第58話魔族領というもの

「なー。なんか今更な感じもすっけどさ、そもそもなんだって魔王軍とか作ってまで戦王杯とかやってんだ?」


 ある程度話がまとまると、突然マリーがそんなことを聞いてきた。

 なんでそんなことを聞いてるんだろう? 魔王軍がいるのも、戦王杯をやるのも、自分たちの領土を守るために必要だからでしょ?


「なんでって、そりゃあ自分の国を守るためじゃねえのか?」

「いや、そうだったとしても、境界の奪い合いなんてする必要あるか? そんな面倒なことしてないで、一旦どっちかに完全に寄せちまった後でまた新しく国をつくりゃいいんじゃねえの? 魔族だってこっちで動けねえわけじゃねえんだろ?」


 マリーの言葉を受けて、ハッと目を丸くしてからその言葉の内容について少し考えてみたけど、確かにその通りではあるね。


「……言われてみれば、そうだね。大昔からの奪い合いってことで気にもしてなかったけど、境界そのものを解除するか、あるいは、全部人間領か魔族領にすれば、もうそれ以上境界の奪い合いなんて怒らないんだから、普通の国家運営と同じになるよね」

「だよな。強いんだったら、面倒なことは一旦終わらせてから好きなように作り直した方が早くね?」


 境界を押して押されて、なんて無駄に時間をかけてるくらいだったら、人間領に魔族の国を作ってしまえばいい。

 昔、僕が剣王をしていた頃は三割まで土地が減っていたんだし、そこから挽回する方法よりも、すべての土地を奪われた後のことを考えて人間領側に魔族の国を作ってしまえばよかった。なんだったら、境界を奪われた後もそこに居座って徹底抗戦して領土を確保し続けることだってできた。ローナ達をみればわかるけど、魔族だからってこっちで生活できないわけじゃないんだから。


 ただ、じゃあ人間側がそれをやればよかったじゃないか、ってことになると少し話が変わってくる。だって、人間はそもそも魔族領じゃ暮らせないから。なんでか知らないけど、魔族領に人間が行くと、すっごい体調が悪くなるらしいんだよね。僕は行ったことない……っていうか行かせてもらえなかったけど、そうらしい。だから全てを魔族領に変えるってことはできない。もしかしたら、魔族側も同じような不利益があるのかな?


「あー、そうかも? でも無理じゃない?」

「だから、なんでなんだよ」

「だって、あっちの方が居心地いいもん」

「「?」」


 ロイドもマリーもローナの言葉にわからなそうに首を傾げているけど、やっぱり何か違いがあるんだろう。


「姉さん。それでは言葉が足りませんよ。そもそも、なぜ我々が魔族と呼ばれているか……いえ、なぜ魔族に分類されているかご存知ですか?」

「……いや。ただ魔族領に本拠地を置いて人間と敵対してるから、としか」


 魔族という分類、か……。考えたことなかったな。

 剣王の時は、ただ戦って勝つ、人間領を増やすくらいにしか考えてなかった。修行が忙しかったし、政治が面倒だったしと理由はあるけど、一番は〝そういうもの〟だと思っていたから考えすらしなかった。


「魔族と分類されている種族はいくつもありますが、大なり小なり〝魔族領の恩恵〟を受けているのです」

「恩恵っていうのは、国として、国民を保護してるとかそういうのじゃなく……」

「はい。私たちは、魔族領にいるとその能力が強化されるのです。それに対し、人間は魔族領に行くと弱体化を引き起こします。これは魔族領に流れている空気の問題だと言われています」

「空気ねえ……」


 やっぱり人間が魔族領に行くと害があるように、魔族もこちらに来ると不利益があるんだ。

 でも、そんな空気さえ阻んでいるって、境界って人と魔族の国境っていうよりも、まるで魔族やそれにまつわるものを隔離のために存在してる様だとさえ思えるね。


「戦王戦が始まるよりも前の時代、その時代には人間しかいなかったそうです。ですが、なんらかの理由によって他の種族が生まれるようになりました。それが私たちのような耳魔族であったり、獣魔族であったりします。それと同時に、人間に害を及ぼす環境が生まれてしまいました。それが現在魔族領と呼ばれている地域です」


 それは……初めて聞いた話だな。僕は剣王って王様をやっていたけど、そんな話聞いたこともない。まあこれは、僕がお飾りの王様だったから教えられていなかっただけかもしれないけど、それでも一度も噂のかけらでさえ聞いたことがないっていうのはおかしい。

 そうなると、魔族側で作られた話か、あるいは人間が故意に消し去ったかになる?


