際、怪我はほんの少ししか見られないし、多分大丈夫だとは思う。


「それで、そっちはどうするの? 契約してくれる?」

「……なぜ、あのような剣が……」

「うん?」


 黙っていたかと思ったら、最初に聞こえてきたのは僕の問いかけへの答えじゃなく、僕に対する問いかけ……いや、問いかけですらない呟きだった。


 最初の礼儀正しくはっきり言う姿とは違って、愕然とした様子だけどそれも仕方ないかなとは思う。だって、これまで彼が鍛えてきた剣とさっきのじゃ、あまりにも違いすぎるからね。


「あなたは、魔法剣士なのですか?」

「違うよ。単なる『剣士』だ。あんなのとは比べ物にならないよ」

「違う? だが、最後のあれは、間違いなく魔法で——」

「魔法じゃないよ」


 そう、魔法じゃない。魔法のように見えても全くの別物だ。強いていうなら、魔法のオリジナルだね。


「では、なぜ……」


 僕がはっきりと断言したことで、ルクリオスはわずかに困惑した様子を見せつつ問いかけてきた。


 けど……


「それ以上先が聞きたかったら、契約してからだね。護衛の仕事と、契約期間中に知り得たことの一切を漏らすことを禁止する契約。それにサインしてくれたら、君の知りたいことをちゃんと答えよう」


 今の君には何も話すことはない。だって、身内じゃないからね。いくら懐かしい流派の門下であったとしても、いくらその技が正しく引き継がれていないことに不満があったとしても、だからって僕自身とはなんの繋がりもない人物にオドの使い方を……『剣士』のなりかたを教えるつもりはない。


「……ミューさん。契約書をいただけますか」

「こちらを」


 僕の言葉を聞いてから目を瞑ったと思ったら、数秒ほど経ってから目を開けてミューへと顔を向けた。

 どうやら、この様子だと傭兵として雇われてくれるみたいだね。よかったよ。二人とも雇うことができて。


「おい。あんたそんな簡単に決めちまっていいのかい?」

「構わない。それに、簡単に決めたわけではない。考えた末の答えが簡単に決まったように思えてしまったというだけのことだ」


 まあ、剣士としてはさっきの技は垂涎ものだろうからね。そうでなくても、自身の門派の剣術を、自分が知っているものよりも正しく強い形で見せられたら、手を伸ばさずにいられるわけがない。


「それで、なぜあなたはあのような技を……どうすればあのような剣を振るうことができるのか教えてもらえないだろうか」


 チラリ、とミューに契約書を返してから僕のことを見て、でもそこで一旦動きを止めたルクリオスは、一度だけ大きく息を吐き出してから僕に向き直って問いかけてきた。


 強くなるのに貪欲なことはいいことだ。でも、悪いね。ここではまだ話せないんだ。だって、人気がない場所って言ってもまだ周りに人はいるし、話が聞かれる可能性があるからね。


 それに何より、ルクリオスはいいけど、ミリアムはまだ契約書にサインしていない。つまり、教えていい対象ではなく部外者なのだ。


 そんな僕の視線を感じ取ったのか、ミリアムは肩をすくめるとミューへと顔を向けた。


「あー、はいはい、わかったよ。あんた、こっちにも紙よこしな。……ほら、これでいいんだろ」

「それじゃあ、二人ともこれからよろしく。業務内容については……ここから移動して話そっか。ちょっと目立ったみたいだし。剣についても、後で僕たちの修行場についたらちゃんと教えるからそれまで待っててよ」


 そんなわけで、僕は傭兵二人と契約をかわし、二人をいつもの修行場へと連れていくことにした。

 本当なら家に先に連れて行ったほうがいいのかもしれないけど、ルクリオスもミリアムもそれどころじゃないだろうし、先に僕の技について教えたほうが仕事にも身が入ると思うんだよね。


