第65話傭兵ギルド

「ここが傭兵ギルドかぁ……ん?」


 家と母さん、それからロイドたちを守るために傭兵を雇うべく、僕たちは普段はやってこないような区画に存在している傭兵ギルドへとやってきていた。


 傭兵ギルドなんて、初めてだなぁ。もちろん前世では傭兵ギルドに入ったことはある。なんだったら僕自身若い頃には所属していたし。

 でも、生まれ変わってからは一度も来たことがないどころか、その建物すら見たことがなかった。だって来る用事なんてなかったし。


 だから少しだけ楽しみだったんだけど、まあ、ね。建物自体には大した変化はなかった。当然と言えば当然だけどね。城のように豪華にしたり、守りを固める必要がある場所でもないんだから。


 ただ、外観は大した違いはなくともその中。雰囲気はどうなっているのか気になる。仕組みや所属している人たちの様子っていうのは、昔から変わっていないものなんだろうか?


 そういったことを気にしながら入った建物の中を見回すと、その造りが少しおかしいように思えた。


「どうかされましたか?」

「んっと、どうかってほどでも無いんだけど、あっちって……」


 どうしてか、受付が二箇所ある。普通は一つなんじゃないかな?


「ああ。あちらは冒険者ギルドになります」

「冒険者ギルド? 傭兵ギルドの建物でしょ?」


 僕たちは傭兵ギルドに来たはずだし、ローナならまだしもミューが場所を間違えるなんてことはないはずだ。それに、僕自身ここに入ってくる前に看板を確認したし、間違いなくここは傭兵ギルドの建物だ。


「はい。別の組織ではありますが、同じ建物での運営を行なっていることがほとんどです」

「なんで? 普通別の組織なんだから別の建物じゃない?」

「簡単に言えば、仕事の内容がどちらも似ているから、ですね。どちらに依頼をするか迷った末に間違える人が多かったようです」


 なるほど。確かに、傭兵と冒険者って、同じ戦いに身を置く者だし、同じ仕事をしていると言えなくもない。実際、傭兵と冒険者で仕事内容が被ることだってあるし。一応区分というか内容に違いはあるんだけど、依頼をする一般人側からしてみれば分かりづらいし、間違えても仕方ないか。


 そういった間違いを減らした方が、依頼する側としても、依頼を受理する従業員側としても気持ちよく仕事ができると考えたのだろうね。


「ってか、ぶっちゃけ傭兵と冒険者の違いってなんなんだ? なんか武器ぶん回して依頼をこなす、ってイメージしかねえんだけど」


 なんてロイドも言ってるくらいだし、同じ建物内で処理してしまうのは合理的なんだろう。


「基本的にはその通りです。どちらも荒事を基本とした仕事ですので。ただ、方向性の違いとでも言えば良いのでしょうか。傭兵は護衛や拠点の守護など雇い主と直接関わるのに対し、冒険者は依頼を受けてどこかへの調査や、素材の採取、魔物の討伐など、荒事といってもその内容は多岐に及びます。ですが、ロイドさんがそうだったように、一般の方にはその違いなどわかりづらいものとなっております。ですので、冒険者向きの仕事も傭兵の方に頼まれたり、その逆もあったりしたことが何度もあったようです。ですので、いっそのこと依頼を受ける場所は共同でやってはどうか、となったようですね」


 一つの建物に二つの組織の受付。確かにそれは合理的だろうけど、でもここに自分達の組織の人員を置き切るとは思えないんだよね。見たところ、冒険者も傭兵も数人を除いて姿が見えないし。流石にたった数人しかいない、なんてことはないよね? そうすると、ここはあくまでも依頼を受け付ける場所ってだけで、どこか別の場所に待機室的なものがあるのかな?


「じゃあ、ここは支部や派遣所って感じで、実際の両ギルドの本部は別にあるんだ?」

「そうなりますね。と言っても、どちらの建物もここからそう離れた場所では無いようですし、事務方の本部というだけで冒険者や傭兵の方々はこちらにいることが多いそうですが」


 あ、やっぱりそうなんだ。昔はそれぞれ建物を持ってたのに、随分と変わったものだ……。まあ、これに関しては良い変化、発展したと考えるべきなんだろうけどね。


「なんにしても、ここで依頼を出せば目的の二人までちゃんと届くってことでしょ?」

「はい」


 ミューは僕の言葉に頷くと、迷うことなく二つある受付の片方に向かって進んでいき、僕たちもその後に続いていった。


「ようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「護衛の依頼を出したく参りました。『烈火の魔女』と『正華剣』のお二人に依頼を出すことは可能でしょうか?」

「ミリアムさんとルクリオスさんですか……少々お待ちください」


 ミューは余計な話をすることなく端的に要件を伝えたが、その言葉を聞いてすぐに受付の女性は眉を顰めた。

 よっぽど有名な人物なんだろうか? 別名を出しただけでそんなにすぐ分かるだなんて、いくら受付をしているといっても、名が知れているものではなければすぐに名前が出てくることはなかっただろう。


