第47話偽剣のルクスト

「剣王を……裏切った……」

「ええ。そう言われているわ」

「誰が……いや、バカな。そんなわけ……」


 今の時代がどうだかわからないけど、僕が剣王をやっていたあの当時は、政争をしていた者はいても、僕を裏切った者なんていなかった。僕に信頼を裏切ったとか、期待を裏切ったとか、そういう意味ならいたけど、明確に『裏切った』と断言できるものでもない。

 しかもそれが、僕の周りにいた六人のうち三人? ……あり得ない。その言葉以外浮かんでこなかった。


「その三人って、誰のこと?」

「私の実家である、『偽剣の一』ルクスト。『偽剣の二』カーティス。『偽剣の三』マルドールの三家よ。それとは対照的に正剣三家は、『正剣の一』クレイグ。『正剣の二』サラン。『正剣の三』ドラクネスの三家があるわね。知っておいて損はないから、覚えておくといいわ」


 母さんがあげた六つの名前は、確かに僕も覚えている。全員僕が選び、王としては至らないところばかりだった僕の下で不満を言うことなく動いてくれていた忠臣たちだったんだから。


「バカな……日和見のカーティスと政治家のマルドールはともかくとして、ルクストが……? 何故そんなことに……」


 ……まあ、その二人はわかる。あの二人は、確かに裏切り者と呼ばれてもおかしくなかっただろうね。それだけ僕とは違う道を進んでいたんだから。


 カーティスは魔族との戦いそのものをなくすにはどうすればいいのかを考えていた。

 マルドールは境界の奪い合いではなく権利の主張を、戦いではなく別の面で勝つことを考えていた。


 そのどちらも、悪いというわけではないのだし、有能ではあったのだが、いかんせん現実が見えていなかった。

 人間と魔族は争うしかないのだ。


 もちろん中にはローナ達のように仲良くなることができる相手というのもいるだろう。だから、その手の者達をまとめるためにも、カーティスとマルドールは置いていた。

 あの二人なら、僕が死んで人間が不利になったと感じれば、裏切りにも取れるようなことをし始めるだろう。魔族に取り込まれた人間が生きていけるように、魔族にも優しい政策をするとか、境界を奪われた後も変わらずに商売をやっていけるように魔族への繋がりを増やすとか。それを裏切りと捉えられてもおかしくはない。


 けど、ルクストはそうじゃない。あの家は、政治には全くと言っていいほど関わらなかった武門の家だ。

 僕が鍛え、国を守るために戦うんだと意気込んでいた男。それが、当時の僕が知っているルクストという人物だ。


 それなのに、裏切り者? そんなことがあるはずがない。あの自身を鍛えることにしか興味がなかった男が、裏切りなんて〝どうでもいいこと〟をするはずがない。国が嫌になったのなら、抵抗することなく消えて、どこぞで自分だけで鍛えていたはずだ。


 僕の家臣の中で最も純粋に武芸にのめり込んでいた人物。それがルクストだった。


 そんな彼が裏切っただなんて、何度考えても信じられない……。考えられるとしたら、さっき考えたように何かしらの理由で国が嫌になって姿を眩ました可能性くらい?

 でも、その場合はルクストなんて家は残っていないで取り潰されていることだろう。それが今も残っているということは、あの男は最後までこの国を捨てないで残っていたということだ。


「母さん。なんで偽剣なんて……裏切ったなんて言われてるか、わかる?」


 結局、何度考えても答えなんて出るはずもなく、母さんに聞くことにした。


「……剣王様がお亡くなりになられる直前も、亡くなった時もその後も、自分たちの利益のために政争を行っていた愚かな人達だったからよ」

「は? ……それは……いや、でも……それだけで、裏切り者?」


 僕が死ぬ時なんて誰にも知らせてないで勝手に死んだようなものだから、自分達の利益のために行動していても悪いことではないと思う。

 それに僕が死んだ後なんだったら、その時はその時で別に何をやってもいいんじゃない? だって、仕えるべき王がいなくなった状態なんだから。


 たったそれだけで裏切り者、なんて呼ばれるのはおかしいだろ。それに、ルクストが政争をしていたっていうのもやっぱり理解できない。


 でも、母さんは首を横に振りながら話を続けた。


「ええ。でも当然よ。だって、人間がまだ領土を失わずにいられるのは、当時剣王様が守ってくださっていたおかげだもの。それなのに、感謝することなく新たに手に入った領土の使い方や自家の利益だけを考えて言い争ってたなんて、そんなのは命懸けで人間達を守ってきた英雄も剣王様も裏切る行為に他ならないもの」

