第32話ご主人様になってほしい理由

「そんなわけで私たちはこの街に取り残されてしまったのですが、そうなる重要になってくるのが私たち自身の身の安全です。一応人間側の法で守られているとはいえ、魔族には厳しい法となっています。もし人間と私たちが争った場合、私たちに理があっても悪とされることがあります」


 人間領に残っている魔族は、魔族というだけで罪が重くなるし、法廷では多少の不利程度なら人間が勝つことが多い。絶対ではないけど、基本的に魔族にとっては住みづらいのが実情だ。

 街中を歩いているだけでも侮蔑の視線や言葉が飛んでくるし、買い物だって割高でも売ってくれるならまだマシで、売るのを拒否したり、地面に放り捨てるように受け渡しを行うこともある。


「それは仕方ないんじゃない? だって魔族の方でも同じようなものでしょ?」


 そう。人間は魔族に酷い行いをしているようだけど、それはまだマシな方なのだ。だって、ちょっと厳しいけど普通に生活することができるんだから。


 魔族領に取り残された人間の扱いは酷いって聞いている。昔の情報だから今はどうなってるかわからない。僕が知っている今の状況はあくまでも噂話の一環だ。けど、そう大きく違ってることはないと思う。

 向こうでは人間は魔族に殴られても文句を言えず、人間と魔族が法廷で争うことになれば、どれだけ魔族側に不利な証拠が残っていたとしても、人間が負けると聞いている。


「はい。むしろ、こちらの方が優しいとさえ言えるので、その件に関しては文句はありません。ですが、暮らしづらいのは確かです。ですが、人間の奴隷としてであれば、法は私たちを魔族としてではなく人間として判断します。何せ、人間の所有物になるのですから」


 まあ、そうだね。奴隷になれば、傷つけられた場合魔族としてではなく、人間の所有物となる。傷つけた相手が人間だったとしても、法廷で戦えば人間対魔族ではなく、人間対人間の図が出来上がる。

 奴隷として生きなくてはなあらないので自由は無くなるかもしれないけど、相手さえ選べば随分と暮らしやすくなると思う。


「それに加え、魔族側への釈明でもあります」

「釈明? 連絡もできないのに?」


 二人は魔族軍に所属してるってことだから、こっちに取り残されている状況はまずいだろう。場合によっては脱走兵として扱われてもおかしくない。だから釈明をしたいっていうのは理解できるんだけど、境界によって隔たれている状況で、連絡もできない状況でどう釈明するっていうんだろう?


「はい。連絡ができないと言っても、完全にできないわけではありません。一部の者は境界を行き来することができます。その者たちに、私たちは魔王軍を裏切ってこちらに残ったのではなく、人間に奴隷にされてしまったので仕方なく残っているのだ、とアピールしているのです。でないと、向こうにいる身内に迷惑をかけることになりますから」

「裏切り者はその親族も同僚も死刑! とまではいかないけど、それなりにひどい罰はあるからねー。家族とかはミューしかいないからいいんだけど、近所のおばちゃんとか、同僚とかまでいっちゃうのはちょっとね」


 ああ……人間の軍でもそうだけど、その辺は理解できるな。裏切り者を出さないように、二等身まで処罰を下すってことはある。それを避けるためにっていうんなら、魔族といえど協力してあげてもいいかもしれないとは思う。

 ……境界を押しやり領土を取り戻す、なんて魔族を苦しめるようなことをしようとしている僕が魔族のためを思うなんてのはおかしなことかもしれないけどさ。


「まあそれはわかったけど、なんで僕なのさ? 僕よりも経済的に力のある奴の方が良くない? 例えば、この街の領主とか」

「この地の領主は不可能です。領主にはルクスト家が就任しておりますが、あの家は魔族に対して強硬な姿勢を貫いておりますので。状況次第では保護していただけるかもしれませんが、それを公にすることはできないので意味はありません。また、他の貴族や大規模な商会などでも構わないのですが、そちらは移住期間が終わって安全になったばかりの今はまだこの街に来ておりませんので、頼るには不適格です。情報なく下手な相手の奴隷となれば何をやらされるかわかったものではありませんから。けれど、仲間達に被害が出る前に、私たちはできる限り早めに人間の奴隷としての身分を手に入れなければなりませんでした」

「奴隷の身分を手に入れるって、なかなかすごいこと言ってるよね」

「ですが、事実です。現在の私たちは、奴隷以下の立場ですから」


 だから僕か。人間性に問題はなく、奴隷になったとしても酷い扱いをされないだろうから。

 でも、それだけなら僕じゃなくても良くない? 大商会じゃないかもしれないけど、小さいところはあるんだし、そっちの方がお金を持ってるんだからいい暮らしができるだろうに。

 それとも、僕が子供だから、っていうのもあるのかな? 御しやすそう、なんて思われたとかさ。


「それから、私たちは耳魔族と呼ばれていますが、それは体の一部……主に耳に異種族の特徴が現れるからです。具体的には、獣の耳が出現します。一応人間のように顔の横にも耳はついているのですが、機能としては獣の耳の方が優秀ですね」


