第55話賊:グリオラ襲撃計画

 

「ボス、これでグルードの支配はほぼ完了しました。後は時間に任せておけば自然と消えるかと思われます」


 拠点として使っている元領主館の寝室で、手下の一人がそんな報告をしてきた。

 このまま女を抱いて遊んでいてえってのが本音だが、まあそうしてるわけにゃあいかねえのは理解してる。

 舌打ちを一つしてから女達を退け、報告を聞くことにした。


「……やっとか。思ったよりも時間がかかったな」


 グルードは今俺たちがいるこの街だ。今回……いや、前回か? まあどっちでもいいが、戦王杯で奪って人間の領土になったこの街を、人間側が統治する前に抑えて奪い、俺たちの拠点としたわけだ。

 だが、頭を落とすのは楽だったがその後がめんどくせえことになった。あらかじめほとんどの奴らとは話をつけていたとはいえ、中には俺たちに従わねえクソッタレどももいた。ついでに、この街を取り戻そうと国から軍まで派遣される始末だ。めんどくせえったらねえ。そのせいで無駄に時間を使うことになっちまった。


 だが、それももう終いみてえだな。


「はい。まあこっちは外に出すことができない戦力がありますので、その影響かと。隠しながら動こうとすれば、どうしたって動きは遅くなりますから」


 俺たちは元々それなりにでけえ組織だったが、それでもこんな短期間で街一つを押さえることなんてできるもんじゃなかった。それができるようになったのは、とある勢力からの協力があったからだ。だが、そいつらは表に出すことができねえ。役には立つが、同時に足も引っ張る存在だ。


 だが、その言葉が気に入らなかったのか、あるいはたまたま話に自分たちのことが出てきたからか、一人の『魔族』がどこからともなく部屋の中に現れた。


「他人のせいにしないでほしいところだね。確かにボク達が足を引っ張った部分はあるかもしれないけど、それ以上に恩恵はあっただろ? じゃないと、君たちがここまで大きくなることもできなかったんじゃないのかな?」

「時間はかかっただろうことは認めるが、時間がかかっただけで、独力でもできなかったわけじゃねえよ、クソガキ」


 最初に提案してきた時はぶっ殺してやろうと思ったが、こいつのいう通りお互いに利があるのはその通りだった。だが、それはあくまでも〝お互いに〟だ。俺たちだけに意味があった協力じゃねえ。こいつらだって俺たちってー駒が欲しかったから話を持ちかけたに過ぎねえ。


「そう? そう思う? ふーん。まあ、そう思いたいんだったらそう思っておけば?」

「このっ……!」

「やめろ馬鹿が。てめえも、一々ふざけんな。俺たちは同盟関係じゃなかったのかよ」

「そうだよ。そうだったね。うんうん。下手に揶揄って関係が拗れてもアレだし、これからは気をつけるよ」


 もうこの街を支配しちまったんだから、こいつとの関係を切っても構わねえ。つまり、ここでぶっ殺しても問題ねえわけだが……その場合はこいつの他の仲間が陰に潜って俺たちに敵対することになる。それはうまくねえ。

 結局、まだこの協力関係を続けてこいつらの願いとやらを叶えた方が俺たちの利になるってわけだ。


「それで、ここが終わったってことは、次はグリオラってことでいいんだろ?」


 まずはグルードを支配して俺たちが力をつけた後、こいつらと協力してグリオラを落とす。それがこいつら魔族が俺たちに協力する条件だった。


「そうだね。そうさ、次こそグリオラだ。あの街。人間の首都で剣王の居城。あそこさえ落とすことができれば、僕はそれでいいんだ」

「あんなところ落としてなんになるんだか。どうせ国軍が出張ってきて潰されんだろうが。俺たちはそこまで付き合うつもりはねえぞ。ここだけありゃあ十分だ」

「そうかい? そうか。それはなんとも欲のないことだね。剣王の遺産さえ手に入れることができれば、国軍なんてものの数じゃないって言うのに」


 んな眉唾もんを探すために危険に飛び込めって? はっ。そんなバカみてえなことは冒険者にでも任せとけってんだ。あるかないかもわからねえ『遺産』とやらのために命をかけるなんて、んな無駄なことはしねえよ。やるんだったら勝手にやってろ。


「手に入りゃあな。っつーか、そんなもんを手に入れたところで、どれほどのものかわかんねえだろ。そもそも、剣王だって本当にいたのか怪しいしな。なんだよ、剣で空を割ったなんて。そんなことできるやつなんて、いるわけ——」

