第36話ローナVSロイド&マリー
実力を確かめると言っても、今日はすでに一度門の外に出て帰ってきている。
行き来だけでも時間がかかるし、ここでもそれなりに長い時間話をした。
なので、今日これからまた移動して戦うとなれば、結構な時間になる。戦いが長引けば、僕たちが街の外にいる状態で門が閉まってしまうかもしれない。
そう思って明日戦うことを提案したんだけど……
「いやー、あんたならともかくとして、こんなちみっこどもなら二人相手にしたところで負けっこないし、そっこーで終わらせたげるからだいじょーび!」
と、なかなかに挑発的なことを言ったアホがいたので、今日のうちに戦うことになった。
というか、ロイドの方が挑発に乗ってしまい、収まりがつかなかったのだから仕方ない。これで明日にしましょう、なんて言ったらロイドが不機嫌で仕方ないだろうし。
そんなわけでやってきました本日二度目の森。
「うっし。そんじゃあやるぞ! ローナはディアスの奴隷になったかもしれねえけど、負けたら俺のパシリだかんな」
「ぬっふっふ〜ん。あんたも強いことは強いんだろうけどぉ……ま、所詮人間の子供としては、ってところなのよね〜。私の方が強いんだってことを理解しときんしゃい」
最初はロイドとローナが戦うことになったんだけど、なんか一触即発って感じの雰囲気だなぁ。まあ、お互いに自分の能力に自信があるんだし、わからなくもないけど。
「喧嘩もほどほどにね。対立していても、戦いが終わったら仲間ってことでよろしく」
「わかってんぜ」
「そーそー。第一、喧嘩って感じになる程実力が並んでるわけでもないしねー」
だからそういう挑発をやめてよって……まあ、いいや。いや、よくはないけど、さっさと話を進めて終わらせよう。どうせ、戦い自体はすぐに終わるだろうし。
「マリーはなんか言うこととかないの?」
「ん? あー、別にあたしはそこまで戦いたいわけじゃねえし」
あれ、そうなの? マリーは勝ち気な性格してるし、ロイドとおんなじように騒ぐタイプだからこういう時には戦意が高まるものかと思ったんだけどな。
「そうなんだ」
「ああ。それに、どうせこの後戦うんだから、どっちが強いかなんてそん時に叩き潰して確かめればいいだけじゃんか」
「……そっか」
ふふ。うん、そうだね。何を言われたとしても、叩き潰せば全部解決だ。マリーはよくわかってるじゃないか。むしろ、わかってなかったのは僕か。口で戦うんじゃなくって、自身の腕で戦うのが剣士だったよ。自身の想いをかけて戦うことなんてしばらくなかったから、すっかり忘れてた。
「それじゃあ、始めるよー。準備は?」
「ようやくか。いつでもいいぜ」
「こっちもおっけーよー」
そこそこに距離をあけたロイドとローナが対峙し、それを僕とマリーで観戦する。あ、ちなみにミューは家に残ってる。いくらメイド服で魔族であることを誤魔化してるって言っても限度があるし、動く必要がない時はあまり外に出ない方がいいだろうってことで今回の同行はしなかった。
これで商売をするようになったら外に出ることも多くなるだろうけど、その影響でもうちょっと自由に動き回れる環境が出来上がればいいな。まあ、それには結構な時間がかかると思うけど。
それはそれとして、向かい合っているロイドとローナだけど、どっちも武器は持っていない。元々武器って言えるほどのものを僕たちが持っていないのもそうだけど、一応これ殺し合いじゃなくって実力確認だからね。相手を殺すための〝武器〟は無しってことにした。
「じゃあカウント3、2、1——始め!」
「やああああ!」
僕の合図からわずかに間を置いて睨み合いになるかと思った瞬間に走り出したロイド。その肉体強化の精度は以前に比べたらだいぶ強化されており、なかなかのものになっている。
多分あれだと、五倍くらい? かかった時間も、一秒くらい。あとはどれくらい維持してられるかだけど、今のところはそれなりのものだと思う。少なくとも、同年代に比べれば圧倒的に強いだろう。
ただ、惜しむらくはあれが肉体強化だってこと。もう身体強化を教えてるんだから、そっちを使ってくれてもいいのに。
まあ、まだ不安定だから実戦では使い物にならないと考えたのだと思うけど。
「おっほっほー。なかなかのもんじゃない」
けど、そうして強化した体で近寄り、殴りかかってきたロイドの拳を、ローナは片手で軽く受け止めた。
やっぱり、ローナって結構強いね。あれ、多分だけど強化してないでしょ。
まだロイドが子供だっていうことを考えても、五倍の強化をなんの補助も無しに受け止めたんだから、ただ力があるってだけじゃなくて技術もある。
「余裕こいてられんのも今のうちだぜ!」
「余裕こいてるんじゃなくって、マジで本当に余裕なのよ。それが嘘じゃないってことを——」
殴りかかった手を掴まれたまま、ロイドは空中で体を捻って体勢を変え、ローナの頭に蹴りを繰り出した。
そして蹴りと同時に空いている逆の拳でローナのお腹に攻撃を放った。
けど……
「証明してあげる」
上下同時の攻撃は、普通なら対処が難しいものだっただろう。けど、ローナは特に苦とすることもなくロイドの攻撃を捌き、掴んでいたロイドの手を離してからロイドの腹部に手を当て、そのまま地面に叩きつけた。
