第59話ダグラッドからの提案

「そこの君。君だよ。ちょっといいかな」

「?」


 ミューたちと魔族について話をした翌日、いつも通り森に行って修行をして帰ってくると、家に帰る途中で見知らぬ人物に話しかけられた。

 あ、いや、これ見知らぬ人物ってわけでもないかな。この男、確か昨日うちに来てた魔族だ。名前は確か……ダグラッド、だったかな? フルネームは覚えてないけど、多分あってるはず。


「えー、あなたは確か、昨日うちにいた方ですか?」

「そう。そうだよ。ボクのことは聞いてるかな?」

「詳しくは聞いていませんが、ミュー達を連れて行こうとしたとか」


 色々と聞いたけど、こう言っておくのが無難だよね。ミューが色々喋ったってなったら、魔族に戻った時に裏切り者扱いされることになるかもしれないし。


「ひどいな。心外だよ。連れて行こうとしたわけじゃなくて、彼女達を保護しようとしたんだ。魔族にとってはこっちで暮らしていくのも大変だからね。ボクたちみたいな保護のための部隊っていうのがいるものなのさ」


 男——ダグラッドはそう言って肩をすくめると、笑みを浮かべて話し出した。けど、その目の奥は笑っていないものだった。


「そこで、いいかな? いいよね? 提案があるんだけど、彼女達をこっちに渡してくれないかい? 『飛耳長目』は真面目だからね。契約をしたからそれを途中で破るのは不義理になる、なんて言ってボクたちの誘いを断るんだ。でも、それじゃあいけないだろ? 魔族は魔族、人間は人間同士で暮らすべきだし、その方が暮らしやすいはずだ。君だって、この街での魔族の扱いはわかるだろう? ボク達なら彼女らにもっといい暮らしをさせることができるんだ」

「そうですか。ですが、それはミューが断ったんですよね? だったら僕から言うことは何もないです」


 そう言って話を切ろうとしたけど、ダグラッドは僕たちの道を塞ぐように一歩こちらに近づき、一緒にいたロイドとマリーたちはそれに合わせるように一歩下がった。


「ちょっと待って。待ってよ。本来ならそうなんだけど、言っただろ? 彼女は真面目なんだ。だから、自分から契約を破ることはしないだろうし、契約の破棄を持ちかけること自体をしないだろう。だから、君に協力して欲しいんだ。彼女をこっちに来るように説得してほしいんだ」

「説得というのなら、僕たちよりも姉のローナを説得した方が早くないですか? 多分ミューは契約を大事にしていても、姉の言葉の方が大事だと思いますんで」


 僕が言うよりも、ローナが言った方が効果あると思うんだよね。なんだかんだで主導権はローナが持ってそうな感じだし、強引にでもローナが連れ出せば、ミューだって渋々ながらでも納得しそうな気がする。


「……そうだね。ああそうさ。そんなのはわかってるよ。でも、それが上手くいけば最初からそっちを狙ってるさ」


 けど、ダグラッドは不機嫌そうに顔を顰めてそういった。

 まあ、ローナが素直に言うこと聞くとは思えないし、命の危険がないのにミューの意思を曲げて無理やり動かすなんてことはしないだろうね。


「君たちがどこまで理解してるかわからないけど、アレは……『奇々怪々』は言って聞くような類の奴じゃないんだよ。百回同じ事を言ったところで、奴は翌日には忘れてるよ。そういう奴だ。そういう奴なんだよ、アレは」


 うん。知ってる。言って言い聞かせることができるんだったら、僕だって毎日苦労しなくて済む。


 でも、あれはあれで話を選別してる気がするんだよね。言うことを聞かないといけない話と、無視してもいい話って感じで。だって、じゃないと僕の真面目な話を忘れてるのに母さんのどうでもいい話を覚えてるのは道理に合わない。

 あれは多分、母さんの体調が悪いからじゃないかな。体調が悪いから余計な手間をかけさせると悪いと思ってちゃんと言うことを聞いているんだと思う。


 で、そんなローナが忘れてるってことは、その話はローナにとってどうでもいい話でしかないってことだ。


「だからだ。だから君に頼んでるんだ」

「……それをして、僕に何か利点でもあるんですか?」


 ダグラッドは僕の言葉にニヤリと笑った。大方、手応えありとでも思ったのかもしれないけど、僕としては普通に疑問だっただけなんだけどな。


「あるよ。もちろんさ。ただ説得するのが嫌なら、ボクと取引してくれればいい。こちらはそれなりの資金を用意してあるからね。単純な奴隷売買と同じさ。君の持っている奴隷を売ってほしい。それだけの話だ。簡単で単純で、どこにだってありふれてる普通の話だろ?」

