第57話別名の重さ

「姉さんがいなくてよかったです」

「あ、そういえばローナはどうしたの? それから母さんもいないみたいだけど」


 ローナがいたら、ローナも混ざって話をしていただろうし、母さんがいたら母さんのことを考えてすぐに拒絶したはず。少なくとも場所を変えて話をしただろう。それをしなかったってことは二人ともいなかったってことなんだろうけど、どこかに行ったのかな?


「現在は二人で買い出しに出掛けております。魔族一人だけで、となると問題があるかもしれないから、と奥様が申し出てくださいまして」

「そうなんだ。でも、もう大丈夫でしょ? それともまだ何かあったりする?」


 もうローナやミューがこの辺りに住んでるってことはわかってるし、商売をして関わっているために人格も問題ないとしれていると思う。けど、そうやって母さんがついていくってことは、何かまだ二人に対する問題があるのかな?


「視線はたまに。ですが実際に手を出してくることはありませんし、不当に扱われることもありません。ですので、私たちの安全のため、と言うよりは奥様の気分転換といった意味合いが強いのでしょう」

「うーん。今のところはまだできるだけ安静にしておいて欲しいところなんだけど……流石にずっと部屋に篭りきりって言うのも悪いか」

「そうですね。今の所、元の縫製の仕事を辞めて私たちの作業を手伝っていただいたり、家事を専門としていただいておりますので外に出る必要はありませんが、だからと言ってずっと出ないままというのも不健全でしょう」


 だよねぇ。いくら母さんの体が弱いって言っても、一応外に出て仕事を持ってくる程度の体力はあったんだ。今なら体調も良くなってるし、環境だって良くなってる。前よりも体力があるのに、前の生活と同じように動かなければ逆に体に悪い。


 まだ重い荷物とか持たせるのは好ましくないけど、もう少し回復したら買い出しとかやってもらおうかな? あとは……剣?

 母さんの得意なことって言ったら、多分剣だよね。それを生かすとしたら、近所の子供達に剣を教えるとか? 僕のやり方は教えるつもりはないけど、母さんの剣なら一般的なものだろうし、家門の秘伝とかは教えないだろうから、他人に教えたところで問題ない。


 それに、少しでも人間に強くなってもらわないとだしね。こんなところで教えたところで何が変わるって思うかもしれないけど、もしかしたらここで教えたことで将来的に戦いの道に進んで強くなるものがいるかもしれない。それを考えると全くの無駄ってわけでもないはずだ。


 けどまあ、そこまでするだけの体力はまだないだろうし、母さんの様子を見つつおいおい考えるとしようかな。


「なあなあ。さっきのやつが言ってた『ききかいかい』ってのはなんなんだ?」

「あー、そういえばそんなことも言ってたな。ミューのこともなんか言ってなかったか?」


 ああ、そういえばそっちの話がまだだったね。


「『飛耳長目』だね。耳と目がいい人で……まあ情報収集が上手い人って感じの意味だね。ちなみにローナのは理解できない存在って意味」

「ははっ! ローナのやつはまんまじゃんか!」


 だねえ。なんていうか、掴みどころがないっていうよりも、怪しい存在って方がしっくりくる。


「えっと、はい。お恥ずかしながら、魔王軍の一部ではそのように呼ばれていたこともありました」

「へー。魔族もそういう名前をつけんだな」


 そうなんだよね。人間も強い個人には称号のような感じでその人を表す別名、あるいは二つ名や別号と呼ばれるものをつける。

 けど、ロイドの言ったように魔族も魔族でそういう名前をつけるんだよね。しかも、その名前は人間よりももっと意味があるものらしい。


「はい。別名をつけられるのは、それだけ有名になった証であり、力の証明ですから。能力のある者は自分でも知らない間に名前がつけられることがありますし、魔王位第百番以内の者は必ず何かしらの名前がつけられています。……ただ、その名前が望ましいものではないこともしばしばありますが」


 人間でもそうなんだよね。他人からつけられた名前が気に入らないからって自分で別の名前を名乗って上書きしようとする人もいる。

 例えば……とある大会でどんな相手でも勝って優勝した『幸運剣』とかいたね。全くの無名から勝ち上がったことで付けられた名前。運がいいって縁起のいい名前な気もするけど、それは勝ち残って優勝できたのは運が良かっただけで実力はそこそこな雑魚、って揶揄した呼び名でもあった。だから本人は『常勝剣』って名乗るようになったんだ。

 ……まあ、そんな彼も境界戦争で死んじゃったけど。『幸運』も『常勝』も、いつまでも続くわけじゃなかったみたいだ。残念なことにね。


「ミューは自分につけられた名前は気に入ってないの?」

「ってか、魔王位ってなんだ?」

「私は、自身に与えられた名前は分不相応だと思っていますので。確かに情報集めは私の仕事ではありますが、それが別名をつけられるほどのものかと言われると、まだまだ至らない点がありますので」


 そうは言うけど、ミューはかなり優秀だと思うんだけどね。

 それに、魔族における別名の重要さを考えると、ただ情報集めが上手いってだけじゃ別名なんてつけられないと思う。というか、ミューって魔王位百番以内に入ってたよね? だったら普通に優秀だし、別名をもらって当然だと思う。