 そう言ってミューは髪を上げて顔の横についている人間の耳を見せてくれたけど、確かについてるね。それに、頭の上にもヤギの耳がある。


「なんか、耳が四つあるって変な感じだな」

「なあなあ、触ってもいいか?」

「ちょっとロイド。話を切らないでよ」

「あ、わりい」


 不思議そうにみているマリーとは違い、ロイドは持ち前の好奇心から少し身を乗り出しているけど、そういうのは後にしてほしい。

 ついでに言うと、やるんだったらミューじゃなくてローナにしておくといいよ。あっちなら困らせたとしても罪悪感ないし。


「えっと、その耳魔族ですが、獣の特徴が出てくるだけあって、その性質、性格も獣のものを引き継いでいます。どういうことかというと……」

「ぶっちゃけると、強い奴が偉い! って感じね。だから、弱い奴の奴隷になってると、バカにされるのよ」


 あー、動物ってそう言うところあるよね。いや、動物だけじゃなくって人間もそうか。自分の力を誇示したがるのは誰だって、どんな種族だって同じだ。ただ、獣が混じってる分そういう誇示したがる本能が強いんだろう。


「強い奴の奴隷ならいいの?」

「うん。むしろ、強い人の奴隷になったら、良くそんな人と戦って生き残った、とか、強い人の群れに入ることができたんだな、って褒められるわねー」

「へー……」


 奴隷になるのが群れに入る扱いになるんだ。初めて知った。でもまあ、その勢力の下にいるって意味では、そうなのかな?


「ん? でも、別に今の状況ってディアスと戦って下につくわけじゃないだろ? それでいいのか?」

「はい。奴隷となる流れは話さなければわかりませんし、結局戦って証明することになったとしても、問題ないと判断しました」

「ほへー。まあディアスだったらそっか。俺らん中でいっちゃんつええしな!」

「あたしらとディアスを比べても、比べものに難ないだろ。あたしらまだ肉体強化覚えたばっかだぞ」


 マリーの言うとおり、まだ二人はボクと比べる段階じゃない。いずれは追いつくかもしれないけどね。


 でも、そんなことをなんでミュー達が知ってるんだろう? 戦わなくてもボクが強いって分かるのは、動物的な勘だったりする?


「でも、もう一度聞くけどなんで僕なの? そんな強いって情報あった?」


 もし肉を確保してることが原因なら、ボクだけじゃなくてロイド達も候補に入っていいと思うんだけどな……。


「魔族三人を同時に処理できる人が弱いわけありませんから」

「ほあっ!?」

「なんっ!」


 ロイドとマリーが奇声をあげながら驚いているけど、僕だって同じ気持ちだ。思わず驚きに目を丸くしてしまった。


「……見て……いや、聞いてたのか」


 流石に見られるような範囲に人がいたら、気づかないわけがない。街中ではローナに背後を取られたけど、あんなに油断してる状況じゃなく戦闘中だったら、絶対にわかる。となったら、僕の感知していた距離の外から聞いてたことになる。

 でも、結構な範囲を感知下に置いていたんだけどな……


「はい。私は耳がいいので。些細な音も聞こえてくるんです。と言っても、偶然あなた方の会話を拾っただけですが、調べてみたら実際に三名の魔族が死んでいたのを発見しましたので」


 ……あ、そっか。そっちだったか。確かに、気を付けていたとはいえ街中であの三人組について話をしていたことはあったな。そっちを聞かれたんだったら、うん。素直に納得できるし、普通に僕達の失態だ。


「獣に食べられたと思ってたんだけどな……」

「食べられてましたよ。ただ、装飾品の類までは流石に食べませんから。魔族固有のものがあれば、それで十分です」


 ああ……なんか、ダメダメだなぁ。久しぶりで初めての戦いだったからって言うのもあってあの時は結構興奮していた。戦いが終わった後も、もう処理したんだから大丈夫だろうと油断していた。

 でも、そうだよね。調べれば分かるに決まってるか。


「あー、もう。こんな話し合いなんて無駄でしょ。強さなんてのは、いくら隠そうとしても隠せないもんなんだから——ね!」

「っ!」


 自分の至らなさに気落ちしていると、突然ローナが僕に向かって拳を突き出してきた。

 常人ではとても反応できないような奇襲だったし、ロイドとマリーだったら普通に喰らっていただろう。けど、僕にとってはお遊びの一撃に過ぎない。


 ローナの拳を止めて、なんのつもりだ、と責めるように睨みつけてみたけど、ローナはなんとも思ってない様子で満足そうに笑みを浮かべている。


「ほら強い。ね?」


 もしかして、確かめるためだけにいきなり殴りかかってきたの? ご主人様になってって頼んでる相手にそれはどうなのさ?

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