「ちなみに、金額はいくらくらいですか?」

「三千万レットで考えてるんだけど、どう?」


 うーん。いくら仲間を救うためとはいえ、たった二人にそれだけの金額を払おうとするなんて、よっぽど二人のことが欲しいんだろうなぁ。

 っていうか、もしかしたら単純に二人を解放するよりも、奴隷として取引をした方がダグラッドとしては嬉しいのかもしれない。だって、そうなったら我の強い二人を自由に動かすことができるようになるんだし。


「申し訳ありませんが、お断りします」


 けど、悪いね。ただ聞いてみたかっただけで、最初から渡す気はないんだよ。


「……理由は? 理由を聞いてもいいかな?」


 ダグラッドは僕みたいなガキに断られたせいか不愉快そうに顔を歪めて問いかけてきた。

 ここで正直に義理がどうの、契約がどうのって話してもいいんだけど、せっかくだしどこまで出せるのか聞いてみるのも面白いかも?


「単純に、安すぎるって話ですよ。あなた方が求めている『飛耳長目』とは、その程度の値段で買えるものだったんですか?」

「……はは。そうだね。そうだった。これは一本取られたかな。確かに、彼女には三千万程度じゃあ済まない価値がある。けど、こっちの事情も理解して欲しいかな。境界のこっち側にいるボク達には、それほど大きな金額を動かせる権限がないんだ。だから色々と頑張ってやりくりしてるんだけど、どうしたって金欠気味になってしまうんだよね。なんだったら、契約を買い取るんじゃなくて、奪い取るんでも良いかなと思う程度にはね」


 三千万のまま変わらず、かぁ。

 確かに奴隷としては高いし、僕みたいな平民が手に入れるには大金すぎるけど、能力のある見目のいい奴隷となれば、もっと高値がついてもいいと思うんだよね。しかも一人じゃなくて二人でその値段って、こっちのことを舐めてるよね。まあ見た目が子供だから仕方ないけどさ。


 三千万が本当に限界なのか、それとも穏便に話をするのはそこまでってことなのかな? 奪い取る、なんて言葉にしてるくらいだし、実際にやるとなったらやるだろうね。


「奪い取るっていうのは、僕たちを殴り倒して強引に契約の移行を認めさせる、ということですか?」

「ふくっ。……そうだね。そうだよ。君たちも、痛い目をみるのは嫌だろう?」

「そんなことをすれば、衛兵に捕まりますよ。ここはもう、魔族の領域じゃなくて人間の領域で、人間の法律が力を持つんですから」

「そうだね。そうだろうとも。……でも、君から契約を奪ったらすぐに逃げればいい。それをするくらいの時間はある。それとも、君はボク達には逃げ切ることができないとでも思ってるのかな? だとしたら、魔族を舐めすぎじゃないかい?」


 うーん。まあ普通の子供だったら、弱体化してるって言っても軍人を相手に持ち堪えることなんてできないだろうし、僕たちを倒して逃げ切るってのも不可能ではないかな。


 でも、どうしようかな? これ以上話をしていても面白い結果にはならないだろうし、放置しておいても面倒になりそうな気もする。

 かといってこの場で処理するとそれはそれで問題があるんだよね。だってダグラッドはただ取引の話を持ちかけてきただけなんだし。それなのにこんな大通りで殺しちゃったら、悪評どころの話じゃない。いくら魔族は裁判で不利になりやすいって言っても、流石に僕が悪くなるだろう。


「とはいえ、だ。そうは言っても、ボクたちだってそんな面倒なことはしたくないんだ。だから——五千万。さっきの倍とはいかないけど、それに近い額だ。これで納得してくれないかな?」

「お断りします」


 とりあえず、この場ははっきりと断っておくかな。断ったら断ったで逆恨みされそうな気もするし、襲われそうな気もするけど、その時はその時で。襲ってきたらその時こそ斬っちゃえばいいだけだし。……あ、でもロイド達はどうしよう? 急に襲われても大丈夫なように、もうちょっと厳しく鍛えようかな?

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