「本当だよ」


 話を途中で遮られたせいで苛立ち混じりに魔族を睨みつけるが、こいつは怯むことなく、今まで一度も見せたことのねえような真剣さでまっすぐ俺の目を見つめ返してきている。

 その表情のせいで興が削がれ、文句を言うことなく舌打ちを一つするだけで終わらせた。


「……本当さ。人間ではどうなのか知らないけど、僕達はずっと剣王の所業を伝えてきた。文字に残し、絵を描き、言葉を尽くし、歌を作り、当時から今に至るまで、ずっとずっと剣王について伝えてきたんだ。多少のずれはあるかもしれない。でも、大きく間違うなんてことはありえない。だから、剣王は実在したし、剣王は実際に空も山も大地も、全てを斬った化け物なんだよ。そして、そんなことを成すためには人間にも魔族にも限らず、生き物の体に収まる魔力だけではできるわけがない。だから、魔力を貯めておける常識外の何か、あるいは魔法を増幅する何かがあるはずなんだ」


 珍しくいつものふざけたような喋り方をやめたと思ったら、無駄に長え言葉をダラダラと話し出した。

 こりゃあ、マジだな。バカみてえだとは思うが、魔族ってぇのはマジで剣王だかその遺産だかを信じてるみてえだ。


「……はっ。そうかよ。なんだっていいけど、どのみち俺たちは今回の仕事が終わりゃあ抜けるぞ。国軍をどうにかできるってんなら、てめえらで好きにやりゃあいい」

「そうかい。そうだね。まあそうさせてもらうよ」


 こいつらの話がマジで、剣王の遺産なんてもんがあったとしても、それならそれで構わねえ。こいつらだけで好き勝手やってろってだけだ。


「俺たちとお前達魔族の契約は、俺たちがグルードを奪るためにてめえら魔族が力を貸す。んで、俺たちはその代価にお前達がグリオラを落とすのに力を貸す。そして、次の戦王杯で人間が負けても、魔族領での俺たちの扱いは保証する。具体的には、グルードと俺達のメンバーは、お前ら魔族と同じ待遇で扱う。それでいいんだろ?」

「そうだね。そうだよ。ボク達としてもこっち側じゃ大して動けないからね。人数は足りないし、魔族領じゃないから能力も下がる。息苦しいったらありゃしないよね。だからこそ、君たちみたいに力を貸してくれる者が必要だった。けど、君たちは最初は弱すぎたからね。力も、集団としての規模もさ。だからボクたちが力を貸してあげた。次は、その貸した分を返してもらう番だよ」

「わかってんだよ、んなこたあよお。だが、改めて確認だ。グリオラに集まってる兵どもが、近くの森に遠征に行っている間に俺たちが暴れて、グリオラの城主を殺す。そんで残ってる兵の半分以上を殺せば、それで俺たちの仕事は終いでいいんだろ?」


 グリオラの奴らは剣王の修練場とかいう森に入って『遺産』とやらを探すらしい。それも、かなりの規模の部隊でな。

 そうなると、当然街に残ってる戦力は減ることになり、そこを俺たちが叩く。そんで、その間に魔族どもは魔族どもで勝手に動くらしいが、それはどうでもいい。それが俺たちの計画だ。


「うんうん。そうだね。そうさ、その通りだよ。今回の城主は戦王ランキング第五位のルクスト家当主だ。そんなのが死んだとなればそれだけでまとまりは無くなるし、兵だって半分も消えれば壊滅と言っていい。そこまでできれば十分だよ」

「五位だけじゃなくて十位もいるんだろうが」

「いるね。いるけど、所詮は人間だ。魔族だったとしても、常に警戒し続けることなんてできやしないんだから、隙をついて一撃入れればいい。そうすれば、後は君だって真っ向からの勝負で勝てるだろ? ランキング第二十八位、『血旋風』ドルガン」


 戦王ランキングなんてのは所詮上っ面だけの評価だと思っている。何せ、俺は他人に全力を見せたことがねえんだ。それを評価されて順位づけされたところで、意味があるとは思えねえ。

 だが、かといって甘く見ていいもんでもねえ。全力を出してねえのは誰だってそうだろう。つまり、多少の上下はあったとしても、五位と十位には相応の力があるってことだ。

 それを殺すなんて……はっ。簡単に言ってくれるもんだぜ。


「向こうに入れた怪我次第だがな。ちゃっちいもんじゃ、流石にランキング上位を二人同時になんてのは無理だ」

「まあその辺は任せてよ。大丈夫さ。これでも、ボクだってなかなかやるものだよ? 罠も毒もなんでもありなら、どうとでもなるさ」


 そううまく行くとも思えねえが、それは俺の知ったこっちゃねえな。俺たちは俺たちのやる仕事さえこなせばそれでいい。


「さてさて、とりあえずは……向こうに着いたら使えそうな人員の補充と情報集め。それから、邪魔になりそうな者達の処理からだね」

「前情報では、戦える魔族が二人いるんだろ?」

「ああ。そうだね。そうだった。けど、彼女達に関しては心配しなくていいかな。奴隷になってしまってるみたいだし、主人となってる人間さえ殺せば、ボク達の戦力になってくれるよ」

「そうかよ」


 魔族どもの事情なんて知ったことかよ。さっさと終わらせてこの街で遊んで過ごしてえもんだ。

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