第53話剣王の遺産は黒歴史

 剣王の遺産……まさか、そんなものがあると思われているなんて。今まで探してきたみたいだけど、見つからないはずだよ。僕だって、そんなものがあるんだったらお目にかかりたいものだ。

 でも、絶対に無理だ。だって、僕はそんなもの残したつもりも、そもそも遺産と呼ばれるような何かを使っていたこともないんだから。


「でもよお、そんなものがあるんだったら、もうとっくに見つけられてんじゃねえのかよ。だってここ、今まで魔族の領土になってたんだろ? 探せばよかったじゃんか」

「探したようですが、見つけられなかったのです。剣王の子孫である王家であれば何か知っているかもしれないし、人間の領域に戻れば、剣王の遺産を確保するために人間達が動く可能性があると考えて私たちのような部隊が派遣されたのです」

「そんで、取り残されたわけか」

「そ、それはその……はい」


 魔族にとっても人間にとっても、『剣王の遺産』を見つけるのは悲願と言ってもいいのか。それだけの価値があるからこそ、ミューはギリギリになってもまだ調べようとした。

 もしかしたらローナだって何かを調べようとして酔ったふりを……ないね。うん。ない。アレは普通にアホなだけだったと思う。


「まーまー。いいじゃんいいじゃん。取り残されたとしても、私たちは元気で生きてるんだし、それで十分っしょ。それに、ここにいたおかげで私は強くなれてるし、なーんにも問題なっしん!」

「そう言い切れる姉さんが羨ましくなる時があります……」

「羨んでないで実践すればいいじゃない。後悔なんてし続けたところでなんの意味もないんだし、後ろ向きに考えたところで前には進めないのよ。だったら、前向きに楽しいことだけを考えて生きてた方がお得でしょ!」


 なんとも前向きな性格だよね。けど、言ってることは間違ってるってわけでもない。自身の失敗を嘆くことも悔いることも必要なことだけど、それだけじゃ意味がない。悔いた上で前を向いて進まないと。


「それで、剣王の遺産ってどんな形なんだ? まだ見つかってないってことは、もしかしたら俺達でも探せるかもしれないってことだよな?」


 いやー、無理だと思うよ? だって、剣王本人が知らないんだから。

 っていうか、ロイドは剣王本人から指導を受けているんだから、そんな『遺産』なんて探さなくても強くなれるんだから探す必要なんてないよ。むしろ、そんな時間があるんだったら真面目に修行したほうがいいと思う。

 まあ、ロイドもマリーも、僕が剣王の生まれ変わりだなんて分かってないからこそ『遺産』を探そうなんて考えるのかもしれないけど。


「わかりません。ですが、剣とも槍とも、あるいは弓だとも伝わっております。中には鎧や装飾品だとも。ですが、何かしらの装備であることは間違いないかと」


 装備ねぇ……。僕は戦い続けた何十年かの間にいくつも武器を持ち替えていた。だから、それらは探せばあるかもしれない。けど、それらは所詮単なる武具だしなぁ。それに、僕は戦いにおいて剣がメインだったけど、実際には槍も使ったし弓も使ったこともある。鎧や装飾品だって色々使ってた。

 だから単なる『剣王が使っていたもの』って意味の遺産ならすぐに用意することができると思う。多分秘密基地とか隠し部屋とか行けばあるでしょ。まあ、いまだに見つかってなければだけど。


「えー。それじゃあ探しようねーじゃん」

「なんか凄そうな武器を見つけろってことか?」

「そうなりますね」

「……そんなの、ないと思うんだけどなぁ」


 強いていうなら、お遊びで作ったおもちゃくらい? あれを使えば誰でも身体強化を覚えた剣士を同じくらいの攻撃を使うことができるようになるけど、所詮はおもちゃなんだよなぁ。


 敵が持ってるってことを知ってれば備えられるし、剣士って言っても中位程度の強さの剣士と同程度くらいだから、真っ向からの勝負をすれば話にならない。


 しかも、使い切りだから一度使えば再使用まで準備が必要になる上、それなりに大きいし重いから使いづらい。効果が切れるたびに拠点に戻って行かなくちゃいけないって、どう考えても欠陥品でしょ。戦いの最中に強化をかけなおすことができなければ普通に死ぬって。


 そんなものを使うくらいだったら、普通に剣士を用意した方が……って、今の時代は剣士が少ないんだっけ。それじゃあ、あんなおもちゃでも多少は意味があるかも?


