第43話母の暴走?

 母さんを説得することもできず、なんの対策も取れないままやってきたローナたちの家。

 僕は普段通りの格好だけど、母さんは初めて会う相手だからか、少しだけ綺麗な他所行きの服に着替えている。

 ……けど、まあそこまでは良いんだよ。問題は、その手に持ってる剣だよ。どうしてそんな立派な剣なんて持ってるんですかねえ?

 そんな剣があったこと自体もそうだけど、そんな今まで隠していた剣を今の状況で持ってきたことがわからない。

 もしかして、気に入らなければその剣でローナたちのことを切ろうとか考えてないよね?


「はいはーい。どっちらっさまー?」


 僕たちの家と負けず劣らずでボロい家からは、今の僕の気分とは真逆と言っても良いような考えなしの底抜けに明るい声が聞こえてきた。

 ……八つ当たりでしかないんだけど、こんな状況で明るい声が聞こえてきて、なんかムカつく。


「あー、えっと、僕なんだけど、実は母と一緒にいるんだ。開けてもらえるかな?」

「んへ? ご主人様? どったのこんな——あ、ちょいまちょ」


 何かあったのかな? いつもならすぐに開けるのに、今日は少し待つように言われた。心なしか、扉の向こうで何か動くような声が聞こえてるから、部屋を片付けてるとか? でも、僕が相手なのに部屋を片付けるとか今更だし、違うのかな?


「……女性なのね」


 なんて少し不思議に思っていると母さんが呟いたんだけど、不思議な圧を感じるのは気のせい?


「ああうん。まあね」

「それで、ご主人様っていうのは?」


 それを聞く? 聞くかぁ。まあ、聞くよね……。


「……じ、事情があってね?」

「説明は、してもらえるのよね?」

「あー、まあ、向こうの事情だから、あっちが許してくれれば……」

「そう。なら大丈夫ね」


 や、やばい。なんかこう、上手い感じに誤魔化すことはできないだろうか? できない? 無理?

 一応、僕たちはなんでそんなに強いのか誰かに聞かれたら、魔族であるローナに稽古をつけてもらってるから、っていうことにはなっている。

 その設定さえ忘れられなければ、そして、これから話す相手が僕の母さんだからってことを考慮して真実を話そうとしなければ、誤魔化せるはずだ。だから、多分大丈夫なはず。


「お待たせいたしました。このようなところではありますが、どうぞ中へ」


 あれ? さっきはローナだったのに、今度はミュー? まあ、ローナが客人の対応をする光景なんて思いつかないし、僕としてもアレが出てきて母さんの対応をするより、ミューの方がありがたいけどさ。


「それでは、初めまして。私は元魔王軍魔王直轄部隊所属のレ・ミュー・ポーンラーツと申します。こちらは姉のリ・ローナ・ポーンラーツです」


 家の中に入り、僕たちの家と同じように床に直座りして向かい合う僕たち四人。まず最初に口を開いたのは、ミューだった。そしてついでにローナの分の紹介も終わらせたわけだけど、ローナは普段とは違い黙ったまま軽く頭を下げた。

 いつもだったらここら辺で一言二言無駄なセリフが入ってもおかしくないんだけど、もしかしてミューと打ち合わせでもした? さっき少し時間がかかったのは、そのせいかな?


「私はディアスの母であるクレイリアと申します。お二人には息子と仲良くしてくださっているようで、とても感謝しておりますの」


 言葉そのものは柔らかいはずなのに、とても感謝しているようには思えないのはなんで? っていうか、なんか母さん普段と言葉遣いちょっと違くない? なんか偉そうっていうか、貴族みたいな感じがするんだけど……


「それで、本日はどうされたのでしょうか? 普段とは違い、お母様がお越しになられたということは、お母様からお話があるのかと思われますが……」

「ええ」


 ミューの言葉に食い気味に返事をした母さんは、一度軽く深呼吸を入れてから話し始めた。


「では、お聞きしたいのですが、あなた方はなぜディアスのことをご主人様、と呼んでいるのでしょうか?」


 頼む。なんとかいい感じに誤魔化して!


