第54話遺産はどこに?
「でもよお、そんな遺産だか秘伝書だかがあるんだったら、賊達も狙うんじゃねえの?」
……ああ、そういえばそうだね。見つけることができたらそれこそまさに一攫千金なんだから、当然国の組織以外も探すよね。っていうか、だからこそ賊達はこの街に来てるんじゃないかな?
「そうですね。ですが、それは人間側も承知のようで、この街に限って言えばすでに裏の者達は締め出されています。実際、この街で大きな組織が何かをした、とは聞いていないのではないでしょうか?」
「あー、そう言えばそうか?」
「まああたしらが会った魔族三人と、後はそこらで息巻いてるチンピラくらいじゃね?」
ちょっと前までは魔族が厄介者として暴れてたけど、そういえば最近はどこかの誰かが何かをしたとか聞かないね。聞いてもケンカとか盗みくらい?
「でも、それだったら今やってきてる賊っていうのは? 街に入れるもんなの?」
「街に入ることくらいは。それに、一旦賊を追い出したからでしょうか。現在は治安の維持よりも、遺産の捜索に力を入れているようです」
膿を出したと安心したところで油断した隙に、ってことか。
遺産なんて元々ないものなんだから、そんなのは後回しにして先に治安の維持や生活の安定を重視すべきだろうに。
けど、そう思うのは僕が今の人間の世情に疎いからなのかもしれない。今を必死になって生きている者達からしてみれば、『剣王の遺産』というのはそれだけ価値のあるものなのかも。
言い換えれば、そんな不確かなものに頼ろうとしなければならないほど人間が追い詰められている、ってことでもある。
そう思うと、なんだか僕が責められているように感じてしまう。だって、今人間がこうして辛い状況になっているのは、僕が逃げ出したせいでもあるんだから。
全部が全部自分のせいだとは思わない。……思わないけど、それでも原因の一端くらいはあるんじゃないかって思ってしまうんだ。
「遺産ねえ……そんなものを探すくらいだったら、剣王みたいになれるように努力すればいいのに」
……まあ、そうだね。マリーの意見はもっともだ。僕だってそう思うよ。でも、残念なことに剣士になる方法がそもそも失われてるみたいだし、なんだったら『剣士』って存在が忘れられてると思う。そんな状況で今から進む方向を変えるのは、なかなか難しいと思う。
「それだけ人間にとって剣王という存在は大きかったということでしょう。もはや神格化されており、その領域に手を伸ばそうとするのは不敬だ、とさえ語る者もいるのだとか」
「何それ? 強くなることを諦めて人間を守ることに全力を尽くさないことこそ、剣王の思いを無駄にすることだろうに」
ただなりかたを忘れているだけなら仕方ないと思う。でも、方法がわかっていながらも手を伸ばさないなんて、それこそ僕に対する——剣王に対する不敬だ。だって僕は、人間が衰退することなんて望んでいなかったんだから。だったら、僕の死体を足蹴にしてでも手を伸ばし、前に進んで欲しかった。
「んで、捜索ってどこ調べてんだ? やっぱり城か?」
「そちらもですが、もう数百年の間城では何も見つかっていないので、現在はどこか別の場所に隠してあるのではないかと考えられております。現在の城主は、昔剣王が修行として使っていた場所に手掛かりがあるのではないかと考えているようで、賊の追い出しと治安維持に使用していた戦力はそちらに回されているとのことです」
「剣王が修行した場所? ……それってもしかして、この街の北にあるグレゴルの岩場?」
昔はあそこでよく修行してたんだよね。岩場って言っても元々は山だったんだけど、修行してたらちょっとずつ削れていって、最終的には地形が変わって岩場になっちゃった。
ああ、あそこなら使ってた武具の一つや二つくらいはあるかな。でも、あんな場所にある武具なんて、もう見つかってるはずだよね? だって、別に隠してたわけじゃないし、使ってた建物だって特に防衛設備があるとかではなかったし。
「岩場? いえ、方向とグレゴルが出現するのはあっていますが、名前はラライ森林……あっ! そういえば、なんでも昔は荒野だったそうです。ですが、剣王の没後に剣王が斬ったドラゴンの死体周辺から植物が生え出し、現在は森になっているとかで……剣王の遺産、あるいはその手掛かりを探すにしても、当時の情報も当てにならないので難航しているようです」
あー……なるほど。
修行してたら空を飛んでいたドラゴンに流れ弾が当たってしまい、戦いになったことがあった。アレは悪いことをした。
悪いと思ったから死体は売らずに土に埋めたんだけど、それが思わぬ結果を出したみたいだ。まあ、ドラゴンの生命力は凄まじいからね。胸を吹っ飛ばして大穴開けても生きてるって、もう生命としての枠組みから外れてるでしょ。まあ最後には殺したんだけどさ。
でも、そっか。森になっちゃったかぁ。
