第64話傭兵を雇いに

「それで、結局傭兵雇うのか?」


 ミューと傭兵について話した翌日、今日は話し合いのために修行に行くことはなく家にみんなで集まっている。

 そんな中、口を開いたのはロイドだった。


「んー、どうしよっか? いた方が便利は便利だろうけど、その場合は完全に身内に引き入れておきたいし、悩みどころだよね」

「なんでだ? 別に雇うだけでもいいんじゃないのか?」

「いや、考えてみてよ。もし雇うことになったら僕たちと一緒に行動することもあるかもしれないし、そうなったらオドを使ってるのみられるんだよ? 無闇に広めたくない僕としては、あんまり好ましくないかなー、ってさ。戦う時に見せるのは仕方ないけど、それでも自分から広めるようなことをする必要もないからね」


 僕は僕の剣術を不用意に他人に教えるつもりはない。鍛えること自体は構わないけど、広めるつもりはないのだ。

 剣王の剣を広めるとしたら、それは僕がある程度の地位を手に入れた後。教えた剣を持って誰かを傷つけた違反者が出た後に、僕が責任を持って処理したとしても問題ないようになれば、僕は剣王の剣を他人に教えてもいいと思っている。それが、人間全体が強くなるのに一番手っ取り早い方法だしね。


 けど、それはいつか将来の話であって、今じゃない。今僕の剣を知られるわけにはいかないんだよ。


「つっても、見られたところで真似できるようなもんでもないだろ」

「そーそー。それに、普通は魔法だと思うんじゃねえのか?」

「かなぁ。それならそれでいいんだけど……」


 魔法剣士、なんてものと間違えてくれるんだったらそれならそれでいいんだけど……うーん。


「仕方ないか。母さんの安全のためにも、少しくらい雇っておこうかな」


 今僕が最も恐れていることは、まともに戦うことができない母さんが襲われることだ。少しずつ治ってきてはいるけど、母さんのオドの流れはまだ完治には程遠い。せめて後半年くらいはないと、戦うという行為をするのは推奨できない。


 だから、そんな母さんを守るためなら、多少のリスクくらいなら受け入れてもいい、かな。


「何人雇うんだ? 一人だけだとそいつにずっと任せっきりになるから何人か雇うんだろ?」

「そうだね。二人くらいでいいんじゃない? 朝と晩で交代させてればいいでしょ」


 最低限、鳴子の代わりになってくれればいいだけだし、時間稼ぎができれば上々くらいのつもりで考えているから、そんなに雇うつもりはない。それなりに名の知れてる人物なら、一人でも多少の抵抗をするくらいはできるでしょ。


「『烈火の魔女』と『正華剣』のお二人でいかがでしょう?」


 僕が傭兵を雇うと決めると、ミューがすかさず名前を出してきた。『烈火の魔女』の方は昨日聞いたけど、『正華剣』ってのはまた新しい人物だ。


「魔女と呼ばれていますが、ただ単に魔法をよく使うからというだけで、性格の方は温厚な方だとか。正華剣の方は、男性ではありますが悪人を退治して回っている剣士だそうですので、無体な真似をすることはないでしょう」


 ふーん。なんか聞いた感じだとどっちもいい感じの人みたいだね。上っ面だけの良い人って可能性もあるけど、ミューが名前を出すくらいなんだから、大丈夫かな?


「じゃあ、その2人でいっか。……あっ! お金の方は大丈夫なの?」

「はい。問題ありません。最悪の場合は魔族の隠し資金がありますので」


 あー、あれね。あんまり使うつもりはなかったけど……まあいっか。後で補充しておけば大丈夫でしょ。このまま商売を続ければ、将来的には十分回収できるはずだし。


「それじゃあ、雇いにいこっか」

「え? ご、ご主人様ご自身がですか?」


 僕が立ち上がるとミューは驚いたようにこっちを見てきたけど、そんなに驚くことかな?


「うん。これから雇う人なんだから、その真贋は自分の目で確かめたいからね。それに……どうせ暇だし」

「おい。俺たちの修行はどうなんだ?」

「そうだそうだ。今日からは無闇に森に行くなって言われてここでやることになってただろ!」


 普段は森に行ってたんだけど、敵に襲われることがはっきりしたからね。今日はちょうど今の話をしたかったしこの家に集まってもらったけど、ここにくる前に二人には森のような人気のない場所はあんまり行かないようにしよう、って話していた。それに合わせて、修行は街の外にでなくてもできることを中心としたものだ。具体的には瞑想とオドの制御。


「そうだけど……まあそれはまた今度ってことで。どうせ部屋の中でできる訓練なんて、精神修行しかないし、急いでやったところでたかが知れてるしね。そもそも二人とも部屋の中でじっとしてる修行って、やりたい?」

「よしっ! 行こうぜ!」

「だな! おばさんの安全のためにも、やるんだったら早い方がいいからな!」


 僕の言葉を聞くなり立ち上がり、ドアに向かって歩き出したロイドとマリー。すっごい分かりやすい反応をありがとう。


「まあ、今やらなくってもそのうちやるんだけどね」

「「えー」」


 文句を言っても変わらないよ。瞑想だってちゃんとした修行なんだから。これをやるのとやらないのとじゃ全然違うんだし、やってもらわなくてはならない。


「はいはい。それじゃあ行こうか」


 ロイドとマリーの後に続いて僕も歩き出したんだけど、ふとローナの反応を見てなかったことを思い出して振り返る。


「いってらー」


 椅子に座りながら机に突っ伏し、手だけをこっちに振って送り出そうとしているローナ。……君、本当に僕の奴隷だよね? 奴隷じゃなかったとしても、今は使用人として仕事してる立場じゃなかったっけ? その対応、絶対に使用人のやることじゃないよね。

 まあ、ローナだから仕方ないと言えばそこまでだし、納得できちゃうんだけどさ。


「姉さん……せめてもう少しまともに送り出してください」


 ミューが眉根を寄せながらローナに近寄り、突っ伏している体を起こそうとしているが、ローナは相変わらず、ぐでーっと体から力を抜いて起きようとしない。


「もういいよ。気にしないことにしたから。だってローナだし」


 うん。もうね。本当に『ローナだから』で納得できちゃうし許せちゃうんだよね。許すっていうか、諦めているだけなんだけど。

 まあでも、一人くらいはこの家に残って母さんを守ってくれる役割の人がいてくれても良いし、もしかしたらローナもその辺のことを考えて残ることにしたのかも。……実際のところがどうなのかはなんとも言えないんだけどさ。


「いってらー」

「はいはい。いってきます」


 再び気だるそうに告げられた僕たちを送り出す言葉に、苦笑しながら返事をして外へ出ていった。

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