第52話ミューの戦いを振り返って

「——お手数おかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。賊の相手は全部任せちゃったし、掃除くらいはね」

「ですが、私の不手際が原因ですので……もっと上手くやっていればあのような後処理をお手伝いさせてしまうこともなかったですし……」


 結局ミューとローナだけじゃ時間がかかるだろうってことで、僕たちも掃除に参加することにした。まあ家の前が血だらけじゃあご近所からの評判がまずいことになるしね。それに、母さんにも心配をかけることになるし、早く処理しちゃいたかった。


「僕はなんとも思ってないから大丈夫ってことで、はい。この話はおしまいね。いつまでもうだうだいってるのもしつこいし、次から気をつければいいよ」

「……はい。ありがとうございます」


 まだ落ち込んでいるように見えるけど、これはどうしようもないだろう。あとはミュー自身が解決するしかない。


「それにしても、本当に強かったね」

「恐れ入ります」


 ミューはすまし顔で答えているけど、さすがは魔王軍ってところだろうか。強いだろうなとは思ってたけど、まさかあんなに強いとは思ってなかったよ。確か、魔王位九十五位って言ってた気がするけど、それよりも上を狙えたんじゃないの?


「特に、最後の一撃は凄まじかったよ」


 僕だって、オドを使わない単なる蹴りで人体を破裂させるなんてことはできない。

 魔力は使ってたみたいだけど、それでもあれだけの威力がある一撃を放つのは普通じゃない。


「あー、あれね。あれはミューの最強から二番目の攻撃だからね。あたしだってあれを喰らったら一日はご飯食べたくないくらいに気持ち悪くなるもん。普通に喰らったら、あいつみたいにパーンッていっちゃうのが当然よ」

「ローナはあれ喰らったことあんのか」

「うん。むかーしに訓練の時にねー。内臓がパーンするかと思ったわ」

「弾けとけばよかったのにな」

「んまっ! なんてひどいことを言うのかしら! そんなことしたら私が死んじゃうじゃないの!」


 どうだろう? ローナのことだし、破裂しそうな一撃を受けるとなってもどうにかして生き残ってたんじゃないかと思う。


「でも、さっきのやつは鎧着てなかったか? それなのにあんなに威力が出るってことは、もしかしてミューも身体強化を覚えた、とか……?」


 まあ、魔力での肉体強化って、強くはなれるけどそこまで強いってわけでもないしね。少なくとも、蹴りや拳で鉄を貫けるような威力は出せない。

 だからロイドはミューが魔力ではなくオドによる身体強化を覚えたんじゃないかと考えたみたいだけど、でも僕はミューに教えてないんだよね。それに、さっきのは間違いなく魔力による強化だった。


 普通では鎧を貫通して人体を弾け飛ばすような一撃なんてできない。でもミューにはできた。そこには秘密があるからだけど……


「いえ、私は皆さんのように修行に充てる時間があまりありませんので、まだ覚えておらず普通の肉体強化のみです」

「それであれだけの威力があるのかよ……」

「蹄、でしょ?」

「はい、その通りです。私の足はこのようなものですので、普通の方よりも突き出す蹴りに関しては威力が出るのです」


 だよね。

 ミューの言ったように、ミューの足は人間のものとは違って動物のものだ。だからこそあれだけの威力が出た。

 馬の後ろ蹴りと同じようなものだ。単なる動物の一撃でさえ人の頭部は容易く陥没する。それが技術と魔力を持って放たれたのであれば、鉄を貫き、人体を弾けさせるのも当然だろうと納得できる。


「ちなみに、最強から二番目っていったけど、最強の技はなんなんだ?」


 あ。そういえばさっきローナがそんなことを言ってたね。


「踵落としになります。誰かに使ったことはあまりありませんが」

「そっちは私も喰らったことないわー。だってあれは本当にまずそうなんだもん……」

「ローナがそう言うってことは、本当にヤバいのか」


 質問したマリーは若干引き気味に怯えた様子を見せているけど、うん。そうだろうね。僕だってまともには喰らいたくないかな。

 くらっても死ぬわけじゃないけど、ちょっとした怪我くらいはしそう。オドによる強化をしてなければ、普通に死にかけると思う。っていうか、死ぬんじゃないかな。


「ですが、あれをやると私自身の脚にダメージが入るので、あまりやることはありません。それに、地面に足がはまってしまって抜け出せないことがありましたので」

「脚がはまるって、どんな威力だよ……」


 地面を砕くんじゃなくって貫くってことは、無駄な力が周囲に分散してないってことで、込めた力の全てが攻撃に転化されてることになる。まあ、簡単に言うとやばい一撃ってことだ。


