第51話ミューの戦闘力
「ここが魔族のアジトってわけか」
魔族のアジト? それって、もしかして僕の家を見て言ってるのかな? まあ確かに、魔族であるミューとローナの活動拠点なんだからそう言えるかもしれないけど、でも持ち主は僕の名義になってるはずなんだけどなぁ。その辺は調べて……ないんだろうね。
「おう、ガキども。てめえらの飼い主呼んで来い」
「飼い主?」
「誰のことだ?」
「……はあ。察するに、多分僕たちが下っ端で、商売のメインは魔族がやってると思ってるんじゃない?」
魔族のアジト、なんて呼んでたことからも間違いじゃないと思う。
けど、そう思うのも仕方ないかな。だって普通は子供だけで商売をしている、なんて思わないだろうし、商売として成り立つほどの狩りができるとも思わないと思う。
多分だけど、僕たちは魔族が狩った獲物を運搬する子分とか手下とか、そういうふうに思われてるんじゃないかな?
「何チンタラしてんだ! さっさと呼んで来いっつってんだ——よ!」
僕たちの前に現れた男達の中から、一人の男が手に持っていた棍棒と言えなくもない不恰好な得物で思い切り殴りかかってきた。——けど……
「危ないなあ。喰らっても大して痛くはないけど、不愉快であることに変わりはないんだからやめてよね」
「なっ!?」
そんな遅い攻撃当たるわけないじゃないか。避けられて驚いてるようだけど、そんな攻撃だったらオドを使うまでもなく避けられるよ。ロイドとマリーも余裕でできるだろうね。
「おいおい。バラ、ガキなんかにバカにされてんぞ」
「お前の攻撃なんて怖くねえってよ!」
バラっていうのがこの人の名前かな? バラは仲間に笑われたことで顔を赤くしていき……
「こ、このガキっ!」
ついには持っていた棍棒を再び振り上げて僕のことを睨みつけてきた。
「お待ちください」
——が、そこで待ったが入った。男達の動きを止めたのは、扉を開けて出てきたメイド服の少女——ミューだった。
まあこれだけ騒いでいれば家の中にいても聞こえるよね。……でも、なんでミューなんだろう? こういうあらごとって、基本的にローナの役割じゃない? っていうか、ローナはそれくらいしかできないでしょ。
「ああ?」
魔族のアジトらしい場所から、綺麗なメイド服を着た少女が出てきたからだろうか。男達は動きを止め、訝しげに眉を顰めながら顔を見合わせたりしている。
「あなた方の目的は私達だと存じますが、如何でしょうか?」
「てめえは……魔族か」
ミューの言葉で、ミューが魔族だということがわかったようだ。男達は訝しげな表情から一転してニヤリと、明らかに調子に乗っている笑みを浮かべた。
「はい。あなた方は、私どもに用があったのではありませんか?」
「はっ! てめえみてえなガキが魔族かよ! ガキの飼い主はガキってか?」
そんな男の言葉にミューが答えないでいると、男はチッと舌打ちをしてから怠そうに息を吐いた。
「はあ……。てめえだけじゃねえだろ。後ろにいるやつ呼んで来い。じゃねえと生まれてきたこと後悔することになっぞ」
後ろ? そんなのいないけど……あー、ミューの見た目で勘違いしたのかな? まあ仕方ないかな。だって、下っ端(僕たち)が子供で、出てきたのも子供となれば、他に商売を実際に動かしている大人がいるって考えるのは当然だろうし。
けど、あいにくとそんな人いないんだよね。……あ、いや、いないこともないけど、あれを大人って言っていいのかな?
「申し訳ありませんが、当商会の担当をしているのは私ですので、ご用件は私がお伺いいたします」
「……チッ! わっかんねえガキだなあおい。てめえじゃ話にならねえっつってんだよ!」
「ねえねえ、うっさいんだけど〜。まだおわんないわけ〜?」
あ。出てきた、大人って呼べない大人がっ……!?
……な、なんでそんな格好で出てくるのさ!? 普段から布面積が少ないなと思ってたけど、ついに露出狂になっちゃったの!?
