第49話雑魚、あるいはほどほどの敵

「それで、その賊ってなんでできたの? どっかで飢饉でもあったりしたの?」

「いえ、そうではありません。まだはっきりとはわかりませんが、おそらくは戦王杯が終わったからかと思われます」


 どういうことだろう? 戦王杯が終わって領域が変更したから、それで割を食った奴が賊に落ちたとか移動したっていうんだったら理解できる。でも、戦王杯なんてもう一年以上も前のことだ。


「戦王杯? でもそれってもう一年も前のことでしょ? それがどうして今更関わってくるの?」

「正確には、戦王杯そのものではなく、移住期間が終わったから、のほうが正しいかもしれません」


 戦王杯そのものではなく移住期間? ……移住期間が終わると起こる現象と言ったら?

 まず考えられるのは、魔族への対応の変化。これが一番大きいだろう。そしてそれを嫌って自領へと消える魔族。

 あとは、その消えた魔族達の穴埋め……ああ。そこか。


「移住期間が過ぎれば、こちらにいる魔族は自分たちに対する人間の対応を嫌って魔族領へと戻ってしまいます。ですが、今まで地域一帯を支配していた者達が一斉にいなくなれば、そこに空白ができます。その空白を狙って新たな支配者を決めるための争いが起こるものですが、今こちらに流れてきているのはその敗残兵でしょう。今回の戦王杯で奪われた……あ、いえ。人間領となった場所はこのグリオラ以外にもありますから。おそらくはそちらから流れてきたのかと」


 今回の戦王杯で変わった境界は、このグリオラと、その横に並んでいる四つの街。合計五つの街が魔族から人間のものへと戻った。

 この変化は戦王杯……境界戦争にしてはかなり規模の小さい変化ではある。だって、この国が何個も入るような広い大地の奪い合いをしてるのに、たかが街五つって、どう考えても少ないだろ。僕が剣王をやっていた頃は、国一つをかけて戦ってたことだってあったし、魔族側が逆転を狙って一気に国三つ分をかけてきたこともあった。


 まあ、その全部で僕が勝ったわけだけど、多分僕が死んだ後に人間側もおんなじようなことをしたんだろうなぁ。で、大負けをしたと。だからたかが三百年かそこらで七割から四割まで領域が変化してるんだと思う。じゃないと、負けが多いって言っても勝ったり負けたりしてるのにここまで減る理由がわからないからね。


 まあそれはそれとして……


「敗残兵か……。でも、それにしてはこっちにくるの早くない? 移住期間が終わったって言っても、まだ半年も経ってないでしょ。その間に戦って、勝敗がついて、こっちに流れてくるって言うのは、どう考えても時間が足りない気がするけど?」


 賊が湧いた理由はわかったし、こっちに来る理由もわかった。でも、その問題が表面化するにはどう考えても早すぎる。

 縄張り争いなんて、勝敗がつくのにはかなり時間がかかるだろうに。なんだったら、一年かかっても争いが終わらないことだって考えられるくらいだ。


「はい。実際には戦王杯以前から話がついていたのではないでしょうか。今回の戦いで負けたらどうする。勝ったらどうすると事前に決めておき、それでも話がつかなかった場合、納得できない者達が戦うのだと思われます。少なくとも、魔族領ではそうでした」


 あー、まあそっか。確かに、何かが変わるタイミングっていうのははっきりしてるんだから、終わってから待つんじゃなくて終わった時のためにあらかじめ準備しておくのが普通か。


「魔族もおんなじようなことやってんのかよ」


 ロイドは魔族も人間も敵対しているくせに、同じように身内で争ってる状況に呆れているけど、人なんてそんなもんだよ。生きていて、ある程度の知恵があるんだったら、結局辿り着く場所なんて同じなのかもね。


「まーねー。結局はある程度の頭を持ったのが集まればおんなじような結果になるってわけよ。自分が王様なんだー、ってね」

「ですので、移住期間が終わったのは四月ほど前ですが、実際には戦王杯が終わった直後から争っていたと思います」

「それで、その結果が今ってわけか」


 そう考えると、時期としてはちょうどいいというか、賊の正体としては間違いないんだろうなぁ。


「あるいは……」

「ん?」


 なんて納得しかけていたところに、ミューが少しだけ眉を顰めながら口を開いた。なんだろう? ミューのこの態度だと、なんか嫌な予感がするんだけど……


「これだけの短い期間に、勝ち取った領域も完全に支配し終えた集団、と言うことも考えられます」

「支配って……つまりこっちに流れてくる敗残者たちに勝って潰した連中ってことでしょ? それは無理じゃない? 単なる戦いなら勝った負けたで終わるけど、領土をかけた戦争なんて、勝っただけじゃ終わらないでしょ。むしろ、勝った後が本番とさえ言えると思うんだけど」


