第68話『正華剣』

 ミリアムとの戦って彼女の実力は分かった。これ以上戦う必要はないので、彼女との戦いは終わりとなった。

 ……あれ? これってミリアムの能力の確認じゃなくって、僕の能力の確認だったっけ?

 まあどっちでもいっか。どっちにしても、やることは変わらないんだから。


「それじゃあ、次は『正華剣』だっけ? 君だよ」


 ミリアムが終わったんだから、次はもう一人の傭兵——ルクリオスの確認だ。

 これが僕の能力の確認だったらもうやる必要はないんだけど、せっかくだしもう一人とやっておいても良いよね。


「加減はしません」

「いいよ。しなかったところで、結果は変わらないから」


 お互いに剣を構えて向かい合っている僕たち。でも、悪いけど君じゃ僕には勝てないよ。これは侮っているわけじゃなく、その構えや振る舞い、まとっている気配から判断したものだ。

 何より、オドを使った形跡がない以上、どう足掻いたってオドを使う僕には勝てない。

 全身全霊で、命を賭して己の魔力を全て込めた攻撃をすれば届き得るけど、それでも僕を殺すことはできないと思う。オドと魔力を使う者の戦闘力は、単純に十倍の差がある。訓練次第ではもっとさが開くだろう。それだけ魔力を使う者は不利なのだ。

 だから、彼は絶対に僕には勝てない。


「改めて、落花剣門下、『正華剣』ルクリオス・ラクラです」

「ディアスです。よろしく」


 うーん……懐かしいなぁ。ロイド達とも剣を持って向かい合うことはあるけど、あれは弟子に教えるためだし、こうして戦いのために向かい合うっていうのは、なんとも言えない楽しさがある。たとえ、それがどれだけ格下であったとしてもね。


「……あなたの門派はどこでしょう? 名乗りの際には、自身の門派を名乗るのが礼儀ですが」


 なんて考えながら向かい合っていると、ルクリオスが問いかけてきた。

 まあ確かにそうか。正式な手合わせだと、名前と流派を名乗るのが礼儀とされてたけど、それは今でも変わらないみたいだね。

 でもどうしようか? 僕の流派って言っても、我流なんだよね。強いて言えば剣王流? でも、それを名乗るわけにいかないしなぁ。だって、そんなの名乗ったら、なんで僕が知ってるんだって話になるし。


 ……まあ、我流でいいかな。


「ん? あー、うん。そうだね。でも、僕はどこの流派でもないから。我流だよ。だから、ただのディアスだよ」

「どこでもない? そんなバカな……あの動きは剣の理に従った動きだ。あれだけの動きができて、誰からも師事されていないと?」

「うん。……あ、まあ一応、体の動かし方や戦い方は魔族に習った、よ? 弟子っていうのは違うけどね」


 という設定だ。今更意味がない気もするけど、言うだけ言っておいても損はない、と思う。


「魔族? ……それ以外には誰もいないというのですか?」

「だね。というか、そもそもの話、僕に教えてくれるような人なんていなかったし、教えてもらえるような環境じゃなかったからね。こちとら貧民なんだ。誰かに教えてもらうようなお金なんてなかったよ」


 昔も、良いところの出ってわけじゃなかったから、いろんな流派の剣を覗き見して自己流で剣を鍛えるしかなかった。それで境界戦争なんて出れたんだし、剣王なんて呼ばれるようになったんだから、我ながら大したものだと思うよ。きっと、剣の才能はあったんだろうね。王様としての才能はかけらもなかったみたいだけど。


「……そのような服を着ていながら、師事するだけの額を用意できないというのは、俄かに信じがたい話ですね」

「ああ。これは最近になってだね。一年前は破れた布をつなぎ合わせて服って言い張ってたくらいだよ」


 なんて、今の格好を見ただけじゃ思わないし、納得できないよね。僕も、たった一年でこうも変わるとは思わなかった。ほんと、ミュー様様だよね。彼女がいなかったら、ここまで順調に進まなかったと思う。


