第39話オドの危険性

「死ぬ!? まじかよ!?」


 オド……生命力を使い過ぎれば死ぬ可能性があると聞いてロイドが驚きに目を見開いている。

 確かに、その可能性はあるね。だって『生命力』だし。消費すればその分死に近づくのは当然でしょ?


「はい。実際、魔族では生命力を使って戦い、死んだ者がいます。死なずとも、他者よりもはるかに短い年齢で寿命を迎えた者も……ですが、姉さん。本当ですか?」

「本当って、こいつらがオドを使ってるってこと?」

「はい。あれは特定の状況下においての使用以外禁じられているはずですよ」

「でも、それって私達のルールで、でしょ? こいつら魔族じゃないじゃん」

「それは、そうですが……」


 ローナは納得してるみたいだけど、ミューは僕たちが生命力を使っていることに不満があるようで眉を顰めている。

 まあ、普通なら仲間が生命力を使って戦ってるなんて知ったら心中穏やかではいられないだろうし、ミュー達の場合は尚更だ。だって、これで僕たちが死んだらミュー達の立場は元通りの〝身寄りのない魔族〟になってしまうんだから。


「な、なあディアス! 死ぬってどう言うことだよ!」

「あたしらにそんなもん教えたのか!?」


 あれ? 最初に教えたでしょ? 生命力を使うんだから失敗したら死ぬよ、って。二人はそれを納得してたと思ったんだけど……あ、でも失敗しなければ大丈夫とか思ったのかな? それなのにミューから死ぬよって話を聞いて驚いた、って感じかな?


 でも、そんなに驚く事じゃないのに。ミューの話も嘘じゃないけど、全部が全部その通りってわけでもないんだしさ。


「落ち着いてよ。そんなわけないでしょ」

「でもっ——」

「はっ!!」


 落ち着いてと言っても尚も騒ごうとしていたロイドとマリーだったけど、このままじゃ何を言ったところで落ち着かないなと判断して、ちょっとだけ力を解放して強制的に黙らせることにした。


「「「「っ!!」」」」

「落ち着いて、人の話を聞こうね。わかった?」

「あ、ああ……」


 僕にとってはちょっとでも、他の四人にとっては絶望的なくらいの強大なもの思えるだろう力にさらされたことで、ロイドもマリーもそれ以上騒ぐ事なく大人しく話を聞いてくれることになった。


「生命力を使って何かを為した場合、死んでしまうって言うのは間違いじゃないよ。でも、それが全てじゃない」


 生命力は、文字通り生命の根源である力。生き物を生き物たらしめる純粋で凄まじい力。それがなければ生き物は単なる〝モノ〟でしかない。

 だから、そんな純粋な力を使うことができれば大幅に戦力強化をすることができるけど、使い過ぎれば死んでしまう。それは間違いじゃない。


「生命力を使って死んでしまうのは、ちゃんと制御ができてないからだよ」


 そう。生命力の使いすぎで死んでしまったり寿命が短くなるのは、生命力の扱い方を知らず、無駄に消費……いや、浪費していれば、当然のことだ。しっかりと制御することができていれば、生命力だってちゃんと回復するし便利な力の一つでしかない。


 でも、今聞いた感じだと魔族では生命力の使用を禁止してるのか。でも剣王時代は魔族側にも生命力を使う相手っていた気がするんだけどなぁ……。


「ミュー、それからレーネ。聞くけど、君たちが生命力……オドを使うのってどんな時?」


 禁止されてるってことは、普段使いをする人はいないってことなんだろうけど、全く使わないってわけでもないみたいなんだよね。じゃあどんな時に使うんだろう? 奴隷になる時に使ってたし、そういう特殊な時だけどか?


「自力じゃどうしても勝てない相手に勝ちたくって力を求めた時、とかじゃない?」

「そうですね。死力を尽くし、最後の一欠片まで使い切ってでも勝ちたいと戦いに臨んだ時でしょうか。あとは……奴隷契約も一応はその区分に入るかと」

「ああ、やっぱりあれは生命力に干渉してるんだ」

「どちらかというと、その根源である魂の方にでしょうか。私は研究者ではないので詳しくはありませんが……」

「ああ、うん。おおよそはわかってるから大丈夫だよ」


 僕とミュー達が行った奴隷契約は、生命力を利用してその根源である魂を縛る術だ。昔、似たようなことをしてる人がいたなぁ。自身に制限をかけることで、他の出力を高めるって技法。汎用性がなくなるけど特定の分野においては絶大な力を発揮したものだけど、多分それの応用かな? 能力に関する部分を縛ってるわけじゃないから、縛られた側が強化されるわけではないんだけどね。


「で、話を戻すけど、要約すると、生命力は普段は使わず、緊急時だけ力を求めるために使う、で合ってるかな?」

「はい」

「まーそうねー。そんな感じでいいんじゃない?」

「それってさ、随分と都合が良くないかな?」


 生命力は下手に使えば死んでしまうから、魔族では禁止されてるっていうのは理解できる。

 でも必要になったら生命力を使うこともあるなんて、そんなので使いこなせるわけないじゃん。その結果使ったら死んでしまうから使用禁止、なんて悪循環でしかない。


「普段から使わずにいて、触れないどころか見もしない。そもそも意識に乗せることすらしない。それなのに必要な時だけ力を吸い上げれば、どこかに無理が生じるに決まってるでしょ。自分がそんなことされたら、頭に来ない?」