 そんな視線をミューに送るけど、気づいてもらえるかな? なお、ローナには送らない。送ったところで無駄だし、むしろ変な方向に誤解しそうな気がするから。


 僕の視線やその意味に気づいたのかはわからないけど、ミューは一つ頷いてから話し始めた。


「……どこまでご存知なのかわかりませんので、初めから説明させていただきますと、私どもの立ち位置のせいです。私どもは、お恥ずかしながら失態を犯してしまい境界を越え損ねてこちら側に取り残されてしまいました。しかし、こちらでは魔族の扱いはさほど良いとはいえず、安全を確保するために人間の奴隷となる必要がありました。そうすれば、人間の所有物であり、法律は人間のものが適用されますので暮らしやすくなると考えたのです」


 うん。ここまではいい。嘘じゃなくって本当のことだから。おかしなことでもないし、隠す必要はない。問題はこの後だよ。

 どういう結果になるのかわからず、戦々恐々としながら話の続きを待つしかできない。


「では、あなた方が狩ってきた獲物をディアスに分けたというのは、あなた方がディアスの保証を受けるための代価ということですか」

「……いいえ。あの獲物は、ディアス様ご自身で獲られたものです」

「ディアスが? あれだけの量をディアスのような子供が確保するのは無理ではないかしら?」

「……確かに、通常であればそうでしょう。ですが……ディアス様を含め、ロイド様とマリー様の御三方は、僭越ながら不祥の姉が稽古をつけております。もちろん狩りの際には姉の補助もありますが、その訓練の成果ゆえに、獲物を狩ることができたのです」


 よしっ! 設定通りのことを話してくれた。これで僕が戦えることも、それなりに強いことも母さんに理解してもらうことはできただろう。

 ミューたちという魔族が僕のことをご主人様呼びしてるのだって、納得してもらえるはずだ。


「では、あなた達は身体強化を使うことができると?」

「はい。これでも魔王直轄部隊に所属しておりましたので」


 魔王直轄部隊といったところで母さんの表情がわずかに動いたけど、まあそれは仕方ない。だって、普通魔族がいるとは知っても魔王直轄部隊の者がいるだなんて考えないだろうからね。


 でも、納得してくれたんだろう。母さんは目を瞑ると静かに息を吐き出し、それまで纏っていた警戒の気配を解除した。

 よかった。なんとか僕の実力やそれにまつわるあれこれを話さずに済みそうだ。


 と思ったけど、そのまま終わりはしなかった。


「では、最後に一つ聞かせて……いえ、確認させて欲しいことがあります」

「はい、なんでしょうか?」

「あなた方に、ディアスを教えるだけの能力があるのか、確認させていただきます」


 え? えっと……急になに言ってるの? 僕に戦いを教えるだけの能力があるかの確認ってことは……実際に戦ってみるってこと? ……母さん本気?


「これでも剣を生業とするルクスト家の出身です。体が衰えようとも、剣を振るうことくらいはできます」


 確かに、〝僕〟が最初に剣を教わったのは母さんからだ。剣の握り方、振り方、剣を取る状況……そういった剣にまつわることを教えてくれたのは、母さんだった。

 だから、母さん自身が剣を振ることができるのはおかしなことじゃない。

 けど……ルクスト? 母さんの家名は聞いたことなかったけど、まさかルクストだったなんて……


「ルクスト? どこだっけ? なんか聞いたことがある感じの……」

「剣王六家。あるいは六名家と呼ばれる人間の領土における最大規模の剣の一族です」

「ええ。当主にはなれず家を飛び出した半端者ではあるけれど、魔族の一人二人を斬り殺す程度であれば、できる程度の腕は持っているつもりです」


 当主にはなれずって、母さんは望まない結婚をさせられそうになった、的なことを言ってた気がするけど、なんか複雑な事情がありそうな感じがする?


 まあそのことは一旦おいておくにしても、母さん本当に戦うつもりだ、これ。


 僕は、この戦いを止めるべきなんだろうか? 止めた方がいいよね? だって、母さん体が弱いんだし、戦いなんてやったら倒れるかもしれないもん。


「へえ……いいじゃない。わかったわ。私がやってあげる」


 でも、ダメだこれ。ローナが乗り気だ。母さんも、今からなにを言っても退かないような気配を漂わせてる。


「姉さん!」

「そう怒鳴らないでよ。あんただってわかるでしょ。ここで引くような人間なら、そもそもこんなところまで剣を持ってやってこないってのよ」


 まあ、そうだよね。単なる挨拶や質問のつもりだったら、今まで隠しておいたはずの剣を取り出したり、ルクストなんて家名を教えたりしないよね。


 そんなわけで、母さんとローナの戦いが行われることに決まった。


 ……これは、本当に不味そうだったら、力を隠すとか正体を隠すとか言ってないで、介入するしかないよね。

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