第45話新たな家

「それでは、こちらが新たな拠点となります」

「……」


 母さんが倒れてから三日後、思っていた以上に早く新たな拠点となる場所を確保したようで、僕は今ミューによってその拠点へと案内されたところだ。


 けど、確かにこの拠点を確保するように言ったのは僕なんだけど、ちょっと早すぎない? いやまあ、母さんのことを言う前からそういう話があったんだし、確保が早くてもおかしくはないのかもしれないけど、驚きだ。


 それに、思っていた以上に立地がいいし、建物の外観もなかなかの物だと思う。少なくとも、一般家庭よりは豪華な作りなんじゃないだろうか?


「……何かご不満な点がございましたか?」

「え、あ……いや。結構なんというか、思ったよりも立派な建物だなぁって……」


 僕の言葉に、ミューは納得したように頷いて説明を続ける。


「こちらは以前まで魔族が使用していた建物です。それも、一般の魔族ではなく、魔王軍の行動拠点の一つでした」

「よくそんなのを手に入れられたね。普通は国軍とか領主が押さえるもんじゃないの?」

「そうだったのですが、調べるものは調べ終わったようですので、今月になって民間に払い下げられたようです。ですが、以前魔族が使っていたということで周辺からの評判は悪く、縁起も悪いということでこれまで買い手がつかなかったようです」

「そっか。今月ってことは、間がいいな」

「そうですね。元々考えていた物件は他にあったのですが、こちらにさせていただきました」


 なんとも運がいいな。これ、普通だったら僕たちじゃ買えないか、何度も考えて悩むような額だろうし、そもそも僕たちの元に来る前に他の人に売れてると思う。そんな物件だ。


「でも、費用の方は大丈夫なの?」

「はい。余裕があるわけではありませんが、この程度あれば。それに、おそらくはすぐに回収できるかと」

「そう? そんなに商売の方って調子がいいの?」

「確認してみないとわかりませんが、情報に間違いがなければ問題ありません」


 ? あれ? 今の返事なんかおかしくなかった? 僕は商売の調子のことを聞いたのに、情報に間違いが、とか確認しないと、とか、なんかズレたことを言ってた気がする。

 まあ、商売をするんだったら情報が大事って言うのはわかってるけど、今のはやっぱり意図して微妙な返事をしたように感じられる。何かあるのかな?


「それでは、こちらへどうぞ」


 ミューが先導するように歩き出し、僕もその後に続いて歩き出したんだけど、ミューは建物の内装や部屋の紹介、説明なんてしないでどんどん奥へと進んでいく。

 どうやら目的地があるみたいだけど、新しく買ったばかりの家のどこを目指すって言うんだろうか。


「? こちらへって……そっちに何かあるの?」

「まだ場所を確認しただけで中身の方は確認していないのですが……えっと、この辺りに……ああ、これですね」


 やってきたのはトイレだった。

 まさか僕がいるのにトイレを使うわけじゃないよな、と思いながらミューの行動を見守っていると、ミューはトイレの壁に手を当てて何かを調べ、納得したように頷いた。


「魔族は……魔王軍は新たに人間の領土に拠点を作る場合、隠し部屋をつくります。なんの守りもない部屋だと、大事なものを保管していたら接収される恐れがありますから」


 まあ、そうだろうね。境界が変更になって移住期間が終わった場合、大抵の場合魔族の所有していた建物や関係のありそうな場所は国や領主によって接収される。それは、たとえ移住期間が終わってもそのまま住み続けている魔族がいたとしてもだ。


