第63話この街の傭兵
「それは……申し訳ありません。やはり私のせいで——」
「だから、気にしなくていいって。ほら、ローナを見てよ。自分に原因があるっていうのに、あんなのんびりしてるじゃん」
そう言いながら部屋の隅で体を丸めて寝ているローナを見ると、名前が出てきたことでこっちを向いたのだろうローナと目が合った。けど、少し考えたような様子を見せると顔を逸らして再び寝始めた。
……なんだろう。確かに二人のせいじゃないって言ったし、思い詰める必要はないとも思ってるけど、あそこまで堂々と無視されるとそれはそれでやり場のない憤りのようなものがあるよね。憤りって言っても実際に怒ってるわけじゃないんだけどさ。
「まあ、流石にああしろとは言わないけど、気にしなくてもいいっていうのは本当だよ」
今回だって、ロイドとマリーの修行になったしね。
「……はい。承知いたしました」
「んねねねー。そっちの話はついたっぽい?」
まだ完全に納得したわけではないだろうけど、それでもミューが頷いたのを見てかいつの間にか起き上がっていたローナがススッとこっちにやってきた。
「そうだけど、当事者のくせに知らんぷり決め込んでたローナは何の用?」
さっきまでは無視してたくせに、なんでこっちに来てんのさ。寝たんじゃないの?
「なーんかトゲのある言い方〜。でもま、私ってば優しいから気にしないであげる」
「ありがと。で、要件は? ただ呼んだだけ、なんてこと言わないよね」
わざわざ寝ていたのにこっちに来たってことは、なにかしら話したいことがあるんだと思うけど、ローナからの話なんて全く予想がつかないんだよね。
「そんなこと私がいうわけないじゃないの。呼んだのは、心配なら用心棒でも雇ったらどう、って言いたかったの」
「用心棒?」
「そそ。傭兵って言い方でもいいけど、用心棒の方がカッコよくない?」
「それはどうでもいいけど……どこに?」
敵が攻撃して来るのがわかっているんだから傭兵を雇う、というのは理解できる。けど、この家に傭兵って必要かな? 大体ミューかローナがいるんだから、必要ないでしょ。大抵の敵はどうにかなると思うんだけど?
それに、襲撃って夜にやられることが多いけど、夜ならそれはそれで僕がいる。寝ている時に奇襲を受けたとしても、相手が魔王位第十位くらいまでならなんの被害もなく散らすことができるはずだ。第一位だと、周りの家とか吹っ飛ぶかもしれないけど、まあ負けることはない。それくらい安全なのだ。傭兵なんて雇う必要あるのかな?
「え? そりゃあ、ここに? あとは兄弟子達につけるとか? 私とミューは問題なしなしでしょ? あんただって傭兵なんて足手纏いにしかならないし、心配なのはあの二人とここと、あとはママンなんだから、傭兵つければそこら辺のチンピラくらい片付けてくれるっしょ」
あー、母さんとロイド達か……。確かに、絶対に昼に襲ってこないってわけじゃないし、僕たちが出払っている時に襲われる可能性は十分考えられる。
それに、ロイド達だってごろつき程度なら倒すことができたけど、実力者に囲まれればまだそれに対処できるだけの能力はない。
それらを考えると、傭兵もありと言えばありかな?