「でも……」


 政争をしていたのは主にカーティスとマルドールだと思うけど、あの二人だって『自分の利益』のためではなかったはずだ。自分の勢力を作ることや、資金を集めることはしていたかもしれないけど、それは最終的には人間領を守るため、人間全員のためだっただろうから、裏切ったわけじゃない。


「それにね。最後に剣王様が言ったみたいなのよ。亡くなられる前にご自身の執務室に行って、戦勝会をして街が……人間全員が浮かれている中であってもなお仕事をし続ける者達こそが『真の忠臣だ』って。当時の剣王さまの護衛として勤めていたクレイグとサラン。そして、執務室で文官達をまとめていたドラクネスが正剣と呼ばれるようになったの」


 そ、れは……確かに、僕はそんなことを言った記憶がある。あの時、最後に執務室に行った時、勝利に浮かれることも、広がった領土をどう割り振るか、どう利益を出すか。それだけを考えていた者達のことを揶揄して、これまでの感謝と、勝手に消えることを選んだ罪悪感から、あの時あの場にいた者達に感謝を伝えた。


 けど、それはルクストやカーティス達が僕の忠臣ではなかったという意味なんかじゃないんだ。

 僕が言ったのは、あの時嫌気がしていたのは、あの時僕の周りにいなかった仲間達のことじゃなくて、僕と共に人間のために戦ってくれた者達以外の奴らに対してだ。


 それなのに、僕が最後にあんな言葉を残したせいで、僕のかつての仲間であったはずの者達が裏切り者と呼ばれるようになった? そんなの……


「そんなつもりじゃ……」

「? どうしたの、ディアス」

「……あ、うん。えっと……なんか、大変そうだなって」


 なんだその返しは。もっとうまい何かがあっただろ。

 けど、今はこれ以外に言葉が出ない。

 あの時の僕の言葉はそんなつもりじゃなかった。けどそれを言ってなんになる。すでに起こってしまったことは変わらないんだけど。それに、こんな何百年も経ってから戻ってきた僕に、何かを言う権利なんてあるのか? 裏切り者というのなら、あの時勝手に剣を捨てて死ぬことを選んだ僕の方がよっぽど裏切り者なのに。


「そうね……。色々あったけれど、本当に『大変』ね」


 この母さんの様子からして、その『大変』というのは何か色々な問題を含んだものなんだろう。

 普通だったら聞かないように避けるべき話なのかもしれない。あるいは、母さんから話してくるまで待つべきか。

 でも、僕はそれを聞かないわけにはいかない。だって、今裏切り者と呼ばれているルクストに起こっている問題は、きっと僕のせいだから。


「……ルクストは、何か問題があったの?」

「……これは、私たちルクストだけが言ってることだけど、一応あなたにも教えておくわ」


 母さんは最初言うつもりはなかったんだと思う。難しい顔をして言い渋っていたけど、僕が目を逸らさずに見つめていたら、ふうと息を吐いてから答えてくれた。


「ルクストは、剣王様を裏切ってなんかいないわ」


 そう、だろうね。あの男が裏切るなんて〝どうでもいいこと〟をするとは思えないから。


「ルクストだって精一杯戦った。剣王様に尽くした。ただ、剣王様が亡くなられる際に立ち会うことができなかっただけで、裏切ったわけなんかではないの。当時のルクストに与えられていた仕事は、城門の守護……門番だった。まだ移住期間が終わっていなかったから、なにがあるかわからなかった。だから、なにがあっても城を守れるように、剣王様の葬儀があってもその場所を離れることなく、門を守り続けたの。持ち場を離れ、門を無防備にすることこそが、剣王様への裏切りだと考えたから」


