第31話ミューの失敗

「と、ともかきゅっ! ……ともかく、話を戻しましょう。改めてお礼申し上げます。このような場所までお越しくださり、誠にありがとうございます」

「まだそっちの話を受けるとは決めてないけどね」


 ローナとのやり取りで少し恥ずかしそうにしていたミューだけど、すぐに真面目な表情へと戻り話を続けた。

 けど、僕としてはまだミュー達の話を受けるかどうか決めていない。というか、決める以前の問題として、話自体聞かされてないし。


「はい。それは承知しております。おそらくですが、まだまともな話し合いはされておられないのではありませんか?」

「よくわか——ああ、うん。当然か」

「はい」


 一瞬どうしてわかったんだと思ったけど、まあローナの妹だっていうんだったらわかって当然か。


「私を見ながら納得するのやめて!?」

「いや、でもローナだし」

「はい。姉さんですから」


 色々と疑って考えてきたけど、なんかもう、ローナのいい加減さに関してだけは信じてもいい気がする。


「それで、ここにくればまともに話が聞けるって言われたんだけど、いいかな?」

「はい。どこまで話を聞かれたのかわからないので始めからとなりますが、よろしいですか?」

「うん。それで頼むよ」


 実際、何も聞いてないのも同然だしね。聞いたのは精々ローナがバカだったって話くらい?

 下手に途中から説明されても、訳がわからないだろうから最初っから話してもらったほうがありがたい。


「では——まず私たちに与えられた任務が、この街の調査です。今回の戦王杯に負けたことでこの地は再び人間側のものとなりましたが、この街はかつての人間の首都です。昔の王……剣王が残した遺産や秘伝書など何かないかと探していたのです。移住期間ではありましたが、その期間中に人間側が動く可能性を考え、滞在していました。もし何か動きがあればそれを探り、可能であれば秘伝書等の回収を、と」

「無理でしょ」


 だって、そんな遺産とか存在してないし。

 確かに『剣王』が持っていたものはあったよ。王としての遺産は確かにあったと思う。

 けど、そんな王の遺産なんてのは代々引き継がれているもので、僕が死んだ後は次の王に引き継がれたはずだ。


 僕の私物もあっただろうけど、そんなのが役に立つとは思えない。少なくとも、戦に使えるようなものなんて何もない。だってどこどこの大会で優勝した証とか、誰かからもらった感謝の手紙とかくらいなものだし。

 後は使ってた剣とか鎧とかは、まあ遺産といえないこともないけど、それだって用意しようと思えば新品を用意できる程度のものだ。わざわざ魔族が何百年もかけて領土を奪った末に探すようなものではないと思う。

 多分魔族としては、何か強力な魔法道具の類が欲しかったんだろうけど、そんなもの持ってないんだから見つかるわけがない。


「はい。実際、人間側に動きはありましたが、何かを見つけたとは聞いていません」


 だろうね。だって、秘伝書なんて残してないし。

 あ……技のメモ書きくらいなら残したかな? あとは暇つぶしで作らせた面白武器とか? その辺が城の隠し部屋あたりにでも残ってれば秘宝として数えられたかもしれないけど、それくらいだ。どうせこの数百年の間に隠し部屋なんて見つかってるだろうし、やっぱり今更みるものなんてないと思う。


「魔王軍としても見つかるとは思っていなかったので、一応の保険という意味合いが強かったのです。ですので、本来であれば移住期間が終わる前に撤退しているはずだったのですが……」

「ああ。ローナがバカだからバカやってその期間が終わっちゃったと」

「ひどい! 私だけのせいじゃないのに!」

「でも酔い潰れてたんだろ?」


 どう考えてもローナが悪いと思うんだけど? 普通やんないでしょ、期限の前日まで酒飲んで酔い潰れるなんて馬鹿なことはさ。


「そうだけど、ミューも失敗したのよ。だから二人揃ってここにいるわけ。ほら、言ってやんなさい。あんたのミスを!」


 まあ、言われてみればそうなるのか。ローナが酔い潰れてたとしても、しっかりしてるミューがいれば引きずってでも連れ帰ることはできたはずだ。でもそれをしないでここにいるってことは、ミューもまた何かしらの失敗をしたってことだ。


