第66話手っ取り早い説得

「命の危険がない? でも襲われるんだって言ったじゃないか」


 魔女……ミリアムの言いたいことはわかる。でも、襲われるからといって危険だとは限らないんだよ。ドラゴンがそこら辺の一般人に襲われたところで危険を感じるかって話だ。

 それでも雇うのは、自分は危険を感じなくても周りに何かをされたら嫌だから。


「襲われるだろうね。でも、だからって絶対に命の危険があるってわけでもないだろ? 襲われたなら、撃退すればいいだけの話じゃないか」


 そう断言した僕を見て、ミリアムは目を丸くして驚いた様子を見せたけど、まあそれが普通の反応だろうね。


「ははっ。確かにその通りだね。でもそれはあたしらがあんたの話を受けたら、の話だろう? あたしらがもし話を受けなかったらどうすんのさ? あんた達に戦力はなく、魔族に襲われてお陀仏だ。だろう? そもそも襲われなければ護衛なんて雇う必要もないんだから、魔族を手放した方がいいと思うけどねえ」

「私も、その方が良いかと思います。その方……ミューさんがどうと言うわけではなく、魔族と共に行動をしていれば、この先も問題に巻き込まれることになるでしょう。今回のように魔族同士の件に巻き込まれたり、魔族との内通を疑われたり、あるいは魔族とその関係者を皆殺しにする過激派に襲われることも考えられます」

「まあ、そうだね。そういうこともあるだろうね。でも、それでも僕はミューとの契約は切らないよ。覚悟って、そういうものでしょ?」


 ミリアムに続き、それまで黙って話を聞いていただけだった剣士……ルクリオスまでもが忠告をしてきた。けど、何を言われようと、何度言われようと、僕は僕の意見を曲げるつもりはない。


「それに君たちが話を受けなかったらって、別にどうもしないよ。その時はその時で、普通に相手をすればいい。ただ、いつ襲ってくるかわからないし、片がつくまでちょっと動きに制限がかかるから面倒だなってだけの話さ」


 その時は……面倒だけどロイドとマリーは事が片付くまでずっとウチにいてもらおうかな。ローナの修行も中断して、ずっと家でゴロゴロしてて貰えば、それで解決しそうな気がする。


 なんて考えていると、何を考えたのかミリアムの表情が険しくなった。これは、怒ってる感じかな?


「……その言い方じゃあ、まるで自分たちが魔族を倒せるだけの力があるみたいじゃないか。え? ガキの癖にそんな力を持ってるってのかい? それとも、他に戦力と呼べる奴らがいるっての?」


 ああ、これは怒ってるっていうか、侮られてるとでも思ったみたいだ。

 けどまあ、そうだよね。僕みたいなガキに、お前たちはいてもいなくてもどっちでもいい存在だ、なんて言われたら、自尊心が傷つくのは当然か。

 でも、事実は事実だ。


「うん。これでも、僕はそれなりに強いんだ」

「随分と自信があるみたいじゃないか。でも、それは言い過ぎってもんじゃないのかい? 調子に乗って慢心してると、ぽっくり死んじまうよ」

「確かに、強者にとって最大の敵は慢心と言ってもいい。でも、実際に僕には力があるから。自慢するつもりじゃないけど、だからって卑下したり謙遜しすぎることでもないしね」


 むしろ、これでも控えめにしてる方なんだけどな。


「……それを調子に乗ってるっていうんだよ。もしかしたらあんたはそれなりに戦えるのかもしれない。でもそれは、ガキの中でって話だ。ガキの喧嘩と本当の戦いじゃあ、まるっきり別もんなんだよ」


 けど、僕の実力を知らないミリアムは、苛立ったように舌打ちをすると頬杖をついていた手を解き、そのままダンッとテーブルを叩いた。誰がどう見ても苛立っている態度だ。


 でも……こんな明らかに不機嫌そうな態度をしてる割に、出て行こうとしないんだよね。多分だけど、調子に乗ってる子供が無茶をして危険な目に遭わないように、注意してくれてるんじゃないかな。

