第37話一瞬の決着
「くそっ……」
「今の所の能力だけなら、ロイドの方が上だよ」
ロイドもマリーも、普通の子供に比べれば随分と強い。大人と比べてもなかなかの力を持っていると思う。
むしろ、能力を数字で表した場合、ロイドの方がマリーを上回っている部分が多いだろう。だからそう悔しがることもない。……なんて言っても、多分ロイドは納得しないだろうね。
「……でも、俺はあんなに戦えなかった」
「そうだね。だから、力の使い方、戦い方を考えるといいよ。ただ力が強くなっただけじゃ、より強いやつに叩き潰されて終わりだ。でも、効果的に使えば、相手より弱くても倒すことができる」
ただ突っ込んでくるだけの敵なら、格上だったとしても倒すことができる。それなのに自分の方が格下だっていうんだったら、ただ突っ込んでいくだけで倒そうとするなんて尚更無理な話だ。
だから、考えなくちゃいけない。戦う前に、戦っている間に、敵は、自分はどう動くのかってことを。
どこでどんな攻撃を仕掛け、どこで力を抜いて、どこで勝負に出るのか。それを考えないでただ闇雲に攻撃するだけなら、今後どれだけ鍛えたとしても、弱いままで終わることになる。
「強くなりたいんだったら、自分の力を理解するところから始めるといいよ。自分の体はどう動くのか。どう動かすとどこに力が入るのか。どこに力を込めるとより高い効果を出すことができるのか。それらを知れば、知らない奴よりも強くなれる。考えながら動けば、考えていない奴よりも強くなれる」
「……」
ロイドは黙り込んでしまったけど、その表情は何かを考えている真剣なものだ。これなら、きっとこれ以上何も言わなくってもロイド自身で考えてくれるだろう。ロイドだって、バカで単純な道を選ぶことが多いけど頭が悪いわけじゃないんだから。
「お疲れ様。どうだった?」
「にゃっはっはっ! いやー、やっぱし強いわね。この辺だとそこそこ上位に入るんじゃにゃーい?」
戻ってきたローナに声をかけたけど、やけに楽しそうだね。そんなに戦えたことが楽しかったの? もしくはロイド達が思っていた以上に動けたから?
「まあ、魔族が強いって言っても全員が肉体強化を使えるわけじゃないしね。……っていうか、その語尾やめたんじゃないの?」
「んー? やめてみたんだけどね? なーんか結構しっくりくる感じなのよねー。だから気に入っちゃったのよ」
猫だからか。気に入ったんだったら、まあ……いいんだけどさ。でも、できることなら人前でその話し方はやめてほしいかな。だってバカっぽく見えるし、一緒にいる僕たちまでバカっぽく思われたら嫌だもん。
まあそれはそれとして、だ。今日ここでロイド達と戦ってもらった目的は果たせたかな?
「それで、どう? 今後獲物を取るために森の奥に入るけど、二人と一緒にやっていけそう?」
「そりゃもちろんよ。獲物を取るだけなら私一人でも問題ないって言えばないんだけど、楽になることは確かよね。それに、メインは二人の修行なんでしょ?」
「まあそうだね。肉も欲しいけど、どっちかって言うと商売の方はついでだよ」
肉は最悪自分たちで食べる分だけあれば問題ない。あくまでも商売なんてのは、余った肉の処理方法としてだったり、近所に住んでいる人たちからのやっかみや不満を減らすための措置だ。近所の人たちの対処に追われて修行が疎かになるくらいだったら、近所の人たちなんて無視していい。
まあ、そうは言ってもロイド達は他に家族がいるから難しいところではあるんだけどね。
でも、一番に修行のことを考えるって方針は変えるつもりはない。
「そんじゃあ私はあんまし手を出さないで見てればいいのね」
「うん。お願いね。と言っても、基本的には僕も一緒にいるだろうから、ローナには僕がいない時に頼むことになると思う。君の仕事は、基本的に売る方を頼みたいからね」
「おっけおっけ。りょーかいよ、ご主人様」
さて、それじゃあ確認も終わったし、そろそろ適当に何か獲物でも狩って街に帰ろうか。
「なあ、ディアスとローナは戦わないのか?」
なんて思っていたところに、マリーが声をかけてきた。
「僕?」
「えー、そんなのやる意味ないっしょ。ふっつーに私が負けるし」
「戦ってないのになんで断言できるんだ? もしかしたら、ディアスが弱いかもしんねえじゃん——」
「わかるわよ」
「え……?」
さっきまで考え事をしていたロイドも気になったのか問いかけてきたけど、今までのようなおちゃらけた態度ではなく断言するような口調で返され、質問したロイドが困惑した様子を見せている。
