第67話『烈火の魔女』

「ここは剣王時代から存在してたって言われてる闘技場らしいよ。今は傭兵ギルドや冒険者ギルドの訓練場になってるらしいけど、まあこんだけ広さがあれば十分だろう?」


 僕がどれだけ戦う事ができるのかを確認するために〝手合わせ〟をする事が決まり、僕達は傭兵ギルドの裏にあった少し広めの建物までやってきた。

 その場所は吹き抜けになっており天井はなく、中央の広場を囲うように階段上の席がある。

 簡単いいってしまえば、たった今ミリアムが言ったように『闘技場』だ。そして、僕達がいるのはその広場で、つまりは戦うところ。


 懐かしいなぁ。ここ、僕もきた事があるんだよね。来た、というか実際にここで戦った事がある。何せ、僕が初めて境界戦争に出る時に出場者を決めるための大会、その予選がこの闘技場で開かれたんだし。


 ちなみに、この街は闘技場があと三つある。なんでそんなにあるのかと言ったら、この街に僕の居城があったからだね。

 最初はこの闘技場しかなかったけど、僕が剣王と呼ばれるようになってここで暮らすようになってから、なんか闘技場が増えたんだよね。懐かしいなぁ、本当に……。


 そんな場所だから、まあ戦う場所としてはいいんだけど……当然と言うべきか、人がいるんだよね。昔は闘技場でも、今は一般開放されてる訓練場なんだし人がいるのは仕方ないんだけど、できる事なら人がいないほうがよかったなぁ。


「うーん。あんまり人に見られたくはないんだけど……」

「こちらをどうぞ」


 どうしようかと悩んでいると、ミューが何かを取り出してこっちに差し出してきた。なんだろう?


「何これ? 仮面?」

「はい。こんなこともあろうかと、用意しておきました」


 そう言いながら、ミューは仮面とローブを取り出してこちらに差し出してきた。これ、どこにしまってあったんだろう? 仮面はともかく、ローブって結構場所取るよね?


「こんなこともあろうかとって……なんでこんなの用意してるのさ。いやありがたいけどね」


 なんでこんなの持ってるのかわからないけど、ミューから受け取った仮面をひっくり返したりして確認する。うん。本当にただの仮面だ。目の部分に丸い穴が空いていて、口元は三日月のように弧を描いているだけの無地のシンプルな仮面。


「何か問題が起きた際に、身元を隠せるものがあった方が良いかと思いまして。お役に立てたようで何よりです」


 身元を隠せるって言っても、この身長だと子供ってバレるよね。それに、もし今後二人を雇うことになったらバレると思う。だって、ミリアム達と一緒にいる子供、ってなったら、ここでの戦いを知っている人は関連づけるだろうし。

 けど、何もしないよりはマシかな。多分。まあ気休め程度にはなるでしょ。


「それじゃあ、やろっか」

「はんっ! どこまでも生意気なガキだね」


 仮面をつけてローブを纏い、身長以外は誤魔化す事ができた状態でミリアムと向かい合う。


「ルールはどうすんだい?」

「ルール? ああ、まあ必要かな? 意外と親切っていうか、律儀なんだね」


 振る舞いが粗雑だから勘違いしてたってのもあるけど、昔の気分でいたからルールとか気にしてなかった。だって、昔はその場のノリと流れで戦って勝敗決めてたし。その辺、ゆるいけどきっちりしてたんだよね。負けが決まってる相手にはそれ以上攻撃しないって。

 負けた方も負けた方で、無駄に足掻くことはなかった。勝てる可能性を狙って足掻くんだったらいいけど、自分の負けは負けで素直に受け入れるのが粋だった。

 あとは弱い者いじめみたいなことはしなかった。だってカッコ悪いからね。


 そんな環境でやってきた経験があるから、境界戦争でもないのにルールを決めるなんて、なんだか新鮮だなぁ。


「……馬鹿にしてんのかい?」

「そんなことは。でも、どうしよっか? 相手を殺さなければなんでもいい、でどう? あ、あとは周りを壊さないようにとか? 壊したら修理とか面倒だし」

「ふんっ。精々加減してやるよ」


 加減なんてしなくてもいいんだけど、そんなこと言ったところで、実際に体験しないことには意見は変わらないんだろうね。だから、今は好きにさせるとしよう。


「では、いつでもどうぞ」

「舐めんのも大概にしな。これはあんたの実力を確認するための手合わせなんだ。あんたが仕掛けてくるのが常識ってもんじゃないのかい」


 僕の認識としては僕の方が格上だから譲ったんだけど、状況的にはミリアムの言うことはもっともだ。


「……なるほど。それは確かに。じゃあ、こちらから行くとしようか。それじゃあ——」

「っ!?」


 少しだけ本気を出して身体強化を行い剣を構えると、ミリアムは驚きに目を見開いた。

 身体強化は外見的にはなんの変化もないけど、存在の格が上がっているだけあって威圧感はある。それを感じ取ったのだろうけど、これで僕が普通の子供じゃないって言うのは理解してもらえただろう。あとはミリアムがどれだけ対処する事ができるかだけど……それは見てのお楽しみかな?


