第46話引っ越し完了

「というわけで、ここが新しい家だよ、母さん」

「……これは、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だってば。それに、ここみたいに少しでも綺麗な場所に住んでた方が母さんの体調も良くなるかもしれないでしょ?」


 ミューに家を紹介してもらってから数日。早速とばかりに体調がマシになった母さんに新たな家を紹介することにした。

 もう僕がミュー達魔族と付き合いがあるって言うのも、狩った肉を使って商売をしているって言うのもバレてるんだし、今更家の一つ二つ買ったんだって言ったところで文句や疑問は出てこないだろうと言うことで、堂々と紹介することにしたのだ。


 僕としては、僕が剣王の生まれ変わりだってバレさえしなければ他はどうでもいい。そう考えると、今回の母さんの暴走? はありがたいものだったかもしれない。隠したり誤魔化したりする必要がなくなったわけなんだから、色々とやりやすくなったんだから。


「……ありがとう、ディアス。ごめんなさいね、こんな苦労をさせて、心配かけるような母親で」

「家族なんだから、そんなこと気にしないでよ。それいったら、僕だって苦労かけさせてるし、心配もかけさせたでしょ」


 新しい家は前の廃屋のような小屋と比べてだいぶ広く……というかそもそも比べものになっていないくらいに広く、綺麗な建物で、母さんは息子である僕にそんな家を用意させてしまったことを悔いているようだ。話しながら僕のことをギュッと抱きしめてきた。


 けど、あんまり気にしなくてもいいのに。だって、僕たちは家族なんだから。お互いにできることをしあって協力していくのが人ってものでしょ?


「でも、引っ越したのに部屋は同じなのね」


 軽く話した後、この家の使い方……商売用の倉庫に使ったり、ミュー達も一緒に暮らすんだってことを伝え、僕たちの部屋を教えおわると、母さんは不思議そうにつぶやいた。

 どうしたんだろう? 母さんは一人部屋の方が良かったとか?


「嫌だった?」

「いいえ、そうじゃないわ。でも、ここはディアスが稼いで借りた家でしょう? 部屋も一部屋余ってるようだし、年頃の男の子なら自分の部屋が欲しいって思うものなんじゃないかしら?」


 ああ……。まあそうかもね。でも僕はただの年頃の少年ってわけでもないし、部屋が欲しい、なんてわがままを言うようなことはない。


「だって、部屋なんてあってもどうせ寝るだけだし。置く物もないんだから無駄に使う必要ないもん」


 あったらあったで使うんだろうけど、どうしても必要ってほどでもない。部屋に誰かを呼ぶこともないしね。

 精々何かの記録とか、着替えとか……あとはそのうち手に入れるつもりだけど、剣とか?


「そう?」

「そうだよ。まあ、自分の部屋が欲しくなったら言うから、その時までは一緒に寝ようよ」

「ふふ。ええ、もちろんいいわよ」


 正直、この年でまだ母さんと一緒に寝たい、なんて言うのは少し……結構恥ずかしい。

 でも、母さんは嬉しそうだしいっか。


「んー、ねねねね。そろそろ話に割り込んでも問題ない感じだったりされますか? ご主人様」


 なんて話していると、なんでかわからないけど少し前から僕たちのことを壁に隠れながら見ていたローナが話しかけてきた。

 なんていうか、声の掛け方が本当にローナって感じするよね。なんでそんな色々と雰囲気ぶち壊すような話し方してくるの? 普通に「失礼します」とか「少しいい?」とかでいいじゃん。


「ダメだから逆立ちして一時間耐えてて」


 普段のローナへの対応もあって、ほぼ反射的にそう答えてしまった。

 けど、割り込んで話しかけてこなかったってことは、多分どうせそんな重要な何かがあるわけでもないだろうし、無駄に時間使わせても問題ないでしょ。


「ひどくない!? しかもこの格好で逆立ちなんてしたらパンツ丸見えじゃん! ……あっ! もしかしてご主人様ってば私のパンツみたい感じ? だったらこんな迂遠なことしなくたって、私に直接命じれば素直に見せてあげたのに。この変態〜。それとも、私という美少女奴隷に罰を与えつつパンツを見るっていう高度なプレ——」