めんどくさそうに外に出てきたローナは、普段とは違う格好をしていた。けど、それは良い変化ではない。むしろ、悪い変化と言える。だって、今のローナは胴体に布を巻きつけただけの格好なんだもん。しかも、股下なんてギリギリ隠せてる程度の長さしかない。
多分だし、想像したくないんだけど……あの下ってもしかして何も履いてないんじゃないの?
「姉さんは……っ! ね、姉さん! なんでそんな格好で出てくるんですか!」
「ほえ? だって暑いし……」
「暑いしじゃないです! ちゃんと服を着てください! もー!」
お風呂でも入ってたのか、少し濡れた髪をしていたけど、それでもあの格好はないと思う。っていうか、よくあの格好で外に出てこようなんて思えたよね。
あ、そっか。こういう騒がしい時ならローナが出てくると思ったけど、ミューが出てきたのはローナがあんな格好だったからか。そりゃあ出てこないよね。っていうか、出てくるのを止めるよね。まあ、結局出てきちゃったけどさ。
「……コホン。それではあらためてご用件をお伺い致しますが、どのようなご用件でしょうか?」
一度咳払いをしてから再び話しを続けたミューだったけど、さっきまでの真剣な雰囲気は戻ってこない。ローナのせいでものの見事にぶち壊されたよね。多分、後ろにいる賊達も混乱してるんじゃないかな?
「てめえじゃ話になんねえっつってんだろうが。……もういい。おい、てめえら! こいつらをやるぞ! 下っ端どもがやられりゃあ、こいつらの頭も出てこざるを得ないだろ」
そんな混乱を無理やりまとめるために、リーダーっぽい男は強引に話を進めることにしたみたいだ。普通のやつならここでローナの雰囲気に飲まれて吃ったり臆したりしてもおかしくないのに、そうじゃないってことはちょっとはできる人なのかな?
「……申し訳ありませんが、あなた方ごときを相手するのにご主人様の手を煩わせることはできません。あなた方には私の方で対応させていただきます」
ミューはそういうなり手を腰の後ろに回し、どこからかナイフを取り出した。あんな場所にナイフなんてしまえなかったと思うんだけど、どこから出てきたんだろう?
「ナイフか……」
ミューがまともに戦ったのって見たことないけど、ナイフを使って戦うのか。まあ、らしいと言えばらしいかな。メイドだし、戦闘よりも諜報がメインだってみたいだからね。隠しやすく動きやすいナイフっていうのはおかしなことじゃない。
「ハッ! 口と格好だけは一丁前だな! 実力がなけりゃあ無意味だがなあ!」
「ありがとうございます。ですが、あなたよりは強いつもりなので、ご安心を。……もう聞こえていないかもしれませんが」
……速い。
ミューは話している間に男の横まで移動し、ナイフを男の口の中に突っ込んでいた。あの感じだと、喉じゃなくて脳の方に刃を立てたみたいだ。ああして口の中から脳を貫かれれば、どうなるかなんて決まってる。
この速度だと、多少強い程度じゃ何があったのか理解できないだろうね。多分、ロイド達も何もわからなかったと思う。
速いって言っても僕に比べればまだまだだけど……これ、多分一般の魔族じゃないでしょ。
確かに魔王直下部隊だって聞いてたけど、それにしても速すぎる。しかも、これで戦闘員じゃなくて情報処理がメインなんだから、どう考えても普通じゃない。
もしかして、ミューって魔王軍の中でも結構上位の立場だったのかな?