「ちゃんと凌いでね」


 そう言葉にしてから、僕はミリアムの背後に移動し、構えていた剣を振り下ろした。


「なんっ……! このおっ!」


 一瞬で背後に移動した僕に驚きながらも、振り返って僕のことを確認する前に、僕と自分の間に魔法を発動させ、爆発が生じた。


「自爆覚悟で距離を取るか。咄嗟の判断にしてはなかなかだね。魔法使いなのに動きも悪くない」


 反射神経も咄嗟の判断能力も悪くないし、本来詠唱が必要な魔法を即時発動できたのも良い。あらかじめ準備をしていたのか、あるいは僕達と同じ領域に手を届かせたのか……。

 なんにしても、今のところは傭兵としての能力は十分あるように思える。


「ハア、ハア……。あんた……何したってんだ……」


 ミリアムが息を切らしながら畏れを顔に貼り付けて問いかけてきたけど、疲れているわけじゃないだろうから、息を切らせていたのは緊張や興奮からかな?


「ちょっと速く動いただけですよ。それよりも、先手は譲ってもらいましたし、次はあなたの番では?」

「……はっ。ただのガキかと思ったら、とんだ化け物じゃないか。なんだってこんなのが依頼なんて出してんだ」

「最初に言ったと思うけど、面倒を減らすための策だからだよ。それ以上でも、それ以下でもないさ」

「……化け物が」


 ミリアムは苛立たしげにそう言うなり一度深呼吸をし、改めて僕に向かい合った。その表情は先ほどまでのものとは違い、油断なんてかけらもない真剣なものとなっている。

 多分、ここからが本番なんだろう。次に来る攻撃こそが、彼女の真価を判断するに相応しいものとなるはずだ。


「ガキにこんな魔法を使うなんてあり得ないけど、あんたはこれくらいやらないと意味ないだろう?」


 杖を構えているミリアムの体から、ゆらゆらと炎が滲み出した。


「これは珍しい。『烈火の魔女』っていうのも、大袈裟じゃないみたいだね」


 この滲み出した炎は単なる魔力じゃない。オドだ。

 正確にいうとオドそのものってわけでもないんだけど、間違いなくオドの影響が出ている。


 魔力は本来無色無形のものだけど、それはオドがそうだからってだけ。オドから滲み出たものが魔力なんだから、オドに色がついていなければ魔力に色がついているはずもない。


 ただ、オドに色や形をつけることができないわけでもない。それが僕が前にロイド達に見せた雷への性質変化。普段から雷になってるってわけじゃなくて必要な時に変化させているだけだけど、それでもその影響を受けている正確僕は雷系統の魔法が使いやすい。

 それと同じで、ミリアムのオドは炎の性質変化が行われているのだろう。


 ただ……オドを鍛えた痕跡がないし、使う様子もないから、多分だけど自力というか偶然というか、他の全てを無視して性質変化だけを覚えてしまったんだと思う。僕みたいに必要な時だけ変化させてる、ってわけでもないんじゃないかな?


 それをうまく使えるのか、強いのかは別としておいても、こうして嘘偽りなくすごいと思う。

 こんなことになってるのは、それだけ炎の魔法を使って、極め続けてきたからだろうね。


 オドの力を引き出すことができているわけじゃないから分類としては『魔法』止まりだけど、それでも普通の人が使う炎の魔法よりは遥かに強力なものになる。

 いくら魔力がオドの搾りかすって言っても、その搾りかすが最初から炎の魔法を使うのに適したものとなっていたら、それを使った魔法は強力になる。

 その分他の性質の魔法は使いづらくなるけど、戦いにおいては自身の強みである絶対の一が存在していればそれで十分だ。


「【百火繚乱】っ!」


 ミリアムの体から滲み出した炎は蠢き、小さな塊となって宙を漂っていた。名前からして、花びらでもイメージしたのかな?


 そんな炎の花びらがミリアムの合図とともに一斉に動き出し、僕へと襲いかかってくる。


「百だなんて、随分と過小報告をしてくるもんだ」


 なんだったら、千くらいはあるんじゃないだろうか?

 これだけの数を全て細かく制御することはできないだろうけど、ただ敵に向けて放つだけなら訓練すればできるからおかしくはない。けど、それでもこの数は流石だ。


「でも——」


 千の花びらなんて、強風で散らしちゃえばそれまでだ。

 性質変化はすごい。制御もすごい。——けど、決定的に威力が足りない。


 剣にオドを込め、剣を振るうと同時に開放し、斬撃を拡散させて飛ばすことで広範囲に衝撃を飛ばす。


 剣から巻き起こした風に巻かれた炎の花びら達は、ミリアムの制御から外れてお互いに空中でぶつかり合い、弾けていく。


「僕に当てたいんだったら、十倍は欲しいところだね」


 それくらいあれば、強風に負けずに僕に届くものがあったかもしれないね。


「……は。っとに、なんなんだい……この化け物が」


 自身のとっておきだっただろうに、技を破られたミリアムは怒るでも悔しがるでもなく、戦意を消して呆れたようにつぶやいた。

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