 だから、住み続けていれば隠しているものがバレることはないから安心、なんてことはない。隠したいものがあるなら隠し部屋を作る、というのは理解できる考えだ。


「そこには情報と共に、他の諜報員ややむを得ない事情で人間側に取り残されてしまった魔王軍の者のためにある程度の資金を残してあるのですが……それが これです」


 そう言いながら見せてくれたのは、隠し部屋の向こう。

 そこには金銀財宝が……とはいかないけど、それでもかなりの量の硬貨やなんらかの素材、道具類が置かれていた。


 けど、一度この建物は接収されたんでしょ? だったらこう言うのって調べないのかな? 調べないんだったら接収する意味ってないと思うんだけど……。


「人間側は、このことを知らないの?」

「この建物にあるかどうかを知っているのかはわかりませんが、隠し部屋を用意している、ということについては知っていると思います。ですが、開けるには魔王軍でも一部の者……それこそ、独立行動が許されるような魔王直下の部隊員などだけが持つ部隊証が必要となります。それも、部隊証とその持ち主が生きた状態でセットでないと開かないようになっているのです」


 あー、そういえばミュー達は一応魔王直下部隊だったね。ミューたちなら問題なく開けられるのか。


「捕虜が喋るわけないし、殺して奪っただけじゃ開けられない、か」

「はい。私も、見るのは初めてですが……ちゃんとあってくれてよかったです」


 確かにこれだけの資金があれば、この家を買った金額だって簡単に補充できるね。ミューが建物の外で説明しないで微妙にはぐらかしたような返答をしたのも、これがあったからだろう。こんなの、大っぴらに話せることじゃないから当然だね。


「でも、大丈夫なの? こんな資金なんて勝手に使って。一応二人は奴隷になったから仕方なく従ってる、ってことになってるんでしょ?」


 それなのに、こんな隠し部屋の存在なんて教えたら、本当に裏切ったと思われるんじゃないの?


「大丈夫でしょう。いきなり全てを使い切るわけではありませんし、ある程度残しておけば問題ありません。そもそもすぐにバレることでもありませんし。最悪の場合、全て使い切ってしまったとしても奴隷となっていて逆らえなかった、と言い張ればなんとかなるでしょう。ですので、気にせずとも問題ありません」

「そう? ならいいけど、あんまり無茶はしないでいいからね。お金だって、まあ欲しいけど、ないとまずいって状況でもないし」

「ご心配ありがとうございます」


 けどまあ、資金については最悪の場合補填先があるってことで、そうなると結構気が楽になってくるね。やっぱり、資金の心配があると色々と行動に制限がかかるし、思いっきり何かをやるってことができなくなるからさ。


「とりあえず、家を確保することができたんだからここに引っ越すことになると思うけど、まずは一回中を確認しよっか」

「部屋は四部屋ありますので、ご主人様とお母様で一部屋ずつお使いください。作業部屋として一部屋使い、私と姉さんは一部屋いただければと思っております」

「それだけど、僕は母さんと同じ部屋でいいよ。急に環境が変わった上に息子と離れると、母さんも落ち着かないだろうし」


 それに、一緒に寝ながら体調を整えるつもりだしね。

 そもそも、自分の部屋なんてもらっても置くものもないし、寝る時くらいしか使わないんだからいらない。大抵はロイド達と森に行ってるか、街中を歩き回ってるかだと思う。


「他にはリビングとキッチンと浴室とトイレがありますが、浴室とトイレは一度整備しないと使えません。どちらも魔法具を使用していましたのですでに効果が切れていました」

「あー、まあ使われなくなってもう一年以上前だろうからね」

「ですが、整備すれば使えるようになりますので、今日中に使えるようにしておきます」


 流石はミュー。随分と仕事が早いなぁ。でも、無理してないかな? 魔族がこれほどまでに早く準備できるってなると、結構無理してる可能性がある。そこまで急ぐようなことでもないし、無理してるんだったらもっとゆっくりでもいいんだけど……。


「ありがたいけど、大丈夫? 無理するようならゆっくりでも平気だよ? 引っ越しだってそんな急ぐ必要があるものでもないんだし」

「いえ、それほど難しいことでもありませんし、お母様のことを考えると生活環境を整えるのは一日でも早い方が良いでしょう」

「それは、まあ……。じゃあ、頼んでもいいかな?」

「はい。お任せください」


 そうして、僕たちは今までの廃屋のようなボロ小屋を捨てて、こっちの新しい家へと引っ越すこととなった。

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