「な、何しやがった!」
「何を、とは見ての通り口の中から脳を刺しただけですが。首などを切ると血が溢れて後処理が面倒ですので」
あ、そんなことを考えてたからそんな倒し方になったんだ。なんでわざわざ面倒なやり方してるんだろうって思ったんだよね。だって、ただ殺すだけなら首を切るなり外から頭を貫くなりしたほうが簡単だもん。
「な、なんだこいつ……」
「や、やべえんじゃねえのか?」
「魔族ってこんなに強えのかよ……」
このままじゃまずいということは感じているんだろう。口の中から血を垂れ流して倒れた男を見て、他の賊達は怯んだようにジリジリと後退していく。
だが、派手さがなかったから、それとも突然のことでまだ処理できていないのか、今の状況を理解して逃げ出そうとするものは誰もいなかった。
「な、何ビビってんだ! 敵に魔族がいることはわかってただろ! あいつは油断して近づきすぎたから知んだだけだ。警戒してりゃあ問題ねえ!」
「でもよお……」
「それとも、てめえらこのままでいいのかよ! ここでしくったら今後俺たちは一生成り上がることなんてできやしねえぞ! 敵は魔族が一人だけで、あとはガキがいるだけだ! 一斉に襲いかかりゃあ問題ねえだろうが!」
リーダーらしい男は死んだけど、このまま逃げるのはプライドが許さないのか残っていた賊が他のメンバー達に檄を飛ばし、尻込みしていた者達も再びやる気を取り戻してしまった。
「できることならお引き取り願いたかったのですが……残念です」
そういうなり、ミューはすぐそばにいた賊の口の中にナイフを突っ込み、先ほどと同じように脳を刺して殺していく。
だが、今度は覚悟していたからか、賊達は怯えながらも動きを止めることなく武器を構え、僕たちに向かって投げた。
「そちらは狙わないで欲しいのですが。あなた方の相手は私ですので」
飛んできたナイフくらい僕たちでどうとでもできるんだけど、それでもミューは自身の持っているナイフを投げて敵の攻撃を撃ち落とした。
「武器がねえぞ! かかれ!」
ミューの手から武器が離れたことで好機と見た賊達が一斉に襲いかかっていく。
「くそがっ!」
だが、その攻撃は一つとして当たらない。
剣を振り下ろした賊は、剣が避けられると同時に鳩尾を殴られ吹き飛んでいく。
後ろから殴りかかった賊は、後ろ回し蹴りで頭を打ち抜かれて近くにいた仲間へとぶつかった。
「殺った!」
避けて迎撃してと、賊の対応をしていて体勢の崩れたところに、最後まで残っていた賊が背後から襲いかかった。
動きや気勢からして、これまでの賊達よりは幾分か強いと言える者だ。だが……
「残念ですが——」
最後まで残っていた賊は、スカートを翻しながら放たれたミューの後ろ蹴りをまともに頭部に受けてしまい、頭を破裂させて死んだ。
多少他よりも強いといっても、結果自体は変わらないようだ。
「この程度では死んであげられませんね」
そう言い残し、ミューは直前まで戦闘があったなんて思わせないような優雅な足取りでこちらに戻ってきた。
まあ、後ろやミューの姿を見れば戦闘があったのは一目でわかるんだけども。
「お待たせいたしました。そして、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。おかえりなさいませ、ご主人様」
「ああうん。お疲れ様。……それなりに動けるだろうなとは思ってたけど、思ってた以上に強かったんだね」
ローナと姉妹をやってられるんだし、魔王位の百番以内に入ってるんだからそれなりだと思ってたんだけど、思ってた以上に強かったみたいだ。
「ご主人様ほどではありません。それに姉さんにも負ける程度の能力しかありませんよ」
「十分すぎると思うけどね。それよりも……それ。すぐに着替えた方がいいと思うよ?」
「? ……きゃあ! なんで!?」
僕の指摘に、ミューは自分の体を見下ろして驚いているけど、さっきの戦いを考えれば驚くようなことじゃないと思う。だって、最初はともかくとして、途中から血が舞ってたし。
「なんでって、最後派手にぶちまけたでしょ。ほら」
「あ、ああ……」
「ミューってば、ちゃんとしてるくせに最後の最後でポカやらかしちゃうのは相変わらずよね。まあそれが可愛いんだけど〜」
「す……すぐに掃除して参りまふ!」
うざったく絡んでくるローナを退け、ミューは小走りに家の中へと向かっていった。多分掃除道具かなんかを持ってくるんじゃないかな?
「……ローナも掃除手伝ってきてあげて。後から僕たちも参加するから」
「うえ〜。血ってあんまし落ちないから掃除すんの面倒なのよねぇ……」
「文句言ってないで、ほら行った行った。君は僕の召し使いなんでしょ。ほら仕事だよ」
「へーい……」
一応はメイドなんだし、それくらいの仕事はしようよ。
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