「わかるの。それなりに力を持ってる奴ってのはね、自分よりも強い奴ってのがわかるもんなのよ。っていうか、あんたたちだってできるでしょ? そこらへんのチンピラは自分よりも弱いのか、それとも逃げなくちゃいけない強い相手なのか、って判断が」
「まあ、そりゃあな。できなきゃやばいし……」
だよね。あんなスラムと言ってもいいような場所では、自分よりも強い相手、強いけど逃げられる相手、弱い相手、っていうのを見極められないと、生きていくことすらままならない。だから、武芸を学んでいない子供達であっても、自分を害しうる強者というのは区別できるものだ。
「それと同じよ。ただ、本当に強い奴ってのは、力を隠すのが上手いのよね。それと、あんまりにも強すぎて自分との差が分かってない状態になっちゃうもんなのよ。あんたたちみたいにね。こっから街までそれなりに距離があるけど、隣町や王都までどれくらい距離があるかわかんないでしょ? それと同じようなもんよ。遠い遠いとは言っても、それが具体的にどれくらい遠いのかはわかってないのがあんたたちよ。地図でもあれば簡単にはわかるかもしれないけど、そんな基準とか目安になるものもないっぽいしねー」
お、なかなか良い喩えだね。そう。ロイド達は、強さの基準っていうものがないんだ。何せ、知ってる敵って言ったら魔族三人組か、ここで戦った魔物や動物達。あとは僕くらいか。
だから、どこまでが普通で、どこからが強いのか。強いにしてもどの程度強いのか。そういったことがさっぱりわからない状態だ。
簡単に言えば、経験不足だね。
「……でもよお……あんたも言ったけど、俺はわかってねえから、実際にどんくらい強えのか見てえよ」
「えー……」
「いいよ。やろうか」
「えー!」
「大丈夫だって、時間は取らせないから」
「いや、それって一瞬で終わっちゃうってことじゃないの……」
ローナは肩を落としているけど、僕としてはこの際だし強いっていうことには果てがないってことを教えておきたい。
自分たちよりも強いローナが僕に負ければ、きっと二人の中で多少なりとも強さの基準ってものを作る助けになると思うからね。
まあ、そうは言ってももしローナが勝ったら僕の考えも潰れることになるんだけど……そんなことないから安心だね。
「まあこっちは弟子を倒されてるんだから、その敵討ちだと思ってよ。それに、奴隷でしょ? ご主人様の命令は絶対なんじゃないの?」
ローナとしては負けが決まってる戦いに挑まないといけないんだから不満はあると思う。でも、これも仕事だと思って頑張って。
「はー……いきなり命令とか、やんなっちゃうわ。どうせならもっと色っぽい命令の方が良かったんだけど?」
「そう言わないで、ローナの有能さを見せてよ。奴隷として、最初のアピールは重要じゃない?」
「うにゅむー……はあ。仕方ないわ——ね!」
開始の宣言をする前に、ローナが目にも止まらない速さで僕に接近し、その剥き出しの脚で鋭く、重い蹴りを放ってきた。しかも、その蹴りは僕の頭部を狙っていて、防いでなければ僕みたいな子供なんて簡単に死ぬような一撃だ。
お願いしたのはこっちだけど、一応ご主人様なんだし加減の一つでもあっても良いんじゃない? なんて思わなくもないけど、まあ対応できるからいっか。ローナもそう思ったからこそこんな蹴りを放ってきたんだろうし。
「ぐえっ——!」
「速いし重いし、何より迷いがない。いい脚だね」
今の動きがロイド達に見えたかはわからないけど、実際の時間としては本当に一瞬の動きだっただろうね。
言葉にして説明すると、僕の頭目掛けて放たれた蹴りを掴んで逸らし、その脚をくりんと捻ってローナの体を回転させて中に浮かせた。
そして無防備に晒された腹部に手を当て、ロイドがやられたのと同じように思い切り地面に叩きつけたのだ。
「う、ぐ……一瞬で倒しておいて何言ってんのよ。受け止めることさえしてくれてないのに……」
「え? だって受け止めたら痛いじゃないか。強化してたとしても、衝撃は来るんだからさ」
身体強化で世界と自分を切り離したとしても、全く攻撃の意味がないわけじゃない。ちょっとした衝撃はあるんだし、受け止めたくないに決まってるじゃん。
それに、一応僕は二人の師匠なんだし、弟子がやられたことは返してあげないと。
「と言うわけで、みんなそれぞれの実力がわかったようだし、今日はここまでにしておこうか」
そうして僕たちは今日の目的を終え、道中で獲物を一体狩り、山菜類も採りつつ家へと帰っていった。
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