 荒っぽい態度を取ってるし、言葉だって雇われる側のものじゃないけど、心根はいい人なんだと思う。


 とはいえ、ミリアムたちの提案を受けてミューたちを手放すつもりはないし、その必要もない。それを理解してもらうためにはどうすればいいのか……


「……うーん。そうだなぁ……これは、証明した方が早いかな?」

「何がだい?」

「えっと、まあ……うん。こっちから話を持ちかけておいてこんな事を言うのも悪い気もするんだけど、このまま話していても埒があかないし、手っ取り早く状況をはっきりさせた方が話が早く進むかなって思ったから言わせてもらうね」


 やっぱり、僕に力があるって理解してもらうのが一番手っ取り早いかな。僕に危険はないって分かれば、この二人も意見を変えるでしょ。


「簡単にいうと——僕の力を教えてあげるから、かかってきなよ」


 なんて、ちょっと挑発的に……それこそ調子に乗っているガキのように二人に戦いを挑んでみることにした。


「なんと愚かな……」

「……はっ。ガキの戯言も、ここまでくると大したもんだ。あんた早死にするよ。そんな挑発に乗るとでも思ってんのかい?」

「思ってるよ。だってここで退いたら、ガキに馬鹿にされたまま逃げた弱虫ってことになるもん。それでもいいんだったらいいけど……その時は『烈火の魔女』から『弱虫の魔女』に名前を変えた方がいいんじゃない?」


 そこまであからさまに挑発すると、ミリアムはそれまでの苛立ちとは少し違った気配を漂わせ始めた。

 多分これ、今度は本格的に苛立ってるんじゃないかな。でもそれでいい。


「……ガキが。いいさ。そこまでいうんだったら教えてやろうじゃないか。あんたがどれだけ馬鹿でガキだってのかをね」


 そう言いながらミリアムがゆらりと席を立つと、僕の方に向かって一歩踏み出し——


「お待ちを」


 ——たところでミリアムの隣に座っていたルクリオスがミリアムの腕を掴んで止めた。


「たとえ相手に問題があったとしても、現在の我々の関係は傭兵と一般人です。まだ契約も結んでいないのにも関わらず一般人を傷つけるようなことになれば、あなたにも相応の処罰が下されることになりますよ。それから、ミューさん。あなたも自身の主だというのでしたら、無謀なことは諌めるべきです」

「問題ありません。無謀でもなんでもないことですので」

「それは……」


 説得すればミューも止める、あるいは苦言を呈すると思っていたのかも知れないが、ミューがきっぱり否定したことでルクリオスは困惑したように眉根を寄せた。


 ミリアムの方はやる気みたいだったけど、ルクリオスの言葉もあってやる気が削がれているような気がする。


「要は、僕が一般人だから傷つけるのは問題だ、ってことでしょ? なら、最初に問題ないって事を紙に記しておこうか? それをここの受け付けにでも渡しておけば、戦って傷つけられたとしても問題はないでしょ?」

「問題ないわけではありません。確かにあらかじめ怪我をしても問題旨を記しておけば多少の効果はありますが、だからと言って全く問題にならないわけではありません。もし万が一、負けた後にあなたが無理やり書かされたのだと言い張れば——」

「いいから」


 あー、もう。いい加減説得するのがめんどくさくなってきた。

 そっちの考えも理解できるし、真っ当な意見なんだろうけど、今はそんなくだらないものは邪魔なんだよ。


 だから、これで最後だ。これでもしまだ何か言うようなら、その時は傭兵なんて雇わないでいいよ。どうせ、元々いなくてもどうにかなる程度の問題だったんだから。


 そう考えをまとめると、一つため息を吐き、次いで言葉も吐き出した。


「かかってこいよ、雑魚共」

「「……」」

「まさか、ここまではっきり言われて逃げるなんて……しないよね?」


 そうして、僕達は〝手合わせ〟をする事が決まった。

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