 そんな、ことが……


 ……あの当時、正直言ってルクストに頼むことなんてなかった。頼んだところで、鍛えることにしか興味のない男だったからね。役に立ったとは思えない。

 けど、僕のそばにいて僕から教えを受けているのに、何もしないなんて不公平だ、なんて声があったんだ。だから、その不満を解消させるために、門の守護なんて任せた。それなら、ただ門の前で訓練していて、誰か来たら他の人に取り次ぎをすればいいだけだったからあの男でもできたから。


 むしろ、天職だっただろうね。だって、訓練さえできていれば食事も風呂も何もいらないと訓練をし続けるような男なんだから。朝も夜も関係なしに門の前で護り続ける仕事は、あの男にはとても合っていた。


 まあ、問題としては城にくる人が怖がったり取り継ぎ方がわからない、なんてものがあったけど、最終的にはみんな慣れていた。

 多分、僕が死んだその時も、死んだ後も、門の前で修行し続けたんじゃないかな。


 裏切りだなんだっていうよりも、ただ修行したかっただけなんじゃないかな? けど……


「けどその結果が、葬式にすら出なかった不忠義者。門の前に立っているだけの案山子。張子の虎。そう呼ばれるようになってしまったの。でも、私達は不忠義者でも、裏切り者でもない」


 僕はルクストが裏切ってなんていないってわかってる。けど、その振る舞いは余人には理解できなかったんだろう。だからこそ、裏切り者として扱われるようになってしまった。


「その証明をするために、私達ルクストは、代々戦王杯で戦い続けているの。いえ、戦王杯で勝ち続けるために、当時の当主様からずっと家を存続させているの。与えられた『門を守る』という使命を果たすために」


 ……え? 当時の当主って……あの男が……修行しか興味のなかったあいつが、証明のために戦ってた? ……そんなバカな。

 だって、あいつだって理解してたはずだ。門を守れなんて命令は、体のいい厄介払いで、いてもいなくても変わらないんだって。

 それなのに、僕が死んだ後も門を守り続けた? しかも、その命令を……使命を果たすために戦った?


 ……あの男が、そんな……


「……私は、そのことに理解はできても納得できなかったから、逃げ出しちゃったの。裏切り者というのなら、私こそが裏切り者でしょうね。人を守るために戦い続けるルクストを捨てて逃げてしまったんだから。これじゃ剣王様に顔向けできないわね」

「そんなことはっ!」


 自嘲げに笑った母さんの言葉を認められなくて、僕は思わず声を荒らげてしまった。

 本当ならそこで言葉を止めておけばよかったんだろう。でも、一度言葉を吐き出してしまったこともあり、声を落とすことはできても、その後の言葉も止めることができなかった。


「……そんなことは、ないよ。剣王だって、そんなつもりで『忠臣だ』なんて言ったんじゃない……と思う。剣王が戦った理由だって、誰かを縛り付けるためじゃない。人間を守りたかったから、好きに生きて、笑顔でいてほしいから戦ったんだ。それなのに、戦いを押し付けるなんてことして喜ぶわけがないだろっ。裏切りじゃない。あなたのそれは裏切りなんかじゃない。ただ自由に、自分の幸福のために生きようとしただけだ。それは剣王が人間に望んでいたことそのものじゃないかっ! だから、絶対に裏切り者なんかであるはずがないっ!」


 かつての仲間が、その子孫が貶されているとあって、つい〝私〟としての言葉が口からこぼれてしまった。

 けど、そんなことを気にする余裕なんてない。

 今はただ、ルクストは裏切り者なんかではないということを、母さんは悔やむ必要なんてないということを教えることだけが重要なんだから。


「ふふ……どうしてディアスが泣いてるの? おかしいわね。でも、そう。ありがとう。私は、私達は、裏切ったわけじゃないのね。私達は、間違ってなんていなかったのね。よかった……よかった。ごめんなさい。ありがとう。……ありがとう、ございます」


 母さんは僕の言葉を聞いて目を見開き、涙を堪えて顔を歪めつつ口調を改めて頭を下げた。


 なぜ口調を改めたのか疑問には思う。けど、僕はそれを聞くことはなく、母さんはそれ以上話すことなく、今日この場での話は終わりとなった。

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