「それよりも……早く始めない? 僕たちは話をするためにこうして向かい合ってるわけじゃないんだしさ。それとも、礼儀がなってない相手とは戦えないかな?」

「いえ……そうですね」


 そうしてお互いに剣と相手にだけ集中し始めた。


「先手は譲るよ。今更僕の実力を確認云々なんて言ったりしないだろ?」

「では——」


 直後、ルクリオスは剣を頭上に掲げた状態で一瞬にして僕の目の前に移動していた。


「落花剣五式、乱風断枝」


 振り下ろしと、それに伴い放たれる鋭い風。

 予想はしてたけど、これは魔法剣士の技だね。


 触れれば人の腕くらいなら切り落とされてしまうだろう剣と魔法を避ける。


「落花剣三式、落花天嵐」


 振り下ろされた剣を切り返し、一閃。かと思ったらその軌道が途中で変わり、剣閃が弧を描く。しかも、軌道の変化は一度だけではなく連続して行われる。

 加えて、その連撃が不自然に止められることで、微妙に防御や回避のタイミングをずらされる。来ると思ったら一瞬間が置かれ、最適なタイミングを逃してしまう。なんとも対応しずらい剣だ。

 それと同時に足元を掬うように巻き上げられた風がいやらしい。


 でも、魔法じゃないんだし、技名をいちいち口にするのは止めた方がいいと思うよ。かっこいいんだけどね。


 まあ、剣士同士の試合だし、仕方ないかな。


 剣士の戦いには二つある。一つは何かしらの目的を持って相手を殺すための『殺し合い』。

 それに対してもう一つは、自身の武を証明するための『試合』。


 前者ならともかく、後者はある程度礼儀を持って行うものだ。何せ、そもそもの目的が相手を殺すことにあるわけではないんだし。

 武威比べとでも言えばいいのかな。要は自慢勝負みたいなものだ。お前より俺の方がすごいんだぞ、というためにお互いに型を打ち合って行う実戦形式の稽古をさらに実戦に近づけたもの。それが剣士の試合だ。


 だから、自身の門派や流派の威名を轟かせるために技名を口にしながら戦うことはよくあることだった。だから、由緒正しい大きな門派は、大体が礼儀正しく技名を口にしながら攻撃していた。そして、そんな行動をし続けた結果、普通の殺し合いでも技名を口にするようになってしまった人がいた。っていうか、みんなそんな感じだった。多分、それは今でも変わらないんじゃないかな。


 でもそれ、実戦だと致命的な隙になりかねないんだよね。だってこれから使う技を教えるわけだし。


 それに、全くの無意味ってわけでもないしね。技名を口にすることで、自身にこれからこの技を使うんだ、って自己暗示をかけるという意味もある。

 あとは、純粋にかっこいいからね。……かっこいいよね? 技名を口にしたあと炎とか出たらカッコよくない?


「落花剣か……まだ残ってたんだね」


 何度も繰り出される技を躱し、逸らし、弾きながら昔を思い出す。三百年前の当時も、落花剣という流派は存在していた。

 あの当時も、タイミングをずらす独特の間を開けるいやらしい剣だったけど……


「真っ直ぐで正確な良い剣だ。でも……所詮は二流どまりの剣だね」


 今目の前にいる相手はその時の者と比べると格段に弱い。


「それは、侮辱と受け取っても良いのでしょうか?」


 単なる呟きだったけど、その声が聞こえてしまったようでルクリオスは一旦剣を止めて睨みつけてきた。


「侮辱じゃなくて、単なる事実だよ」

「では、私のどこが悪いと? 二流止まり、というのであれば、どこが悪いのかも指摘する事ができるのですか?」


 普通は同門の兄弟弟子や師匠が教えるべきことで、部外者の僕が言うことでもないけど……まあいいか。


「型は完璧だ。けど、完璧だからこそ不完全なんだよ」


 そう。型そのものは完璧なんだよ。剣の型も、それに合わせて使われる魔法のタイミングも威力も角度も、全部が正しい。

 でも、だからこそ二流なんだ。


「落花剣は、花が風に流されて落ちる様から着想を得た剣だ。だから、その動きは不規則で自由でなくてはならない。自由と言っても型があるのは確かだし、それ通りの動きをする必要はある。けど、その中に相手を惑わすための『間』が必要になってくる」