 でも……うーん。使えるのかなぁ? 経年劣化で壊れてそうな気がする。


「あとは、剣王の秘伝書や奥義書といったものですね。こちらは先の遺産に比べると存在している可能性が高いと言われています。剣王には弟子もいましたし、そのために何か残していたのではないかと」


 秘伝書? ないよそんなの。だって、剣士の技って口で言ってもわからないし、実際に目で見て鍛えるしかないんだもん。


 技の動きを真似るくらいだったら本に書いたのを読んでもわかるかもしれないけど、その真髄や動きに込められた意味まで理解することはできない。結果としてできるのは、動きだけを真似た紛い物にすらならない別の何か。

 だから僕は、秘伝書なんて残してない。そんな不恰好な技を使われて、何かの間違いでその紛い物のまま継承でもされたら目も当てられないからね。


 ……あ。でも、一回だけ残したっけ。僕だって、秘伝書というか、技の説明みたいなのを書いたことがあるんだよ。ただ、それは失敗したから、その経験から書いて残すのはダメだってわかったんだ。


 剣の動きを描いたところで、それを正確に理解できる人間がどれだけいると思う?

 仮に体の動きを完璧に再現することができたとしても、そこに込められた〝意味〟が理解できなければただの素振りと同じだ。


 だからその意味を理解できるようにその説明も……うっわ。うっわ!

 あー、嘘だろ!? すっごいやなこと思い出しちゃった! できることなら思い出したくなんてなかったよ!


 ……あの本、最初は技の動きだけを記したものだったんだ。でもそれじゃわかりづらいって弟子達から不評だったから、そこに注釈を載せまくったんだ。ここはこうして、ああしてって。


 でも動作についてはわかったけど、そこに込められてる真髄とかはわからないってやっぱり苦情が出たんだよ。弟子のくせに師匠の奥義書に文句をつけるってどうなのって思ったけど、仕方ない書き直したよ。

 絵だけじゃなく、僕が感じて思ったことをちょっとカッコつけた風に……まあね。詩的な感じでその、書いたわけだよ。『舞い散る花弁、その匂いは風に乗りて〜』とか、『天を断つ光は〜』とかなんかそんなの。あれ、ある意味僕の詩集って言ってもいいような出来になっちゃってるんだよ。


 最終的に書き終わった後に弟子に見せたら笑われたから、稽古を厳しくしてもう二度と技について書いた本なん作らないって心に決めたんだ。

 あれはあれで間違ってるわけじゃないんだけどね。魔法は理論で使うけど、剣は感覚で使うもんだし。いくら理屈を理解しても、その剣に込められた〝意〟を自力で悟らなくちゃ形だけの見せかけで終わる。


 あれだ。大人は子供達にああしなさいこうしなさいっていうし、子供はその言葉を理解して大人の言う通りにするけど、その真意は実際に大人になってからじゃないと理解できない感覚。


 大人は子供に対して「子供のうちにこれをやっておいた方がいい」っていうけど、子供は「そんなの意味がないだろ」って反論して、実際に大人になってからあの時の大人の言葉は正しかったんだって気づくことがあると思う。あれと同じようなもの。

 知識としてではなく、自身の感覚として悟り、理解することができなければ完全に再現することなんてできないんだよ。


 でも、肝心の本そのものだけど、頑張って書いたのに捨てるのが勿体無くて、あとあの時の僕は本当にあれがかっこいいと思って書いてたから、捨てずにとっておいたんだ。


 ……あれ、本当にどこに行ったんだろう? 今思い出してもなんであんなの書いたのかわからないし、あれで技の真髄を悟ることができたらそれはそれですごいと思うけど……あれが秘伝書扱いか。

 ……やだなぁ。いつか見つけたら燃やそう。

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