第42話親バレ

 ローナに修行をつけるようになってから三ヶ月が経過した。

 この間なにがあったかっていうと、特になにもなかった。


 いや、あるにはあったんだよ? ミューが商売を始めたとか、ローナが生命力——オドを使えるようになったとか、ロイドとマリーが前より強くなったとか。僕自身も前より成長したし、それによってオドでできることが増えた。


 けど、言っちゃえばそれだけだ。問題らしい問題は起きていないので、特に語る事はないんだよね。


「それじゃあ明日も訓練ってことで、よろしく」

「おう!」

「りょーかいだ!」

「ぬっふっふっ! もうちょっとよ。もうちょっとで先輩二人に追いつけるんだから。なんだったら明日にでも追いつけるかもしれないわね!」


 そんな感じで、僕たちは今日も今日とて森での訓練を終え、街へと帰っていった訳だけど……この三ヶ月で恐ろしいほどに馴染んでるよね、ローナって。なんか、前から一緒にいたみたいな接し方だ。なんていうか、警戒してるのも敵対してるのもバカらしくなってくるんだよね。これはローナの性質っていうか、才能なんだと思う。


「ミュー。肉の販売の方はどうなってるの?」


 三ヶ月前の商売を始めた時っからずっと任せっぱなしになっちゃってるけど、今はどんな感じなんだろう? 最初の頃は頻繁に聞いてたけど、毎回問題なしって返事が返ってくるからそのうち聞かなくなったんだよね。

 悪いとは思ったんだけど、なんか自身に満ちた様子で答えられると、じゃあいいかって安心して任せちゃえるんだよ。いやほんと、悪いとは思ってるんだけどね。


「つつがなく進んでおります。現在は利益も出ていることから、塩を買って干し肉を作ろうかと考えておりますが、いかがいたしましょうか?」

「干し肉? ああ、いいんじゃない? それなら多少多く狩ったとしても無駄は出ないし、自分たちようにある程度確保しておきたいしね」


 前までは大量の塩なんて手に入らなかったけど、今は肉を売ってある程度の資金ができている。それを使えば、今までは生で売るしかなかった肉を加工して売ることができるようになる。つまり、無駄がなくなり新たな需要を満たすことができるということで、さらなる商売の拡大を目指すことができるわけだ。

 そこまで考えて肉の販売を始めた訳じゃないんだけどな……。利益が出てるんだからいいことなんだけどね。


 っていうか、魔族なのに周囲の人たちや他の商人達と揉め事は起こさないし、かと言って遜ってるわけでもないし、ミューって有能すぎない?


「では、そのようにいたしますが、併せまして食料の保管倉庫を手に入れようかと考えておりますが、そちらはいかがいたしましょうか」

「ん……確かに、ここだけじゃ手狭になるか。でも、そんな倉庫なんて用意するお金はあるの?」


 これまでは元々ミュー達が住んでいたボロ屋を拠点として活動してきた。前までは門の前で集合していたロイドとマリーも、今ではこの家に集合するようになってるし、なんだったら中で休憩することもある。

 そこにさらに荷物が、ってなると、狭いどころの話じゃなくて生活スペースなんて取れない状態になるよね。


 ただ、どこか建物を手に入れようとすれば、当然お金がかかる。塩が手に入るようになったからって、そこまでのお金はあるのかな?


「場所を選べばギリギリ、と言ったところでしょう。ですが、倉庫といっても商業用のものでなくても良いのであれば問題なく。干し肉を作って補完するだけでしたら、少し広さのある一般の家で十分ですので」

「あー、そっか。ただそうなると賊やチンピラへの対策が必要になるけど……せっかくだしミュー達にはそっちに住んでもらえばちょうどいいかな。いつまでもこんな荒屋で、っていうのもなんだしね」


 役に立ってくれてるんだし、少しくらいは良い目を見させてあげないとね。


 けど、ミューはそんな僕の言葉に眉を寄せて困った様子を見せた。どうしたんだろう?


「ですが、それだとご主人様よりも良い場所に暮らすことになってしまいます」


 ああ、そんなことか。確かに普通の奴隷と主人だったら、主人の方が良い場所に住むものなんだろうけど、僕たちの場合は関係が特殊だし、僕自身奴隷っていうよりも、次の戦王杯までは絶対に裏切らない仲間って感じで認識してる。

 だから、主人より住む場所がどうしたとか、そんなこと気にしなくて良いのに。


「別にいいんじゃない? 気にしなくていいよそんなの。なんだったら、家の契約時には僕が契約して、二人はそこを利用する、って形にすれば魔族でも家を確保しやすいかな?」

「ではご主人様もそちらで……」

「いや、いいよ僕は。あの家には母さんがいるからね」


 僕だけで引っ越すことはできない。するつもりもない。

 もし僕が新しい場所に引っ越すとしたら、その時は母さも一緒に引っ越す時だ。


「ですが……」

「いいっていってんだからいいのよ」


 こういう時ローナの性格ってありがたいよね。僕の気持ちを汲み取ってなのか、それとも自身の欲望に忠実なのかはわからないところなのが問題だけど。


「じゃあそういうことで。僕はもう帰るよ。これ以上長引いたら心配されるからね」


 というそんなわけで、僕はミューたちとの話し合いを終え、家へと帰ることにした。



「——それで、ディアス? どういうことですか?」


 ……どうしてだろう。家に帰るなり、なんだか怒りの気配を纏った母さんが僕のことを見つめて問いかけてきた。


「え? えっと……何が?」


 母さんが怒っているのは確実なんだけど、なにに怒っているのかさっぱりわからない。何か悪いことしたっけ? してないと思う……んだけどなぁ。多分。


 でもこの怒り方だと、何か大事なことだろう。母さんが怒るような大事なことと言ったら……〝私〟のことだろうか?