「というわけで、ミリアム、ルクリオス。こっちの二人は僕の友達で、一緒に標的になってる仲間だよ」


 修行場に向かいつつ、僕は足を止めることなくロイド達のことを二人に紹介した。

 さっきまでも一緒にいたし、ミリアム達もわかってるだろうけど、気後れしてたのかロイドもマリーも喋ってなかったから、ここらで紹介しておかないとね。


「あー……ロイドだ。よろしくお願いします?」

「あたしはマリーです」

「二人とも、そんなに固くならなくってもいいよ。雇ってる側はこっちなんだし、いつも通りに接したところで文句なんてないから」

「そ、そうか?」

「つっても、やっぱ慣れねえんだよな……」


 どうやら、普段は接してこない大人と接することになったため緊張しているようだ。


「まあ、この二人なら変なこともしないだろうし、秘密をバラすこともないだろうから安心して接してあげてよ。変に意識してると、そのほうが気まずいでしょ?」


「……こちとら傭兵としての矜持くらいある。あんたらの秘密をバラしたりなんてしないから安心しな」

「私も、道理に反するような曲がったことをするつもりはないので安心してほしい」


 うん。君たちなら大丈夫だろうね。でも、もし万が一にでも僕達を裏切るようなことがあったら……


「それはよかったよ。僕としても、好きで人を殺したいわけじゃないしね。それよりも、お互いに自己紹介してね。これから一緒に過ごしていくわけだし」


 そんな感じで、少しぎくしゃくしながらもお互いに自己紹介を終え、僕達は修行場までやってきた。


「それで、ここが僕たちの修行場だ。修行場って言っても、森の一部を少し切り拓いただけだけどね」


 そのうち、もうちょっとまともに整備してみようかな? と言っても、何か建物が必要ってわけでもないし、広い場所を作るだけならすぐ終わるんだよね。


「ここまで来たということは、あの技について教えてくださるということでしょうか? あの魔法ではないと言っていましたが……」


 ルクリオスはすぐにでもさっき見せた技について知りたくて仕方ないみたいだ。引き延ばすことでもないし、さくっと話しちゃうか。


「そう。魔法じゃないよ。あれこそが剣士のたどり着くべき領域で、剣士の振るう剣の技なんだ。あれが魔法に見えたのは当然だ。だって、そもそも魔法は剣士の真似事なんだから」

「はあ? 魔法が剣の真似だって? 何バカなこと言ってんだい。剣と魔法じゃ根本からして別もんじゃないか」


 魔法使いであるミリアムからしてみれば僕の言葉なんて信じ難いものだろう。だって、魔法使い優勢な今の世界で、魔法使いは剣士に劣る猿真似でしかない、って言われたんだから。

 でも、それが真実だ。


「〝今の剣〟はね」

「なんだいその言い方。昔は違ったってのかい?」

「そうだよ。剣王が最初ってわけじゃないけど、剣王の時代の剣士はみんなが〝ああ〟だった。魔法使いは別としても、魔法剣士なんて剣士になれなかった出来損ないと言われたくらいだ」

「魔法剣士が出来損ない……。今ではそのような言葉信じられませんね。もっとも、あの技を見せられた後ではそうも言っていられませんが」

「そもそも、なんだってあんたがそんなこと知ってんだい?」


 やっぱりその辺のことは疑問に思うよね。でも、ちゃんと言い訳は考えてあるんだ。


「あー、それはね……まああれだよ。うちが剣王に仕えた六名家の出身だからさ。これでも、僕はいいところの血筋なんだよ。もっとも、母さんは家出したみたいだから、名家出身とは言えないし、昔のことを全部知ってるってわけでもないけど」


 僕が戦えることとか母さんにバレたくなかったけど、結果的にはあの時母さんがミュー達の家に乗り込んでくれてよかった。これで僕の能力に一応の説明がつくから。

 まあ、母さんに話が行くと全部嘘だってバレるからそこは気をつけないとだけど。


「六名家? なるほど。確かに彼らは独自の剣を振るうと話には聞いていましたが、それですか」

「あ、そうなの?」

「はい。六名家は数多くの魔法剣士を代々輩出している家ですが、どうにも普通の魔法剣士とは違った強さを持っていると聞き及んでいます」

「ああ、じゃあ多分そうなんだろうね」


 きっと、『剣士』は全ての教えが失われたわけじゃないんだろう。特に、僕の弟子や腹心だった六家の血筋は、きっと今もなお、技を受け継いでくれているんだと思う。

 たとえそれが完璧な形ではなかったとしても、そのことは喜ばしく思うものだ。

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