「魔王位は、魔族寮における強者の格付けです。人間で言うところの、剣王ランキングと同じようなものですね。ただ、魔族は強者を尊びます。その理由としては、剣王に領土の大半を奪われてしまったことに由来するのですが、魔族領を取り戻し、奪うための旗頭としてもっとも強い者が魔王として全ての魔族を統治することになります。ですので、どのような生まれであっても王位の継承権というものを手に入れることができるのです。その旗頭として分かりやすい象徴となれるよう、魔王位の百番以内に入った者には必ず別名が与えられることになっているのです。専門の命名部署も存在しているほどですよ」

「そんなのあったんだ……」


 魔王位の存在も別名の重要さも知ってたけど、別名の命名部署なんてのまであるんだ……。そんなの必要かなぁ。他の部署と兼任してるんだったらいいけど、それ専門って必要ないんじゃない?


「でもよお。そんな名前をつける奴らがいて、そいつらが下手な名前でもつけたらみんなから怒られんだろ?」

「そうですね。本人にそぐわない、あるいは旗頭として相応しくない名前をつけると、暗殺される可能性があります」


 え……そこまで? 魔族にとって別名が大事なのはわかってたつもりだけど、暗殺って……


「暗殺!?」

「そこまでやんのかよ!」

「はい。いわば、国の代表とも言える者達の名前をつけるのです。自分達の国の名や故郷の別名に、『ゴブリンの糞』などと言う名前をつけられたら怒りを感じるのではありませんか?」

「まあ、そりゃな」

「別に国に愛着心とかねえけど、流石にやだよそんな名前」


 確かに、僕は人間を守るために戦って、その末に『剣王』なんて名前で呼ばれるようになったけど、もしそんな別名をつけられていたら人間を守る気なんて消えていたかもしれないね。


「はい。それと似たようなもので、過去に侮蔑的な名前をつけられたことで、国を、魔族を、ひいては魔王を馬鹿にしていると、名を付けた者たちが殺された事件があったそうです。以来、強者に与えられる別名には、象徴たり得る真っ当な名前がつけられることになったのです」

「ほあ〜。そんなんがあったんか」


 あれ? でもちょっと待って。侮蔑的な名前は禁止って……


「……でも、ローナの『奇々怪々』ってどうなの?」


 あの名前って、理解不能とか頭おかしいとか、そういう意味でつけられた名前だろうし、あんまりいい感じの意味じゃないよね?


「……あれも、一応蔑称ではありませんので。それに、その……知られていますから」


 ああ……ローナの奇行って、魔族の間でも有名だったんだ。で、事実だから誰も否定できなくて受け入れちゃったと。

 なんていうか、魔族も大変だね。


「それはなんというか……お疲れ様?」

「いえ、あの名前のおかげで助かってる部分もありましたので」

「そうなの? あんな名前で? ようやくすると〝頭おかしい奴〟でしょ?」


 そんな名前でいい事なんてあるかな?

 だって自己紹介する時に「自分は頭おかしい奴です」って名乗るようなものでしょ? 普通そんなやばいやつと関わりを持ちたいと思わないけど。


「頭がおかしいからこそ、話が通じない。意にそぐわなければ誰にでも歯向かうヤバい奴、と思われ、結果的に私たちに対する悪意はありませんでした。私たちのような立場の者であれば大なり小なり何かしらの悪意はかけられるものであるにもかかわらずです」

「あー、それはあるかもね。だって、あんなのに自分から関わりたくないし。報復に何をされたかわかったものじゃないもん」


 殺されないってわかっていれば格上が相手でも襲いかかってくる奴はいる。でも、敵対者を確実に殺すって噂があるような人物は襲われない。それと同じ感じだろう。襲う側だって、安全がある程度確保されているから襲うんだ。

 それなのに何をしてくるかわからない相手じゃ安全なんて確保することはできないし、襲いたくないよね。


「んじゃあさ、ミューとローナは何位なんだ? 名前がつけられてるってことは、なんか、えーっと……魔王位? ってやつに入ってるんだろ?」

「別名を持っていれば絶対に魔王位の百番以内ということでもありませんが、そうですね。私は八十五位で、姉さんは十五位です」

「十五……」


 ローナ、だいぶ上だったんだね。なんか強いのは分かってたけど、そこまでなんだ。

 でも、昔の十五位より弱い気がするけど……もしかして魔族も多少なりとも弱体化してるのかな?


「ローナが上から十五番目ってことか?」

「なんていうか、その……魔王軍って大丈夫なの?」

「いえ、姉さんも、行動は奇怪なものがありますが、戦闘能力だけでいえば、それなりのものですので……」


 ミューが言い淀んで必死に言葉を探してるみたいだけど、フォローしきれてないよ。


「ですが、それも昔の順位です。今の鍛錬をした姉さんであれば、もっと上を目指すこともできるかもしれません」


 うーん。せっかくだし、ローナに一位を取らせてみるかな? そうすればローナが魔王になるわけだし、境界の奪い合いで危機を感じることもなくなるかも?

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