 それから少しして、一旦席を外した受付の女性が戻ってきた。


「お待たせいたしました。確認してきましたが、要請を出すことは可能です。現在は依頼を受けていないようですので、早ければ今日からでも可能かもしれません。ただ、受けるかどうかはお二人次第ですので、どうなるかはなんとも言えません。それでも構いませんか?」

「はい。ですが、一つよろしいでしょうか? 雇用の交渉はこちらで行いますので、場を設けていただくことは可能ですか?」

「はい。その場合、仲介手数料として契約金の五パーセントほどをギルドに納めていただくことになりますが、よろしいですか?」

「はい。お願いします」


 受付の女性からの提案に、ミューは迷うことなく頷いた。けど、それで合ってると思うよ。手数料を取られるのは勿体無いけど、ギルドの名前で交渉の場を整えてもらえるんだったら無駄に騒ぎも起きづらいし、相手だって断りづらいから話をしやすくなる。それを考えると多少の手数料くらいは安いものだ。


 そうして僕たちは別の職員の案内を受けて一旦建物の外に出て別の建物まで案内され、とある部屋に案内された。

 その部屋の中で待っていると、ドアを叩く音がしてから職員が入ってきて、その後に続くように二人の男女が入ってきた。おそらくは、その二人が今回呼んだ傭兵なんだろう。見た目的には……美男美女って感じ?


「あんた達があたしらを雇おうって依頼人?」

「初めまして。私は落花剣門下、ルクリオス・ラクラと申します」


 魔女の方は長い赤い髪に褐色の肌をしており、ローブを羽織って身の丈ほどある杖を持っている。いかにも魔法使いって感じの見た目だ。

 乱暴に椅子に座り、この場がさっさと終わらないかとでもいうような様子でめんどくさそうに頬杖をついている。


 正華剣の男性の方は金茶の髪に細身ながらがっしりとした体。装備は軽鎧と腰に差した剣と、なんとも剣士らしい格好だ。

 こっちはとてもキッチリした性格のようで、一礼してから席につき、今も背筋を伸ばしている。


 そんな二人を案内してきた職員は、自身の役目を全うしたからか一礼してから速やかに部屋を去っていった。


「初めまして。今回お二人に依頼を出したのは、こちらのディアス様です。私は今回ディアス様よりお二人との交渉を任されましたミューと申します。お見知り置きいただければ幸いです」

「それで、内容は?」


 丁寧なミューの態度を流すように、魔女がさっさと先を話せと促してくる。

 んー……こんな態度の人が話を受けてくれるかな?


「端的に申し上げますと、護衛を行なってほしいのです」

「護衛ねぇ〜。ま、確かに賊の騒ぎが増えてる今のこの街じゃあ、なんかあったら、なーんて心配になるのもわかるか。けど、そんな護衛なんて雇うほどやばい状況なのかい?」

「詳細は後ほど行いますが、現在私共は食肉を卸す商いを行なっております。ですが、見てお分かりになるとは思いますが、見た目が子供ですので侮られることが多いのです」

「はーん。要は舐められてるってわけだ」

「はい。ですがそれだけではありません。むしろ、そちらはついでの理由と言えます。本命は、商いの主はこちらのディアス様なのですが、私は魔族です。そちらの縁のせいで、こちらに残った魔族……魔王軍の一部から目をつけられております。現状の様子ですと、何かしら事を起こされると予想できますので、安全のためにディアス様のお母様の護衛を頼みたいのです」

「魔族ぅ〜? はぁー、こりゃまた厄介なもんで……」


 魔女はそう言いながら、裾をたくしあげて素足を晒したミューのことを見ている。


「今の話を聞いた限りだと、そっちの魔族を手放せばその魔族にも襲われることはないんじゃないのかねえ? あたしら雇うよりよっぽど手っ取り早いと思うんだけど?」


 ごもっともな質問だ。それが一番簡単で手っ取り早いってのは、僕たちだってわかってる。


「それは……」

「それはできないよ。僕がミューを保護したのは、助けを求められたからだ。それに伴って、お互いに覚悟を持って契約をしたんだ。それなのに、少し面倒なことになったからって切り捨てるようじゃ、自分の覚悟もミューの覚悟も踏み躙ることになる。それはできない」

「その結果襲われて命の危険があるんだったら、そんな覚悟がどうのなんて言ってる場合じゃないと思うんだけど?」

「たとえ命の危険があろうとも、剣士の覚悟はそう簡単に踏み躙っていいものじゃないよ」


 一度覚悟を決めたのであれば、それを曲げることがあってはならない。たとえ状況が変わり、周囲の者たちが意見を変えたのだとしても、一度決めた覚悟だけは変えてはならない。


 だって剣士は、その覚悟のために剣を振うのだから。

 貫き通すと決めたはずの覚悟を変えて、進むべき道を曲げてしまえば、自身の振るう剣さえ曲がってしまうことになる。


「それに、そもそも命の危険なんてないしね」


 だから、ミューたちを手放す、なんてことは絶対にしない。

 ここに傭兵を雇いにきたのだって、ただの保険で、所詮は傭兵なんていてもいなくてもいい存在なんだよね。

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