 自分の大事な息子に、どこの誰ともわからない存在が混じっていたと分かれば、そんなのは母親として怒るに決まっている。


 もし本当に〝私〟についてだったらどうしようかと考えつつ、僕は母さんの正面に座った。

 そうなれば当然母さんと向かい合うことになるけど……これほど母さんのことが怖いと感じたことはなかった。

 いや、母さんだけじゃない。〝私〟を含めて、僕がこれまで感じてきた恐怖の中で、一番怖いとさえ言えるかもしれない。


 これからなにを話されるのかと戦々恐々としていると、母さんは徐に口を開き、話し始めた。


「今までは見過ごしてきました。あなたも剣の道に携わる者である以上、その力を発揮する場が欲しいと思うのは仕方のないことです。研鑽の相手が欲しいと思うことも当然だと言えるでしょう。だから、私はあなたが森の奥に入って獲物を狩ることに否とは言いません。森の奥といえど、入口付近では気をつけてさえいればどうとでもなりますから。それに、恥ずかしい話ですが私自身あなたの持ってきてくれた食べ物のおかげでこれまでやってこれた面もあります。あなたの成長にとっても、お肉を食べると言うのは重要でしょう。ですから、何も言ってきませんでした」


 これは……もしかして〝私〟のことについてじゃなくて、森で狩りをしている件について、ってこと?


 そうとわかると僕はホッとして小さく息を吐き出してしまった。


 ……あ、だめだ。ちょっと母さんの眼力が強くなった。ほっとして良い話じゃない。

 そりゃそうだよ。怒られてるんだから、どんな話だって安心していいわけがないじゃん。


「ですが、最近のあなたの持ってくる量は異常です。あなたは、いったい何をしているのですか? あれほどの量の肉を確保するのには、森の入り口付近だけでは足りないはずです」


 今までは罠を仕掛けて安全に狩ってた、なんて言い訳をしてたけど、それは数日に一回とか、期間をあけて狩ってた体。

 でも今のように毎日持って返ってきてたらおかしいと思うに決まってるか。


「それから、あなたは最近魔族の者と行動を共にしているようではありませんか。それは、なぜなのですか?」


 真っ直ぐ射抜くような視線を向けられ、僕は母さんの真意を理解した。

 これは、肉を狩るのを咎めているわけじゃない。嘘をついていたことでも、森の奥には入らないって約束を破ったことでもない。ただ、僕の心配をしてくれてるだけなんだ。


 ローナたちと……魔族と一緒にいることを聞いてきたのだって心配しているからだ。だって、魔族は人間の敵だからね。そんな奴らと一緒にいるってなったら、危険があると考えるのも無理はない。というよりも、そう考えるのが普通だろう。そう思ったからこそ、僕だって母さんに内緒にしてたんだし。


「あー……えっと……も、森の奥は、確かに、ちょっと踏み込みすぎたかもしれないけど、でも心配しないでよ! 僕だって結構強くなったし、ま、魔族の人は……あー、ちょっと、その……た、戦い方を教えてもらってたんだよ!」


 けど、心配なのはわかるけど、ローナたちについては正直に話すわけにもいかないんだ。だって、それを話すと僕が強いことがバレるし、それがバレると僕が〝混ざり物〟だってこともバレてしまう。それは怖い。それだけは避けないといけない。


 だから、嘘をつくのは心苦しいし、正直に全てを話してしまいたい気持ちもあるけど、今は誤魔化すことにした。

「戦い方、ですか。魔族が?」

「うん、そうなんだ。向こうにも事情があって、えー、僕に戦い方を教えてくれる代わりに、自分たちに協力してくれって……あっ! そうだ。僕肉体強化ができるんだ! だから、ほら。森の奥に行ったって大丈夫なんだよ!」


 きっと、そう言っておけば母さんも安心してくれると思う。だって、今の世の中では肉体強化ができるだけでもてはやされるような世界なんだから。


「肉体強化? それは身体強化のことですか? ……確かに、それが使えるのであれば森の奥でも、踏み込みすぎなければ問題ないでしょう」

「うん、そうなんd——」

「ですが、その魔族は信じられるのですか? あなたは向こうの事情で協力していると言いましたが、それは危険なんじゃないの?」

「大丈夫だってちゃんと契約もしたし……」

「契約? 契約って、いったいどんなことを……?」


 安心させようと思って言った言葉だけど、どうやら母さんは余計に心配になったようだ。

 そりゃそうだよね。子供が親抜きで魔族と契約をしたとなれば、心配になるに決まってるって。失敗した……。


「一回会うことはできないかしら?」

「会うって、母さんが?」

「ええ。ダメなの?」

「いや、ダメっていうか……」


 あんまり会わせたくない。けど会わせないわけにはいかないだろうし、せめて母さんとローナたちを会わせる前に二人と打ち合わせをしておきたい。僕が強いんだ、とか僕|に(・)戦い方を教えてもらってるんだ、とか余計なことを言わないように。


「わかったよ。それじゃあ明日予定を聞いて——」

「いえ、今から行きましょう」

「はえ? ……い、今からって……今から?」

「ええ。失礼なのは承知だけれど、日をおいたら口裏を合わせるかもしれないでしょ? あなたがどうというよりも、魔族があなたのことを脅すことは十分に考えられるもの」


 けど、そんな僕の浅い考えは、母さんによって潰されることとなった。


「大丈夫なんでしょう? ね?」


 ダメかもしれない……。

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