「……そりゃあ、そうだろうね。拠点にしてた建物の周りとか、森に飲まれてるんだったら見ただけじゃわからないだろうし。そもそも数百年も経ってるんだったら、当時のものなんて何も残ってないでしょ」
「はい。今の所何も見つかっていないようで……あれ?」
話していると、何か不思議に思ったことでもあったのかミューが首を傾げ、僕のことをじっと見つめてきた。
「? どうかした?」
「………………いえ。その……あ。も、もしドラゴンの骨が見つかれば、それはそれである意味遺産と呼べるんじゃないでしょうか? ほら、ドラゴンの骨は数百年程度では風化しませんし……ね?」
「まあそうかもね」
どうしたんだろう? 何か隠してるというか……誤魔化してるような感じがするんだけど……まあいいか。無理に聞き出すことでもないし、話したくなったらそのうち話すでしょ。
「なあなあドラゴンの骨っていくらぐらいするんだ?」
ロイドが目を輝かせながらそんなことを聞いてきたけど、さては遺産ではなくドラゴン素材を回収しようとか考えてるな。
「そうそう手に入るものではありませんし、値段はつけられません。その時々に応じてとしか」
「じゃあさ、俺たちが見つけたらスッゲー金持ちになれるってことか!?」
「見つけて、売ることができればそうですね」
そう。〝見つけることができれば〟ね。
「マジかよ! なあディアス——」
「だめだよ」
ロイドが何かを言い出す前にその先がわかったので、言葉を遮ってやった。どうせドラゴンの素材を回収したいとか探しに行こうとか言い出すんでしょ? わかってるよそれくらい。
「俺達で……って、まだ言ってねえじゃねえか!」
「わかるよそれくらい。俺たちでドラゴンの骨を探しに行こう、でしょ? だめだよ」
「えー!」
「なんでだ? そんなはっきりいうってことは、なんかしら理由があるんだろ?」
ロイドと違って冷静なマリーが問いかけてきたけど、ロイドと同じように探しに行きたいとは思っているのか不満そうな顔だ。
「一つは国軍がうろついてるってこと。そんな中に子供が突っ込んでいけば、どう考えても怪しいでしょ。身体強化を肉体強化って誤魔化しても、そもそも僕たちの年齢で肉体強化できてること自体がおかしいし、最悪の場合魔族の間者って誤解されて捕まるよ」
ドラゴンの影響で森ができたんだったら、そこに住んでいる生物もドラゴンの影響を受けているはずで、中には半竜とか亜竜とかそう言ってもいいようなのもいるかもしれない。
そんな危険な場所に行く子供なんて、どう考えても怪しい。これがせめて成人してる傭兵とか冒険者だったら良かったんだけどね。
「二つ目に、そもそもドラゴンの骨なんて買い取ってもらえないってこと。さっきミューが言ってたでしょ? 〝買い取ってもらえれば〟って。僕たちみたいな貧民がドラゴンの骨なんて持ってったところで、信じてもらえないで買い取り拒否か、厄介ごとになる未来しか思いつかないよ」
闇市に流したとしても、買い叩かれるか、買った後に襲われるかだ。
何事もなかったとしても、後々家を調べられて襲われると思う。その相手が魔族か人間かはわからないけどね。
「それから三つ目だけど、あの場所はまだ二人には早いってこと。国軍だってそんな生半可な戦力じゃないだろうに、それでも苦戦してる様子からわからない? 今の二人が行ったところで、大した結果なんて残せないで死にかけておしまいだよ。行きたいんだったら、せめて硬身術を反射的に使えるようになってからにしたほうがいいよ」
無防備な状態で剣で切られても弾くことができるくらいの身体強化を身につけることができれば、ひとまずの安全は確保できると言ってもいいだろうし、それからなら僕だって止めないよ。
けど、それまではだめ。
「いやそれいつになるんだよ!」
「ロイドが明日にでも使えるようになれば、明日?」
「ゼッテー無理だろ!」
「いやいや、もしかしたら頑張ればすぐに覚えられるかもしれないよ? ちょっとキツめの修行になるけど、やってみる?」
才能があっても悟りを得られないと無理だけど、子供のうちだと結構簡単に悟れるものなんだよね。大人と違って頭が柔らかいし、自由な発想ができるから。それに、周りのもの全てを受け入れるだけの純粋さが何よりも大事だから、やっぱり子供の方が剣士の修行は合ってるんだよ。
だから、もしかしたら厳しめに修行をやって生と死を行き来してれば、自然と覚えられるかもしれない。
「……や、やっぱドラゴンの骨はいいや。普通にやってこうぜ。普通にさ!」
「だよな! 今のあたしらでも十分強くなってんだし、このまま行こうぜ!」
ロイドもマリーも才能はあるんだし、頑張ればできると思うんだけどなぁ……。
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