 僕がそんなことをされたら、絶対に不満に思うに決まってる。生命力はただの強大な力、ってだけじゃないんだから。


「たとえるなら、寝たきりの人を無理やり起こして剣を持たせて戦わせたとして、まともに戦えるのかってのと同じようなものだよ。今まで一度も外に出してない上に鍛えさせたこともない。そんな者を使ったとしても、死なないように死力を尽くして戦うことはできても、その後に待ってるのは死だよ。一時的に力を増すことはできても、そこから先がないのは当たり前じゃない?」


 実を言うと、生命力は意思を持っている。僕の場合であれば、僕自身の意思と、僕の生命力の意思の二つが僕の体に宿っていることになる。

 生命力の意思と言っても、はっきりとした自我があるわけじゃないけど、それでも喜怒哀楽を感じる程度にはあるのだ。なんたって、〝生き物の根源たる力〟だよ? 生き物を生き物たらしめる力なんだから、それ自体を生き物としての能力を持っていてもおかしくないでしょ。


 だから、怠けさせていれば怠けるし、無理やり働かせれば嫌悪感を抱きもする。

 そして、そんな悪意に塗れた力を全身に巡らせれば、そんなのは結果なんて分かりきってる。


「けど、普段から鍛えていれば、そうはならない。それまで鍛えてきた兵士が戦いに臨んだところで、そう簡単には死なないでしょ? それと同じだよ。普段から使っているかどうか。そもそも使い方を知っているかどうかで変わるんだ。何も知らない素人が使えば死んで、ちゃんと学んだ玄人が使えば便利な力になる。そういうものだよ」


 ロイドとマリーに教えたのは、当然ながら死ななくてもいい、自身の生命力から嫌われない方法だ。生命力だって、死にたいわけじゃないんだ。だから、体を水で冷やしてゆっくりと死に近づけることで、二人の意思と、二人に宿っている生命力の意思を『生きたい』という一つの願いにする。


 そうすることで、二人と二人の宿している生命力は、一つの困難と戦って生き抜いた戦友となる。だからいきなり動かしても許してくれるし、その後も訓練を続ければ力を貸してくれる。


 今の二人の生命力は、二人のことを認めてるから多少の無茶をやらかそうとも付き合ってくれるような状態にまでなっている。ここまでになれば、よっぽど無茶な使い方をして生命力を使い尽くさない限り、死ぬ事はない。生命力の使いすぎで倒れたとしても、しばらくすれば回復してくれる。


「二人にはちゃんと死なないやり方で教えてる。だから、死ぬことはないよ」

「……だ、だよな! やっぱディアスがそんなことするわけねえもんな!」

「あたしらは信じてたぜ!」


 いや、さっきまで怒鳴ってたじゃん。絶対に信じてなかったでしょ。


「まったく、調子がいいんだから。でも、一つ言っておくけど、調子に乗って使ってれば、その時は本当に死ぬからね」

「「え……」」

「当たり前でしょ。さっきミューが言ったように生物を生物たらしめる力なんだ。そんな力を使いすぎて空っぽになったら、普通に死ぬよ」

「ど、どうすりゃいいんだよ!?」

「どうって、普通に休めばいいじゃん。僕が言ってるのは、ただ使い過ぎるなってことなんだから。使うなってわけじゃないんだから、気をつけてればそれでいいんだよ」


 使っても回復するけど、限度はある。それこそ、さっきミュー達が言ったように、どうしても勝ちたくって力が必要な時に限界を超えた力を、なんて願って使えば、本当に限界を超えて戦えるけど、その時はいくら生命力の使い方を知ってたとしても死ぬことになる。……かもしれない。運が良ければ生き残るかもね。


「あとは、一応補充の方法もあるけど、それはまだね。もっとちゃんと鍛えてから教えてあげるよ。今やっても悪い結果にしかならないだろうからさ」


 悪い結果っていうのは、結果から言っちゃえば吸血鬼になるってこと。あれって、生命力を使っても回復できなかったから外部から補充することにした集団なんだよね。それが長く続いたせいで種族としてそう言う方向に進化してしまったってだけ。


「補充、ですか……。それは魔族の——」

「しっ。今はまだ、秘密でいてよ。二人はまだ〝それ〟を知らなくていい」

「……かしこまりました」


 はっきり言わなくってもミューは理解したようだけど、吸血鬼のことはまだ二人に言わなくてもいい。まだ知る必要がないし、下手に知れば臆して成長が止まってしまうかも知れないから。


「んでさあ、それって結局、私も使えるようになるってこと? 修行すればいいんでしょ?」

「まあ、できるようになるんじゃない? 今まで魔力を使ってたってことだから、ちょっと感覚の違いに手間取るかもしれないけどね」

「いよっし! なんとしても覚えてやるわ! 待ってなさい、先輩二人! あたしがズズンと突き進んで追い越してあげるわ!」

「へっ! 戦いじゃ負けたけど、【力】の使い方は俺達の方が鍛えてんだよ! そんなすぐに抜かされてたまるかってんだ!」


 ローナはセンスがあるし、元々戦いを生業にしてた人だから生命力の扱いさえ覚えちゃえばロイドとマリーのことは抜かしちゃうと思う。

 けど、それもまた経験だよね。抜かされて悔しいって思うからこそ、人は成長できるものだし。


 それにしても……う〜ん。僕たちは生命力ってことを隠して【力】って呼んでたけど、それだけだとちょっと分かりづらいし、次からオドって呼ぶことにしようかな? っていうか、そっちの方がなんかかっこいい気がするし。

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