第44話剣王の技

「それじゃあどうしよっか? 森行く?」

「いえ。外に出るだけで十分でしょう。ただ一撃だけ、あなたが私の剣を凌ぐことができればそれで十分ですから」

「そう? ならいいけど、避けられた後でさっきのはなし、とかやめてよ?」

「大丈夫です。一度だけ確認できれば、それでわかりますから。ただその代わり……死んでも報復はせずにお願いしますね」


 僕を置いて戦う当事者である二人の間でどんどん話が進んでいき、二人は同時に立ち上がると家の外へと出ていった。もうこれ、どう足掻いてもここから戦いを止めることはできない感じだね。

 っていうか母さん。そんな挑発するようなこと言わないでよ。母さんそんな性格じゃないでしょ。


 でも、母さんの言葉がよほど気に入ったのか、対戦相手であるはずのローナは怒るどころかとても楽しそうに笑みを浮かべている。


「あはっ。うんうん。いいじゃんいいじゃん。さっすがご主人様のママンなだけあるわねー。そういう強気な態度、嫌いじゃないわよ」


 なんていうか、ローナは戦うこと好きみたいだし、こういう強者の雰囲気を出してる人も好きみたいなんだよね。だから、たまに僕にもっと強気でいろって不満を言ってくることもあるし。


「クレイリア・ルクストです。たった一度の手合わせですが、よろしくお願いします」

「リ・ローナ・ポーンラーツよ。よろしくねー」


 向かい合った二人は互いに改めて名乗りあった後、それぞれ構えをとった。


「これよりお見せするのは、我らが英雄たる剣王の一撃。その影です。どうか、お気をつけて」


 剣王の一撃? それって、僕の? でもその影ってどういうことだろう? 僕の技の再現……いや、劣化再現とか? 今の世の中じゃ、完璧な再現なんてできないでしょ。昔でもできなかったのに。


 あるいは、再現しようとして出来上がった新しい技とか?

 なんにしても、もし本当に僕の技に関連している技であれば、それはちょっとまずいかもしれない。

 だって、剣王の一撃だよ? それを完全ではないとしても、真に迫るほどに再現することができていれば、こんな場所簡単に消し飛ぶ。


 けど、どうなんだろう? 母さんだって分別はあるだろうし、そこまでの威力は出さないと思う。それに、やっぱりかつての剣王の技の再現は、無理だと思う。


「剣王ねー。ふふん。その剣王がどんなもんか、私が確かめてあげようじゃないの!」


 ローナは僕を……剣王を知らないからやる気に満ちている。

 でも、もし本当に剣王の技を再現することができたのなら、今のローナじゃ防ぐことなんてできやしないと思う。


 けどそもそも再現なんてできるわけもなく、僕は止めるべきかこのままやらせるべきか悩んでしまった。


「それでは……」


 そうして悩んでいる間に母さんが動き出し、剣を真上に掲げた。


「【断魔の剣】」

「っ!!」


 そうして放たれた一撃は、言ってしまえばただの振り下ろし。

 けど、そこに込められた【力】がその一撃を常識外の一振りへと変えた。


【力】——生命力を宿した振り下ろしは、その剣撃を形と成して放たれ、空間を裂いた。


 ……これ、僕の技だ。


 ただの振り下ろしではある。そんなものは誰だでも思いつくどころか、誰だって修行する当たり前の攻撃。剣撃を飛ばすだって、あの当時なら当たり前のようにみんながやっていた。

 けど、見ればわかる。その一振りに込められた理念は確かに僕のものだった。


 ただひたすらに、人間に仇成す敵を斬ることだけを考えた技。だからこそ、あの技は敵は斬ってもそれ以外の地面や建物は傷つけることのない、生き物だけを斬る一撃となった。

 それに何より、技を放った後の空間に残る生命力の残滓の在り方が、僕の技そのものだった。


「……避けられて、しまいましたか。やっぱり、まだまだ未熟ね……」


 避けたとは言ってもローナは振り下ろしから放たれた一撃で、腕に傷を負っている。

 剣撃が自身に届くまでの一瞬で、生命力ではなく魔力を纏って剣撃に抵抗し、わずかに稼いだ時間で避けたみたいだ。けど、そのまま受けようとしていたら、ローナは死んでいたかもしれない。


「なっ……なんなのよ、今のは……」

「剣王が、死ぬ間際に我々に残した天を割る一撃です。もっとも、今の私では空を割るどころか、雲を動かすことすらできない未熟な技でしかありませんが」


 僕が死ぬ前に残した? ……あ、【天断】かな? 最後に見た空が曇り空で、なんか人間の未来を塞いでるように思えたから、気に入らなくって割ったんだったっけ。

 でも、今の技の名前は【断魔の剣】だったし、効果もそっちだった。……もしかして、混合されてる?

