第56話魔族のお迎え
「今日もいい感じで狩れたな!」
「だな! 身体強化もそんなに集中しなくても使えるようになってきたし、いい感じだろ!」
「まあそうだね。でも、まだまだ油断したらダメだよ。前にも言ったけど、普段意識しなくても使い続けることができるようにならないとだし、強度だってそこそこの戦士の攻撃を無傷で凌げるくらいにならないと」
「だから、お前の基準がおかしいんだって、それは」
新しい家を買い、商売を続ける日々を送る中、今日も僕たちは森に行って修行をしていた。そして修行の後は自分達用のと、ついでに販売用の肉を狩ってきたところだ。
最近ではロイドもマリーも僕がいなくても問題なく獲物を狩ることができているし、修行そのものも順調だ。
「でも、毎日肉が食えるようになったし、随分良い感じになったよな」
「だなー。前は考えられなかったぜ! サンキューな、ディアス」
「あー、うん。まあ、ほら、僕のためでもあるからさ」
元々は自分と母さんが肉を食べられるようにするために始めたことだったけど、喜んでもらえると嬉しいものだ。でも、こうやって面と向かってお礼を言われるとなんだか照れるね。
「それより、今後の修行についてだけど……」
「い、いやー。それはまた今度でいいんじゃねえか?」
「そうそう。今日は狩りが終わったばっかだし、もうちょっと休んでからにしようぜ?」
照れたことを誤魔化すためにそう話を切り出したんだけど、なんでかその途端ロイドもマリーも顔色が悪くなった。
まあ、気持ちはわかるよ。今まで結構厳しい修行をしてきたんだから、修行についての話なんて聞きたくないって思うのは仕方ないと思う。
でも、今回はいつものように厳しくするって話じゃなくって、先に進もうかって話のつもりなんだけど……。
「でも……」
「あっ! もうすぐ店に着くな。マリー! 競争しようぜ!」
「あ、おう! 負けねえからな!」
そう言って二人は僕の家まで走り出してしまった。
……はあ、仕方ない。この話はまた今度落ち着いてすることにしようか。基礎を固めるのは大事だし、このまま今の修行をやる期間が伸びたところでなんの問題もないしね。
そう考えて、僕は二人を追いかけて走り出した。
「ただいま……?」
競争はもちろん僕が一番だったし、二人からは大人気ないって言われたけど、まあ今の僕は大人じゃないので問題ない。問題があるとした、今目の前にいる人物に関してだ。
どういうわけか、現在僕の家の前ではミューが誰かと話をしている。
普段だったらそんなところで立ち話なんてしないのに、どうしたんだろう? そもそも、その男性はどちら様?
「おかえりなさいませ」
「うん? ああそう。そうか。この子供が君のご主人様ってわけ?」
「ええ。ですので、おかえりください」
なんか、あまり好ましくない感じの相手なのかな? あのミューがこんな辛辣な対応をするなんて、まともじゃないと思うんだけど……
「いいの? 本当にいいのかな? ボクは君たちを救いに来たんだけど?」
「提案はありがたく思います。ですが、不義理をなすわけには参りませんので」
「……流石だね。ああ、流石だよ。『奇々怪々』の妹なだけあって、変わってるね」
奇々怪々? ……ミューのことを妹って言ってるし、もしかして奇々怪々って……ローナのこと?
えー……何その名前? ピッタリといえばピッタリなんだけど、ふざけてるようにも聞こえるんだけど。
まあローナの名前は置いておくにしても、そんな名前を知ってるってことはこの男は……
「姉さんが変わっていることは否定しませんし、私が変わっていることも否定しません。ですが、変えるつもりはありませんので、今回はお引き取りを」
「そうかい。そうだね。これ以上ここにいても、君の意見は変わりそうにないみたいだし、今日のところは帰るとするよ。でも、僕たちは君たちのことを評価してるんだ。『奇々怪々』だけじゃなく、『飛耳長目』自身もね。だから——」
「お引き取りを。これ以上ご主人様をお待たせするわけには参りませんので」
男の言葉を遮って、ミューは拒絶の言葉を放った。
それによって男はあからさまに顔を顰めたが、すぐに貼り付けたような笑みを浮かべた。
「……またね。また聞きに来るよ。その時は意見が変わってると嬉しいかな」
男はそう言うと身を翻し、近くで待っていた僕たちへと不躾に視線を向けて観察をし、口を開く。
「ふーん。わかんないなぁ。わからないよ。こんな子供のどこがいいんだか。本当に強いのかい?」
「お引き取りを」
ミューの語気から不機嫌になっているのを理解したのだろう。男はそれ以上何をいうでもなく肩を竦めて立ち去っていった。
そんな後ろ姿を見送った後、ミューはため息ひとつ吐くことなくすぐに僕達の元へとやってきて頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。ご主人様」
「別にいいけど、あれは魔族だよね?」
多分だけど、そう。目に見える違いがあったわけじゃないけど、魔族でもないとミューたちのことを知っていることに説明がつかない。奇々怪々なんておかしな名前、僕でさえ聞いたことなかったのにさ。
「はい。ですが、これ以上ご迷惑をかけることはありませんので、ご安心を」
「……そう? ならいいや。それよりも、商売の方についてだけど、大丈夫?」
「問題ありません。最近は肉だけではなく皮の方も売れていますので、それに伴い売り上げの方も上昇しています。これ以上は中で。お二人もお疲れでしょうから、すぐにお飲み物をご用意いたします」
ああ、まあ、外でする話でもないね。話を逸らすにしてももうちょっとうまい話題を出しておけばよかったかな。
先導するように家の中に入って行ったミューの後についていき、僕たちはようやく座って休むことができた。
「——じゃあそんな感じで」
「かしこまりました。……ご主人様。このあとお時間よろしいでしょうか?」
これまでの売り上げや今後の方針について話し終えると、ミューが問いかけてきた。珍しいというほどでもないけど、まあ珍しいといえなくもないかな?