「ミュー」

「——いぎぇっ!」

「申し訳ありませんでした。ご主人様」


 話を振った僕も悪いんだけど、無駄な話が長くなりそうな気配を察して小さくため息を吐いてからミューの名前を呼ぶと、直後にローナは横からの衝撃で吹っ飛んでいった。

 代わりにローナがいた場所に立っていたのは、姉であるローナを吹っ飛ばした本人であるミューだった。


 対応が早くてありがたいことなんだけど、流石に今のはやりすぎなんじゃ……まあいいか。蹴りを喰らった瞬間に舌を噛んでたように見えたけど、多分大丈夫でしょ。お腹と口を左右の手で押さえながら床でのたうち回ってるけど、多分平気。少なくとも死んでないからそのうち復活するって。


「まあ、騒がしいのは嫌いじゃないけど、時と場合を考えるように言っておいて」

「はい。愚姉にはよく言い聞かせておきます」


 うん。あのノリも、状況によっては場を盛り上げたり明るくしたり役に立つから嫌いではないんだけど、でも母さんの前でやられるのは恥ずかしいから辞めてほしい。誰だって友達との馬鹿話を親の前で繰り広げるのは恥ずかしいでしょ? 普段ならいいんだけどね。


「ディアス。あなたも男の子なんだから興味があるのはわかるし、成り行きと言っても奴隷なんて保有することになったんだから、色々と命令したくなるのもわかるわ。でも、奴隷って言っても女性であることに変わりないのよ。だから、無茶な命令は——」

「しないよ! まったく、母さんまで変なこと言わないでよ。あれはローナが頭おかしいから変なこと言ってるだけだってば」


 ほら、母さんが本気にした。っていうか、母さんも冗談だってわかるでしょ。自分の息子を信じてよ。


「……そうなの?」

「そうなの」


 まだ疑わしげな目でこっちを見てきてるけど、本当に違うから。


 ……このまま話が続いても嫌だし、逸らしたいな。でも何を話すか……あっ。そうだ。一つ聞きたいことが……聞いておかなくちゃいけないことがあったんだ。


「それよりも、母さんに聞いておきたいことがあるんだ」

「何かしら?」

「えっと、その……」


 でもこれは、聞いてもいいんだろうか?

 確かに聞きたいことではある。でも、それは別に母さんからじゃなくてもいいんじゃないか? たとえば……ミューならそれなりに詳しく知っているだろうし、知らなくても調べられるかもしれない。


 だから、先にミューに聞いてから、それでも納得できなかったら母さんに聞けばいい。それが最善なんじゃないだろうか?


 そう思うんだけど、でもそれと同時に、この話は余人を介さずに母さんに直接聞くべきだとも思った。

 だってこれから聞くのは、母さんの生まれた家に関する話なんだから。


「……剣王六家って……偽剣って、どういうこと? 母さんの、実家なんだよね?」


 先日、母さんは自身のことを『ルクスト』と名乗った。それは僕に……剣王に仕えていた家の名前だ。

 僕は当時、あの家の当主のことを信頼していたし、仲間だと思っていた。ただの部下って以上に、信頼していた共に戦う仲間で、大事な弟子の一人だった。

 後世で語られるのなら、剣王の仲間として、あるいは弟子として語られるはずだ。それなのに、なんで『偽』なんて文字が与えられてるんだろうか? それが理解できないでいた。


「……ええ。あなたには話した事なかったわね。剣王六家というのは、昔存在していた剣王様も周囲にいた六人の家系のことよ。そして偽剣というのは……」


 僕が問いかけると母さんは悲しげに眉を顰め、迷った様子を見せたが、それでも僕が引かないでいると、深く息を吐き出してから話し始めた。


「剣王六家のうち、剣王様を裏切った三人の家系のことを言うの」


 ……は?


 思いもしない母さんの言葉に、僕は頭の中が真っ白になった。

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