「それにしても肉体強化だけであんだけすげえのかよ」

「あたしらで勝てんのか……?」


 ロイドもマリーも、身体強化ではなく魔力による肉体強化だけであれだけの戦いを見せたミューを見て不安そうな様子を見せているが、大丈夫だよ。君たちはこれから強くなるんだから。

 そもそも、オドの使い方はともかくとしても、戦いに身を投じた時間が違うんだから強さだって違うに決まってるじゃないか。


「ふふん! これでも私たち魔王軍の精鋭だったんだからね!」

「これが精鋭……」

「魔王軍も大変だな」

「武力だけは確かに認めてもいいけどね」


 ミューを見てると精鋭ってすごいなって思うけど、ローナを見てるとこんなのが精鋭で大丈夫か、って思えてくるよね。戦力としては大丈夫なんだろうけどさ。


 まあそれはそれとして……


「けど、そうだなぁ。あの手の輩が増えてくるとなるとちょっと心配だし、ミューも訓練に参加する? ここで教えるだけじゃ限界があるし、商売の方はそんなに熱心にやらなくっても普通に過ごせるだけのお金は溜まってるでしょ?」


 今回のは簡単に処理できたし、ミューやローナがこの家に待機していればまた襲われるようなことがあっても大丈夫だろう。母さんだって、万が一戦うことになったとしても、無茶をしなければ単なる賊を処理するくらいならできるはずだし、命の危険はないと思う。


 でも、それは今のままの敵だったら、だ。今後もっと強い奴らが集団で襲いかかってきたら、ミューだってどうなるかわからない。

 もし不安があるって言うんだったら、その時のためにミューにも修行をつけても良いと思うんだけど、どうだろう?


「ありがとうございます。ですが、私は問題ありません。元々情報官ですので、戦闘よりも己の本分である方を優先したく思いますので」


 うーん。真面目だなぁ。これがローナの妹だなんて、信じられないくらいだ。


 それにしても、情報官かぁ。魔王軍として動いてた時は、どんな情報集めてたんだろう?


「今更だけど、元々の情報官の仕事ってなんだったの? 人間側の勢力調査とか?」

「もちろんそれもありましたが、一番重要とされていたのが剣王の遺産の調査です。このグリオラは剣王の居城でしたから」


 剣王って……僕のことだよね? その遺産? ……何か残したっけ?


「剣王の遺産? なんだそれ」

「……そんなものあったっけ?」


 遺産って言うんだったら僕の部屋にあったものとか、使ってた剣とかくらいしか思いつかないけど、でもそんなのは普通に持ち出されてると思うんだよね。わざわざ魔族が情報を集め用途する品でもないと思うんだけど……


「事実かどうかはわかりませんが、過去の剣王の行いを記した記述を読み解くと、天を割った、大地を裂いた、山を貫いたなど、常識では計り知れないようなことを成しています。その行いが全て真実でなく、話半分に考えたとしても、常識はずれの能力を持っています。ただの人がそのようなことをしたとは考えづらく、それを成すための魔法道具の類が存在していたのではないか、と魔王軍では考えられています。ですので、その調査を」

「……」


 全部本当なんだけどなぁ。天を割ったことはあるし、大地も裂いたことがある。あ、でも山はちょっと違うね。貫いたんじゃなく、消し飛ばしたんだよね。山って言っても、魔族が魔法で作った小山だったけど。

 あの時は、確か百対百の集団戦で、魔族達は山を作って地形的な有利を用意して攻撃してきたんだったっけ。懐かしいなぁ。


 でも、と言うことはだよ? ミューの話を聞いてると、僕のやったことはその『遺産』とやらがやったと思われてるの? ……これも、『剣士』が弱くなった弊害、ってやつなのかなぁ。

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