「ですが、その全てを守るために傭兵をとなると、かなりの額になりますよ? 多少は稼いでいるといえど、流石にそれほどの人数を雇うほどの額は用意できません……」
「兄弟子二人は大体ご主人様と一緒にいるし、平気でしょ。ママンはそんなに動かないし、ここに一人守りを置いておけば、私らが全員離れてる時も安心じゃない?」
「……それは、悪くないかもしれないですね」
ローナにしては珍しくまともなことを言ったためにミューもローナの意見に頷いている。
実際、悪い手ではないと思う。襲ってくることがわかってるんだから、守りを手薄にする必要はないし。
でも、問題がないわけでもないんだよね。
「傭兵ねぇ……」
「ご不満でしょうか?」
「不満っていうか、そもそもこの街に傭兵がいるの? いや、いるのは知ってるけど、実際に使えそうな人っていうか、万が一の場合は魔族と戦うことになるわけでしょ? それに対応できるだけの強さを持った人っているのかなって思ってさ」
この街で十年以上暮らしてきた記憶があるけど、有名な傭兵がいるとか、そういう噂は聞いたことがない。
それは僕が戦いの中に身を置く生活をしていないからなのかもしれないけど、それにしても全く話が入ってこないっていうのはあり得ない。有名な者がいれば、市井の噂話でも多少は出てくるものなのだ。
「でしたらご心配なく。この街は、取り返したばかりであり、人間側の最前線ということもあっていまだ武力を必要とする問題があります。それを狙って傭兵が他所からやってきていますので、現在はそれなりに名のしれた傭兵も数名ですが入って来ているようです」
「へー。数名って、名前とかもうわかってるの?」
「はい。最も有名なのが、『紅蓮の魔女』でしょうか。炎の魔法を使う女性ですね。ついで『地顎斧』、『血玉手』、『雷魔刺剣』あたりが有名ですね」
紅蓮の魔女は……名前からして魔法使いかな? 剣王だった時にもそんな感じの名前はいたなあ。三人くらい知ってる。みんな死んだけど。
「有名って……傭兵界隈で? それとも、世間一般で?」
「どうでしょう? 傭兵界隈では有名なのは確実ですが、一般人も全員知っているほどかというと、そうではないかと。ただ、一般人の中でも知っている人はいる、程度には有名かと」
「そうなんだ。……ぜんっぜんわかんないや」
「安心しなさい。私もわかんないわ!」
うん。だろうね。知ってる。
「……ローナと同じレベルってなると、もうちょっと世間を知っておいた方がいいのかなって気になるから、ある意味ローナってすごいよね」
本当にすごいと思うよ。反面教師的な意味でだけど。
でも、僕も環境が整ってきたわけだし、少しは周りに目を向けてもいいのかもしれない。何せ、僕が知ってる情報って、ただの子供が知ってる噂話と、母さんから教えてもらった簡単な教養程度なものだからね。
そのうち名を上げて戦王杯に出場するつもりだし、世間のことも知っておいた方がいいと思う。
「っていうかさ、今名前が上がった中で明らかに雇っちゃまずそうな名前のいなかった?」
「『血玉手』でしょうか?」
「そうそれ。すぐに出てきたってことは、やっぱりダメなやつ?」
血玉手って名を聞いたことないけど、多分いい意味じゃないよね。『血』って文字が入ってる別名って、あんまりいいものじゃない場合が多いし。
「ダメとは言いませんが、危ない手合いの輩であることは間違いありませんね。依頼はこなすけれど、依頼人を殺してしまったことが何度かあったようですので」
「絶対にダメなやつじゃん」
「本人曰く、気に入らない奴だったから殺しただけ。依頼そのものはちゃんとやった、だそうです」
「だとしても、そんなの雇う人っていないでしょ」
傭兵なんて自分が死なないために雇うのに、依頼した相手に殺されてちゃ意味ないじゃん。
「いえそれが、一応依頼の達成率自体は完璧なので、依頼がなくなることはないようです」
「実力はあるってわけねー」
「だとしても、そんな何があるかわからないようなのを雇うつもりないよ」
母さんの守りのために雇うんだから、母さんに危険が及びそうな相手は無しだ。
「はい。傭兵に関しては、もう少しよく調べてから実際に雇うかどうかを考えましょう」
「そうだね。それに、もしかしたらもう今の時点で敵に回ってるかもしれないし」
「敵というのは……あちらについた、ということですか?」
「そうそう。だって、僕たちだってこうして傭兵を雇って戦力にしようと考えてるわけでしょ? 向こうは魔族領にいる仲間は使えないんだからこっちで戦力を整えるしかないけど、その際に使いやすいのが傭兵でしょ? 金さえ払えば魔族の依頼だろうと受けてくれる便利な戦力。そんなの、放っておくわけないからね」
「そう、ですね。一応魔族は人間の敵ですし、お金を出されても全員が引き受けるとは限りませんが……」
「数人は向こうにつく、って考えた方が自然だろうね」
それがどの程度の人数と質なのかはわからないけど、全く雇われないとは考えない方がいいだろうね。魔族側にどの程度資金があるかわからないけど、必要なところでは出し惜しみなんてしないはずだし。
「……できる限り、奥様と共に行動するようにいたします」
「そうして。ローナも、母さんの話し相手宜しくね」
「まっかせなさい! これでも私は立派なメイドちゃんなんだから、それくらいドーンとこなしてみせるわ!」
薄い胸を張って自身に満ちた様子を見せているローナだけど、その姿を見ると逆に不安でどうしようもない。
っていうか、メイドの仕事が家人の話し相手だけって、それはそれでどうなの?
「……できることならミューが主となって母さんの警護をお願いできるかな?」
「かしこまりました」
ミューも同じように思ったのか、力強く頷いた。
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