第38話一ヶ月後の生活

 ローナ達を奴隷として受け入れてから一ヶ月後。いまだに商売は始められていないわけだけど、ようやく事態が進みそうな日がやってきた。


「ご主人様。昨日肉の販売許可がおりました」

「本当に一ヶ月もかかったんだね」

「これでも早い方ではないかと」


 これで早いの? 一ヶ月が経つのにまだかかるんだ、なんて思ってたのに。

 でも、役人仕事ってそんなものかな。剣王時代でも無駄に時間がかかることってあったよね。たいていの事は剣王ってだけでサクッと進められたんだけど、たまーに時間がかかることがあったんだよね。


「そう? まあそうかな」


 それを考えると、魔族なんだし一ヶ月ってのは早い方なのかな?


「でもよお、ならもう肉狩ってもいいんだよな!」


 今までは数日に一回くらいの頻度でしか狩ってこなかった。肉が余った場合に処分するのは嫌だからね。周りの人たちのやっかみもあるし。


 だから今日までは修行はしつつもあんまり狩りの方はしてこなかった。でも、商売をすることができるようになったんだったら、狩りをすることも問題なくなったことになる。


「はい。ですが一気に狩りすぎるのはやめてください。生態系が崩れる可能性は十分に考えられますので」

「せいたいけい? あー……わかった!」

「絶対わかってないやつだろ、それ。まあロイドはバカだからなぁ」

「うっせえ! マリーだってわかってねえだろ!」

「でもあたしは知ったかぶりなんてしてねえし」


 ロイドとマリーがいつものように楽しそうに話してるけど、楽しそうでなによりだ。この一ヶ月でミューも馴染むようになったし、よかったよかった。


「基本的にはご主人様のご指示に従っていただければ問題ないかと」

「気をつけるよ。変に環境を変えたくないし、そのせいで森の奥にいくことにでもなれば、母さんが心配するからね」


 あくまでも修行がメインで、お肉を狩るのはついでなんだから変に環境を壊したくはない。

 一ヶ所の環境が変わると他にも影響が出るかもしれないし、そうなると他の子供達が何かしらの被害が出るかもしれない。僕たちのせいでそんなことになるのは嫌だから、あんまり狩りすぎるのは良くないよね。


「なんにしても、明日からは本格的に戦いの訓練をすることができるわけだけど……ミューはどうする?」

「私はこちらで仕事をさせていただこうかと。肉を売る許可が出たといえど、まだ場所も何も決まっておりませんので。明日狩ってくるとなれば、準備のために動かなければなりません」


 そういえばそうだった。商売の許可が出たって言っても、まだ許可が出ただけで出店場所も何も決まってない。

 一応、市場で出店としてやるつもりではいたけど、許可証がないと場所を取ることもできないし前もって準備しておく事はできなかった。

 なので許可が出たこれからさらに手続きとか準備とかしていくことになるわけなんだけど……流石に許可をもらってすぐに、ってわけにはいかないよね?


「あー……もしかしてもっと時間を空けた方がいい?」

「いえ、問題ありません。まだ本決まりではありませんが、事前に話は通してありますので。あとは許可証を見せればそれだけで場所は取れます。ですので、流石に今日からは難しいですが、明日からでしたら問題なく商売を始めることができます」


 あ、そうなの? 許可がない状態だった上に、ミューは魔族なのによくそこまで話進められたね。


「うちの妹はとってもゆうしゅーなんだから! その辺のことは任せといてだいじょぶよ。なんたって今まで私のなんかあれこれの手続きとか、全部やってくれてたんだし!」


 胸を張って自慢してるローナだけど、それって自慢することじゃないよね。だって、自分じゃ何もやってこなかったって言ってるようなもんだし。


「……なんだか、やけに説得力のある言葉だね」

「でしょ!」


 これ、僕の皮肉をわかってないよね? はあ……


「なあディアス。こいつわかってないぞ」

「しゃーないんじゃね? だってバカだし」

「バカじゃなーい! なんで急に私がバカだって話になってるわけ!?」

「それが分からないからバカなんだろ」

「ムキーーー!」


 なんかバカっぽいなぁ。ローナの場合、戦闘に関しては頭が回るんだけど、なんでかそれ以外だと急にバカになるんだよね。全才能を戦闘に集中させでもしたのかな?