 剣術には、その剣術ごとに理念や思想がある。僕の剣は敵を殺すことと、誰かを守ることを考えて作った剣だ。落花剣の場合は、そんな物騒なものじゃなくて、もっと自然に寄り添った剣。きっちりと正しいだけの〝人間の剣〟じゃだめなんだよ。


「落花剣の強さの秘訣は、その攻撃の間隔をずらすことにある。剣を振る一瞬、ふっと動きを止めて相手の拍子をずらす。本来力を入れるべきところで力を抜き、相手の感覚を惑わす。そういった剣だ。それなのに、君の剣は正確すぎる。一瞬動きを止めることもあれば、力を抜いている時もある。けど、所詮それは型に沿った窓わしだ。それじゃあ『間を作る』ための動きなんてやらない方がマシだよ」


 間を作るって、ようは隙を作る、相手に攻撃の順番を渡すってことだからね。よっぽど上手くないとが逆効果なんだよ。あとは、間を作るタイミングがバレていると致命的だ。


「さっきも言ったけど、落花剣は『花が風に流されて落ちる』剣だ。その意義、真髄はどこにあると思う?」

「舞い散る花です。それは落花剣を学ぶにあたって誰もが最初に知る——」

「違うよ。花は所詮花でしかない。落花剣を作った人が言いたかったのは、花なんかじゃないんだよ」


 落花剣の人達って、なんでか勘違いしてるんだよね。自分の流派の意念なのに、華やかだからなのか、花にばかり注目してるんだよ。

 でも、本当はそうじゃない。


「風だよ。花は、風を表現するための小道具でしかない」


 どれほどの大木であろうと、どれほど立派な花であろうと、風に吹かれれば散ってしまうし、倒れてしまう。

 風は形が見えなくとも強い力を持っているものだ、って考えから生まれたのが落花剣だ。


「技の名前に〝風〟が多く使われているのを不思議に思ったことはない? 舞い散る花を表現してるはずなのに、むしろ自分が花を散らせてるような剣を振ってるのか考えたことはないの?」


 君が最初に使った技なんてもろそうじゃないか。枝を切り落とす技が、なんで花を尊ぶような流派にあるのさ。


「少しだけ、本当の技というのを見せてあげようか」


 昔は、落花剣の意念を理解していた者もいたし、間違えているものがいたら正す者もいた。でも、あれから三百年だ。剣士が少なくなっている今では、もしかしたら落花剣の意念なんて失われてしまったのかもしれない。


 僕は部外者であるとはいえそれがなんとも悲しくて、少しだけ、本気を出したくなった。


「——落花剣二十一式、【散花満天】」


 剣にオドを宿し、振るう。

 ルクリオスはその一撃を防ぐが、それだけで終わりじゃない。


 剣を防いでも僕の動きは止まることはなく、独特のリズムで攻撃を続けていく。

 僕が剣を振るう旅に剣に宿したオドは空中に留まり、剣閃は形を成していく。


「こ、れは……」


 ルクリオスが驚いている間も止まることのない攻撃によって剣閃は増えていき、ルクリオスの周囲は光を宿す線で覆い尽くされていく。


 そして、これで終わりだ。


「これが、本当の落花剣だよ」


 最後の一撃をルクリオスにではなく、彼を囲んでいる剣閃に叩き込み、空間に止まり続けた剣撃が砕け散った。


 光を反射し、自らも光を放つ無数のかけらが宙を舞い、一瞬のちにその全てが渦を巻きながら中心に向かって放たれた。


 これが本来の落花剣。ただの剣術ではなく、魔法でもない。オドを使った剣閃を併用した『剣士』の技。


 これで、君が本来の落花剣を極めてくれることを祈るよ。

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