 戦争は勝って終わりじゃない。むしろ、そのあとこそが本番なんだ。負けた側の残党や、他の市民達の納得や理解。壊れた通商の再構築や協力者の選定、配置など、やるべきことは色々ある。それをたかが半年も経たずに終わらせるなんて、たとえ街ひとつ分だとしても、かなり厳しいものになる。


「はい。どれほど上手くやろうとも、戦後の処理には時間がかかるものです。その規模が大きければ大きいほど、尚更に」


 だよね。でも、ミューがこうして言うって事は、その可能性があるってことなんだろう。難しいって言っても、ある要素さえ持っていれば不可能では無いんだから。

 その要素とは……


「ですが、それを成し遂げるだけの力があれば別です」


 そう。結局は力だ。それさえあれば、大体のことはどうとでもなる。

 仮に隣の街を占領した賊がいたとして、その中に僕みたいな強者がいるんであれば、こんなに考える必要なんてない。ああそうなんだ、と単純に納得して終わりだ。だって、力があれば統治できることを、僕はすでに証明しているんだから。


 敵から奪った土地も、剣王という威名で黙らせた。

 普通なら、境界戦争の結果って言っても、負けて土地が奪われたんだったら反乱があってもおかしく。魔族としても、奪われた土地を簡単に治められないようにすれば、その分人間側に負担を強いることができ、間接的に弱体化を狙うことができる。


 でも、そんなことはなかった。いや、何度かはあった。でも、僕がふらりと出向いて剣を振るえばそれでおしまいだった。

 そうやって強引に黙らせていたら、誰も逆らうことなく併合された。だって、逆らえば死ぬことが決まってるから。それも、大した成果どころか、なんの成果も残すことができずに。

 国のためになるならやったかもしれない。でも、僕の場合はは向かったら犬死にだ。そんなの、誰もやろうとしないに決まってる。


 もっとも、強引に黙らせたって言っても、統治自体は真っ当にやったつもりだ。僕が叩き潰したのは、あくまでも無駄に騒ぐ者達だけ。何も問題なく生きようとしていた魔族に関しては、普通に国民として扱った。

 まあ、人間と多少の区別はあったけど、それだって酷いものじゃなかったはずだ。それもあって、魔族達は僕の統治に反乱を起こすことはなかった。


「先ほどの言葉と矛盾するようですが、常識を覆すほどの力があれば、領域を勝ち取った後に平定するのもそう時間はかかりません。かつての剣王の例を考えていただければわかるでしょう。剣王は決して名君ではありませんでしたが、その剣の腕をもって——武力をもって人間をまとめ上げていました。普通であれば混乱が起こるはずの境界が変更となった地点も大した問題は起きず、魔族による反乱も起こらずに」

「……」


 だから、今回もそれと同じことが起こっているかもしれない、か。まあ、街ひとつ程度なら僕みたいな戦力は必要無いだろうし、そこそこの戦力を整えればできるかもね。


「でも、わざわざこっちの街まで来るもんか?」

「そうだよなー。どんくらいでかい規模なのか知んらないけど、街一つ手に入れたんだったら、そこでふんぞり帰って王様やってりゃいいじゃん」


 うーん。未だにボロ屋で暮らしていて自分のものをほとんど持っていない二人としては理解できないのかもしれないけど、人間の欲っていうのには果てがないんだよ。だから、少しいいものを手に入れたら次はこれ。その次はあれって感じで、どんどん上のものが欲しくなってくるものなんだ。

 そこで自制をできる者ならいいんだけど、自制ができないと何を考えてもおかしくはない。


「自分の領域は、大きければ大きいほどいいですから。もし街一つを支配することができるほどの人物であれば、その力を過信してもう一つの街も手に入れよう、などと考えるかもしれません」


 使う使わない。必要か不要かでもない。ただ欲しい。そんな理屈で動くものだからね。


「つまり、これから来るかもしれない賊は、クソ雑魚か、そこそこやる奴らかのどっちかってことでしょ?」

「まあ、ありていに言ってしまえば、そうなりますね」

「なら結局、全部ぶっ飛ばせばいいのは変わんないんだからどっちでも良くない?」


 来たら来たで面倒だけど、それって面倒ってだけなんだよね。だって、力で押してくるんだったら、力で叩き潰せばいいだけだし。


 問題は、僕以外がどうなるか、かな。ロイドとかマリーだと、まだ襲われたら生き延びるだけで精一杯だと思うから。


「まあ、何が起こるかわからないから、みんな気をつけてね。もし何かあったらここに逃げてきてくれれば、あるいは何か派手なことをすれば助けてあげるから」


 ローナとミューは大丈夫だろうけど、母さんが心配だな。常に誰か護衛役がついてるようにしておこうかな。

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