「ミュー。手間をかけるけど、よろしくね」

「はい。かしこまりました」


 今日の明日で大変だろうけど、他の人達からの面倒を解決するためなら早い方がいいよね。まあ、数日の違いで何が変わるってものでもないかもしれないけどさ。


「そう言うわけだから、二人とも明日からお肉を確保しにいくよ」

「よっしゃ!」

「任せろよ!」


 そうは言っても、メインは修行だけどね。


「ねえねえねえ。二人って、私は? 私はどうなの? どうするの? 私も一緒に行ってもいいのよね? ね?」


 ローナ? ローナは……別にいなくても良いんだけどな。やることもないし……


「いいけど、基本は見てるだけだよ」

「えー」

「えー、じゃないよ。ローナが動いたら狩りなんてすぐに終わっちゃうじゃないのさ」

「まあ、私ってば優秀だしね!」

「はいはい。その優秀なローナさんは後輩のためにも大人しくしててよね」

「うーん。まあ、仕方ないっかなぁ」


 それに、いたらいたでうるさそうなんだよね。だって、やることなければ暇になって話しかけてくるでしょ。


「あ、でも、せっかくだったら私にも稽古つけてちょ」

「ローナに稽古? 必要?」

「いやいや、私との勝負を一瞬で終わらせといて何言ってんのよ。まだまだ自分が弱いってわかってて、自分よりも強い味方がいるんだから、教えて欲しいって言うのは当然じゃない?」

「んー……まあ、そっか」


 せっかく仲間になったんだし、教えてあげても良いとは思う。奴隷だから他の人に無闇に広めるようなこともできないしね。

 でも、一応魔族なんだよなぁ。それに、次の戦王杯の時に敵に回るかもしれない。その時に僕が教えたことで人間に損害を与えられると困るんだよね。僕が教えたことを魔族達に教えられるかもしれないし。

 だから利敵行為になるからあんまりやりたくないんだけど……


「いいよ。教えてあげる」


 強くなったところでたいしたことないし、いいか。敵に回ったら僕が自分で処理すればそれでおしまいだ。


 ローナがもし他の人に僕が教えたことを教えた場合、大変なことになるかもしれないけど、それだって僕が剣王だった時代に戻るだけだ。あの頃は、魔族だって剣士の存在は知ってたし、魔族にも剣士はいたんだから。

 それにそもそも、ローナに何かを他人に教えることができるとは思えない。仮に教えられたとしても、多分本質まで伝える事はできないと思う。


「いやっほーい! これで私はもっと強くなれるわ! 私達のことバカにしたアホマヌケどもをボッコボッコにしてやるんだから!」

「でも、そのアホマヌケってあんたの知り合いってことは魔族じゃないのか? だったらボコすのって十年後になるだろ」


 正確には十年後じゃなくって次の戦王杯の時だから八年後くらいだけど、だいぶ後だってのは変わらないよね。


「いいのよ。いつまで経っても恨みってのは消えないもんなんだから。消えてたとしても思い出してボコすからいいの。思い出せなかったら適当な理由つけてぶん殴ってやるわ!」

「それ単なるチンピラじゃね?」

「元からそんなもんだろ」


 うん、まあ、そうだね。

 でも、そうだなぁ。せっかく仲良くなったんだし、できることなら殺したくはないよね。だから、一つだけ忠告しておこうかな。


「ただし、一つだけ気をつけてね。もし僕の許可なく僕が教えたことを他の人に教えたら、その時は残念だけど一生さよならすることになるから」


 この言葉だけでどれだけ意味があるかわからないけど、それでも何も言わないよりはマシだと思う。ミューなんかは僕に敵対する事はないと思う。まあ、一応二人も魔王軍だし、どうなるかわからないけど。命令されたら従わないといけないだろうし。


「あ、うん。ま、まあだいじょぶっしょ。だいじょぶだいじょぶ」


 ローナはさっきまでのお気楽そうな雰囲気を消して、引き攣った表情で頷いた。

 脅すようで悪いけど、この感じだったら大丈夫かな? 大丈夫だといいな。


「あ。でさ、修行始める前に聞いておきたいんだけど、いい?」

「まあ、聞くだけなら? 何を聞きたいのか知らないからなんとも言えないよ」

「ま、そうよねー。んじゃあ聞くけどお……なんで身体強化をする時に『オド』を使ってるの?」

「おど……?」


 ローナの表情や雰囲気的に重要なことを聞いてるっぽいんだけど……『オド』ってなに?


「あれ、知らない?」

「知らないかな。多分だけど、魔族特有の言い方なんじゃない?」

「あ、そうかも。それじゃあ、えーっと……なんだろ?」


 ローナが言い淀んでいると、ミューも普段よりも硬い表情で話し始めた。


「オドとは、生命力のことです。生物が生きるために必要な力。それが尽きれば生物は生物足り得ない。簡単に言えば、使えば死にます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る