でも、話の内容なんてわかってる。
「いいよ。さっきの魔族の話?」
「はい。ご存知でしたか?」
「まあ、さっきの話を聞いていればね。むしろ、あの男が話すように仕向けたんじゃないの?」
拒絶するにしても、僕たちが帰ってきた時点で強引に話を打ち切って終わらせればよかった。でもミューは拒絶の意思を見せたが、強引に止めようとまではしていなかった。それはなぜかと考えると、僕にある程度話を聞かせたかったからじゃないのか、と考えられた。
「はい。ご推察の通り、私が話すよりも信じていただけるかと思い、少しばかり手間をかけさせていただきました」
やっぱり。確かにミュー自身が話すより、あの男が漏らした言葉の方が信用できると言えるかもしれない。
でも、僕はそもそもミューのことを疑ってなんていないんだから、普通に話してくれても信じていた。
ミューだってそれはわかっていただろうに、それでもわざわざ手間をかけたのはミューの誠実さからだろうね。
「そんなの気にしなくていいのに。けどまあ、それでなんだったの?」
「簡単に言えば、こちらに取り残されてしまった魔族である私達の保護を申し出てきたのです。もし困っているのであれば自分たちと共に行動しないか、と誘われました」
「んー……結構いい人?」
話を聞いている限りだとそう聞こえる。だって、こっちに取り残された魔族の保護ってことは、もしかしたらミュー達が奴隷にならなくても済んだかもしれないってことでしょ?
けど、ミューは首を横に振って答えた。
「いえ、ただ不当に扱われている同族を保護しているのではなく、魔王軍の作戦に協力を要請している……いわば戦力補充です」
「戦力?」
「はい。あの者の名前は『グ・ラーク・ダグラッド』。正式な所属は、『魔王軍第二軍団境界特殊行動部隊』の所属となります。簡単に申してしまえば、境界のこちら側での活動を主としている者ですね」
境界特殊行動部隊ねぇ……。なんというか、いかにもな名前だね。それ、こっち側で破壊活動とか工作活動する感じの名前だよね? って、ああそうか。だからミューたちを回収に来たのか。今回収しても魔族領には戻れないけど、特殊行動部隊の戦力にはなるから。
まあ利用されることになるんだろうけど、それでも魔族という仲間達の元へ戻れることに変わりはない。ミューの今の立場を考えると悪い提案じゃないと思うんだけどな。
「ふーん。でもいいの? そんなことまで喋っちゃってさ。誘われたってことは、まだ魔王軍に籍はあるんでしょ? 逃げようと思えば逃げられたんじゃない? 少なくとも、魔王軍として行動することはできたでしょ」
「おそらくは。ですが、それは誠実ではありません。今の私は魔王軍の所属である前にご主人様の奴隷で、召使です。であれば、その役割に誠意を持ってこなすべきです」
魔族なのに誠実さかぁ……。やっぱり、ミューは他の魔族達と違うね。……いや、もしかしたら僕が今まで会ってきた中、倒し、殺してきた中にも、同じような考えの者はいたのかもしれない。ただ、まともに話す機会がなかっただけで。
そんなこと、今更言っても何も変わらないけどさ。
「私は軍人で、命を奪ってきました。それは仕事だったので仕方ない、と言うつもりはありませんが、そこには誠意を持って対応してきたつもりです。誠意なく誰かを殺めるのであればそれは単なる人殺しです。私はあくまでも軍人としての仕事で殺したのであって、個人の趣味や思想などで人を殺したわけではありません。私は、人殺しに成り下がるつもりはありませんので」
「少なくとも、次の戦王杯までは僕に誠意を持って行動する、ってことか」
「はい」
そっか。じゃあ、これからも姉共々よろしくね。……やっぱり姉の方はいらないかも?
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