 無理もないか。だって数百年も前の技だ。それも、教えたわけじゃなくってただ見ただけの一撃。それを再現しようと思ったら、憶測が入ることになるんだから、間違えるのも仕方ない。


 それでも、素直にすごいと思う。それに、ルクストの家は僕が死んだ後も僕のことを忘れないでいてくれたんだと思うと、なんとも言えない喜びが湧いてくる。


「天を割るって……そんなことできんの……?」


 できたんだよ。それも、割と気軽に。今も……ちょっと頑張ればできるかな? できればもうちょっと体が出来上がってからの方がいいけど、できないことはないはず。


「私が足元にも及ばないくらいの強さがあるのなら、できるはずです。私でさえ、今の一撃を放つことができたのですから」

「剣王って、何もんなのよ……」


 単なる人間だよ。ちょっと才能があって、ただ人間に幸せな未来があって欲しいと思って必死になってただけの、ただの人間だ。


「私たち人間の、えいゆ——ぐうっ」


 なんて話していると、突然母さんが呻き声を上げながら崩れ落ちるように膝をついた。


「母さん!?」

「だ、大丈夫よ。ちゃんと剣を振ると、こうなっちゃうの……。しばらく休めばまた動ける——ぐっ」


 突然倒れた母さんに慌てて駆け寄ると、母さんは僕に心配をかけまいとしたのか笑みを浮かべたけど、その途中で苦しそうに胸を押さえながら呻き声を漏らした。


 これは……


「ローナ……いや、ミュー! 家を借りるぞ!」

「はい。こちらへ!」

「なんで私は飛ばされたわけ……?」


 ローナの文句を無視して母さんを家の中に運び入れ、多分ローナ達が使っているであろう布団に下ろした。


「ごめんなさいね……私が、もっと上手く使えたら……」


 その言葉は、僕に謝っているようで、全く僕のことを見ていない言葉だった。多分、今の言葉は自分自身へと向けられていたものなんだろう。


「これも、私が『偽剣』だから、なのかし……ら……」


 その言葉を最後に、母さんは意識を失った。

 一瞬死んでしまったかと思って脈や息を確認したけど、大丈夫だ。まだ死んでいない。弱々しく、いつ死んでもおかしくない状態ではあるけど、それでもまだ大丈夫だ。

 すぐに治療をすれば、また問題なく目を覚ましてくれる。


「大丈夫でしょうか? 医者が必要でしたら——」

「いや、いらないよ。これは医者でどうこうなるものじゃないからね」


 治療とは言ったけど普通の医者を呼んだところで意味はない。誰も今の母さんを治すことなんてできないはずだ。

 だってこれは、病気でもなければ呪いでもない。生まれつき体に障害があるわけでも、体の機能に不具合があるわけでもない。


 僕はこの症状をよく知っている。だって、これまで何度も起こってきたことだったから。

 母さんのこれは、生命力——オドが減りすぎたことによる症状だ。

 母さんは生まれつき体が弱いわけじゃなかった。ただ単に、オドの量が常人よりも少ないから体調を崩しやすくなっていただけだ。


 けど、それなら生まれつき体が弱いと言ってもいいのかもしれないけど、多分母さんのこれは生まれつきじゃない。生まれつきオドの流れが弱いなら、あんな剣を振るうことなんてできやしないから。

 きっと、あの技を習得するまでは普通だったんだ。その後に、何があったのか知らないけど、オドの発生源と、その流れが捻くれてしまった。その結果が今のようにすぐに体調を崩し、技を一度使っただけで倒れるようになってしまった。


 これを治すには、時間をかけて少しずつ治すしかない。毎日微量のオドを流し込んで、正しい流れを体に覚え込ませる。そうすることで、母さんの体は少しずつよくなっていくだろう。


 けど、今はそれよりも、極端にオドの少なくなった状態から回復させよう。


「——ミュー。前に話した塩漬け肉のための拠点って、もう確保した?」


 母さんにオドを流し込みながらミューに問いかける。


「いえ、まだです」

「そう。じゃあ、母さんが住むことができる場所を確保してくれないかな?」

「よろしいのですか?」

「もう隠すこともないでしょ。こうしてバレちゃったんだし。それよりも、今の母さんはいつ倒れるともわからない状態だ。できるだけ安全な場所に居させたほうが安心できる。それに、母さんとしても僕が勝手に魔族と行動しているよりも、目の届くところで監視できたほうが安心できるでしょ? ミュー達にとっては鬱陶しく感じるかもしれないけど、そこはごめん」

「いえ。お母様のご懸念も尤もなものです。迷惑などではありませんので、ご安心を。拠点の方は早急に手配させていただきます」

「うん。お願いね」


 寝ている間にオドを流し込んで毎日少しずつ調整していけば……まあ時間はかかるけどなんとかなるかな。

 ただ、問題は寝ている間って言っても、そう簡単にやらせてもらえるかどうかなんだよね。


 仕方ない。一緒に寝るか。

 今までも一緒の部屋で一緒の布団で寝ていたけど、新しい拠点に引っ越すことができればきっとそれぞれ別の場所で寝ることができるようになるだろう。

 けど、そうはせずに、部屋を分けずに同じ布団で一緒に寝て、母さんが寝た後に少しずつ改善させていけばできるはずだ。

 まあ、これだけ歪んだ流れをしてると何年かかるかわからないけど、多分最低二年で、最高でも……五年もあれば多分治るだろう。


 将来的に「ディアスくんは十五歳になってもママと一緒のお布団で寝てるの?」なんて笑われるかもしれないが、仕方ない。そんな嘲笑よりも、母さんの健康の方が大事なんだから。


 それに、時期としては丁度いい。引越しと同時にオドの流れの改善を行えば、生活環境が改善されたから体調が良くなったんじゃないか、と言い訳をすることができ、僕の力について怪しまれることはなくなるだろうから。

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