「はい、しゅーりょー。やっぱり、あんたなかなかのもんだったわよ」
「く、そっ……」
地面で横になりながらお腹を抑えて苦しそうにしているロイドと、余裕そうだけど楽しげな笑みを浮かべているローナ。やっぱりこうなったかぁ。
正直、最初っからこの結果はわかっていた。だって、ローナが強いのなんてわかってたし。そしてその強さがロイド達以上だってこともわかってた。
だから、ローナが遊んだり油断したりしていない限り、ロイドが負けることは確定していた。
ただ、ここまで遊びがないってのもちょっと驚きだ。これまでみたローナの性格からすると、もう少し遊んでもいいと思ったんだけどな。いや、ロイドに先手を譲ったんだし、これでも遊んでる方か。
「じゃあ次はあたしの番だな」
と、ロイドが倒されたにもかかわらず、ためらうことなくマリーが前に出て行った。
「んへ? んー。相方の心配はしてあげないの?」
「だって死んでねえんだろ? だったらいいじゃん。死んでなければ生きてるってことだし、怪我をしてても生きてればそれだけで儲けもんだろ?」
マリーの言葉に、一瞬だけ目を見張ったローナだったけど、すぐに楽しげな笑みを浮かべた。
「……にゅふっ。……さっきの子供より、強くなれるんじゃない? ま、私よりは弱いけどねー」
「かもな。でも、あんたとあたし、どっちが強いかなんて……」
一旦そこで言葉を止めたマリーだったけど、一度深呼吸を挟むと、その直後走り出した。
「ぶっ倒れてから決めればいいんだよ!」
なんとも男前な考え方……。でもまあ、間違いでもないかな。
「ちょっとー。開始の合図まだなんだけどー?」
「へっ! あたしはあんたよりも格下なんだ。格下が上を落とすには、バカみたいに始まりを待ってるわけにはいかねえだろ!」
それも道理だ。これは正式な試合ってわけでもないし、明確にルールが決まってるわけでもない。まあそうは言っても反則ギリギリのところだけど、勝つためになんでもするっていうのは好ましいと思う。少なくとも、騎士道だなんだ、誇りだなんだって言って負ける奴らよりは全然好感が持てる。
勝負なんて結局は命の奪い合いだ。負けたらどれだけかっこ良くっても意味なんてないんだから、何をしてでも勝ちを狙いに行くべきでしょ。
「肉体強化は当然使う。でも——」
ローナに殴りかかったマリーだけど、ロイドのように思い一撃を加えるのではなく、ローナの周りでちょろちょろと動きながら捕まらないように攻撃を加えていくというスタイルで戦っている。
そのおかげか、ロイドの時のように一瞬で終わることはなく、なんだったら少しくらいなら話す余裕さえあるようだ。
「それ以外も使う。卑怯でも卑劣でも、勝てば正義で、死ねば負けだろ! ——ぺっ!」
「んにゃっ!? きちゃない!」
肉体強化をしての唾か。毒霧とは少し違うが、打ち合いの最中にそんなことをやられたら驚きはするな。
唾を避けるために顔をのけぞらせたローナだけど、それは明らかに隙だ。
「隙ありだ!」
それまでの動き回る軽い攻撃ではなく、懐に潜り込んでの力強い拳がローナの左脇腹を抉るように放たれた。
「この程度、隙でもなんでも——ない!」
けど、ローナもさるもので、体勢を崩した上に懐に入られているという不利な状態で、左脇腹を狙うマリーの攻撃を右の拳で迎え撃つ。
「そっちじゃなくて、こっちのことだよ。ばーか」
いつの間に拾ったのか、マリーは左手に握り込んでいた砂利をローナの顔面目掛けて投げつけた。
体をのけぞらせた状態から大きく捻っての迎撃。そしてそこに砂利による攻撃が行われたことで、ローナの右手はマリーの迎撃に使われ、左手は顔を守るように翳されたことで、両手は使用不能となった。
そんな状態になればどうしたってローナの反応は遅れることになり、そんな隙をマリーが見逃すはずもない。
「ロイドの仇、とらせてもらうぞポンコツ変態猫!」
「ひどい!?」
別にロイドは死んでないんだけどなぁ……
「おれは、死んでねえぞ……」
あ、起きた。
「これであたしの勝ちだ!」
右手は自身の左脇腹を狙うマリーの拳の防御に使われ、左手は砂利から顔を守るために翳されている。体そのものは最初の唾を避けた後にマリーの拳を迎撃するために無理にひねられており、バランスが悪い。
明らかに隙だらけの状態となったローナの右脚に、マリーの蹴りが追撃として放たれた。
——けど、まだ遠い。
「この程度でえ!」
ローナは自身の左脇腹を狙ったマリーの拳を掴んで受け止め、ほぼ棒立ちだった体勢のまま、脚力だけで強引に左方向に横宙返りを行った。
拳を掴まれたままのマリーは、ローナの回転に引っ張られるように一緒にくるんと宙に浮き、無防備な体を晒すこととなった。
「やられるようなら、伊達に筆頭遊撃官なんて名乗ってないのよ」
綺麗に着地したローナは、宙にいるマリーを見据えて獰猛に笑うと、グッと拳を握ってマリーの腹へ向かって突き上げた。
「がっ——」
「私の勝ちね!」
なかなかいい戦いだったんじゃないかな。少なくとも、二人にとっては得難い経験になっただろう。
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