「魔族領——古い呼び方を魔界と言いますが、その環境に適応し、強化の恩恵を受けることができる種族が魔族と呼ばれているのです」

「弱体化しないんじゃなくて強化されるのか?」

「はい。ですので、本来の能力というのは、こちら側にいる今の私たちの能力になります」

「だから魔族は魔族領を捨てねえのか。誰だって弱くなりたくねえもんな」


 まあ、そうだろうね。借り物の力だとしても、一度強くなった状態で馴染んでしまえば、それを失ってしまうのは嫌に決まってる。それがただ本来の力に戻るだけだとしても、認められないものは一定数いるだろうね。


「個人的には、魔族領を一旦全て失ってしまった方が良いとは思いますけどね。強化の恩恵が消えるだけであって、人間のように境界を越えたら弱体化するというわけではないのですから」


 これには少しびっくりだ。ミューは一応魔王軍に所属してたのにそんなことを堂々というなんて。純粋にそう思っているのか、それとも魔王軍にそれほどいい思い出がないからなのか。どっちなんだろうね。


「まー、あっち側しか知らない人からすれば、こっちに来たら弱体化するのとおんなじでしょうけどねー。実際私たちだって、こっちに来たばっかん時は弱くなったなー、なんて思ってたし」


 あー、まあローナたちだって魔族なんだし、こっちに来る時は弱くなるのか。……全然魔族って感じしないけど。だって、今まで戦ってきた魔族と違いすぎるんだもん。


「ちなみに、その弱体化ってどれくらいの割合なの?」

「どれくらい? んー、どれくらいだろ?」

「体感でよろしければ、およそ二割程度になります」


 あ、そんなもんなの? いや、でも二割って結構削れるな。


「あー、それくらいかな? んー……でももうちょっと軽くない?」


 ん? ローナとミューで食い違ってる? これ、ただ単にローナの感覚が鈍感、って話じゃないよね。だってローナはバカでポンコツだけど、戦闘能力に関してはプロだ。そんな人物が自身の戦闘能力の変化を間違えるわけがない。そこだけは……本当にそこだけは信頼している。


「……それだけ? なんかもっと大幅に弱体化されるものだと思ったんだけど」


 けど、個人差があるにしても、どっちみち最大で二割だと考えれば、大したことないよね。弱体化っていうから、てっきり半分くらいまで下がるのかと思ってた。


「これは私たちの場合の話ですね。種族によって割合には差があるとのことですので。今の私たちも、私と姉さんで食い違っていたでしょう? それと同じです。私にとっては二割の弱体化でも、姉さんにとっては一割、あるいはそれ以下の弱体化で済んでしまうのです」


 やっぱり個人差があるんだ。個人差っていうか、種族差? でもミューとローナは一応同じ種族だし、それでも割合が違うってなると……見た目?


「そっか……二人の違いから考えると、種族っていうよりも、人間からどれくらい離れた体をしているか、が割合の違いになってるのかな?」


 多分そういうことだろう。人間の体に追加で耳と尻尾が生えているだけのローナと、足さえ獣の形が出ているミューとで違うのだから、多分人間と体の構造が違えば違うほど弱体化されるんだと思う。まあ正確には弱体化じゃなくて、魔族領での強化が無くなるだけだけど。


「おそらくは。もっとも弱体化される種は、悪魔族と呼ばれている者達で、彼らは五割から六割ほどの弱体化が行われるようです」

「五割……それはまた、随分と弱くなるんだね」


 流石にそこまで行くと、いくら本来の力に戻るだけって言われても困るだろうね。


「はい。もっとも、本来の能力は弱体化した方のものではありますが。そういったわけですので、私たちの様に大して強化の施されていない種族としては、こちら側で活動することも難しくはありません。だからこそ、境界が変更となった移住期間の間にこちらで任務をこなすように命令が降ったのですが」


 なるほどね。思い返してみれば羽が生えていたり顔が獣だったり、あとは目が一つしかなかったり巨体だったりと、魔族らしい魔族をこっちで見ないなと思ったけど、そういうことだったんだ。


「まーでも、ご主人様の場合弱体化されてようが、こっちが強化されてようが、勝てるイメージ全く浮かばないんだけどね。ご主人様の強さが半分になった上でこっちの強さが倍になったとしても、多分負けるでしょ」

「そう? 弱体化なんてされたことないし、案外慣れるのに手間取るかもよ。慣れる前に戦えば、なんとかなるんじゃない?」

「それって慣れちゃったら勝ち目ないってことじゃない。やーよ。そんな万が一の可能性にかけて自殺しに行くのは」


 お互いに反対方向の補正がかかってれば、ローナなら万が一もあり得そうな気もするんだけどなぁ。まあ、僕だって弱体化したとなれば警戒するから、そう簡単にやられるつもりはないけどさ。


「ってわけで、私はご主人様の奴隷だ、か、ら〜……よろしくね♪」

「よろしくしたくないんだけど、返品はできる?」

「できませーん。ブッブー」


 そう言いながら両手を交差させてバツを作るローナだけど、その行動は表情も相まってなかなかにうざったい。


「なあ、いちいちこいつのこの調子に付き合わないといけねえのか? はっきりいってだいぶウザいぞ、こいつ」


 ごめん、ロイド。もう引き受けるしかないんだよ。こんなんでもいつかそのうち役に立つと思うから、我慢して。

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