「私は情報官として、人間側の情報を集めていました。少しでも役に立とうと、どのような情報が役に立つかわかりませんので、とりあえずは手当たり次第に。情報に優先度をつけずに城の内部から市井の噂まで全てをです」


 噂を全部か……素直にすごいな。

 でも、そんなの膨大な量になるだろ。なんでもないような噂話に重要なことが隠れてる、っていうのは理解できるけど、それを全部集めたところでちゃんと利用できるかって言ったら難しいと思う。


「そうして集めた資料を整理していたのですが、ちょっと量が多くてですね……まとめるために集中していたら……撤退する日を……その…………過ぎてしまってました。まさか丸一日経っていたとは思わず……」


 ああ……それでこっちに……。

 まあ、そりゃあ街の噂全部をまとめるなんてことやってれば、時間かかって当然でしょ。


 でも、これは仕方ないと思う。情報をまとめるにしてももう少し余裕を見て早めに切り上げておけばよかった、といえばその通りなんだけど、まだ理解できる理由だ。仕方ないというか、まあ許せる範囲の失態だと言えると思う。少なくとも、酒で酔い潰れた馬鹿よりは全然マシでしょ。


「ほーら。私だけが失敗したわけじゃないのよ! っていうか、私だけが失敗したんだったらここにミューが残ってるわけないじゃない! 私を置いてみんなと一緒に魔族領に戻ってるはずよ!」


 確かに、結果だけ見れば二人とも失敗してこちらに取り残されたってことなんだけど……なんというか、僕の中でこの二人を同じ扱いしたくない気持ちがものすごいんだよね。


「仕事頑張ってたやつとポンコツと同列に語っていいのか?」

「なんか、ミューの方が哀れになってくるな」


 ああ、やっぱり? 二人もそう思うよね。仕事を頑張ってたミューと、仕事をサボって遊びまくってたローナが同じ扱いって、失礼すぎるでしょ。

 まあ、向こうに戻れないんだったらどれだけ仕事をしっかりしていたとしても無意味なんだから、ある意味同列に扱うのは正しいのかもしれないけど……。


 まあそれはおいておくとしても、今の話で一つ気になったことがある。


「それで、みんなって言ってたけど誰のこと?」


 ローナは〝みんなと一緒に戻る〟と言っていた。それが他の魔族達のことを指しているのか、それとももっと違う親しい存在のことを指しているのか、それが少し気になった。


「もちろん私たちの同僚よ! っていうか聞いてよ、ひどくない? 私がお酒飲んでたのもちょびっと悪いかもしんないんだけどさぁ、それでも心配して見にくるとか、連れて帰るとかしても良くない? なのに、みんな私たちを置いて先に戻っちゃったのよ?」


 ……多分、どうせあいつもすぐにこっちにくるだろ。って感じで放っておかれたんだと思うんだけど……まさかそれ、見捨てられたとかじゃないよね? だとしたら、なんというか……うん。頑張って生きて?


「ちなみに、他のは魔王直下以下略隠密機動班所属筆頭強襲官と、同じく筆頭守護官の二人よ」


 ローナが遊撃官で、ミューが情報官。それに強襲官と守護官か。一つのチームとしてはバランスはいいのかな?

 でもそれはいいとして……


「筆頭しかいねえのな」


 あ、やっぱりそれが気になるよね。なんで全員筆頭とか名前につけてるの? 役割がおんなじだったらわかるんだけど、違うんだったらわざわざ筆頭とかつける必要ないんじゃない?


「だってそれぞれの役割に一人しかいないもん!」


 じゃあつけなくていいじゃん。


「それ、わざわざ筆頭ってつける必要あるのか?」

「なんか悲しくなってくるんだけど」


 うん。なんか、あれだよね。一人しかいない部署なのに部長ってつけられてるような、そんな虚しさがある。

 僕も、剣王って呼ばれる前は戦う時にそんな感じの役職つけられたなぁ。一人しかいないのに隊長とか呼ばれて、なんかちょっと虚しさがあったあれ。普通にどこかの部隊に入れてくれればよかったのに……


「いいのよ。だってそっちの方がかっこいいじゃない!」

「いえ、別に私は筆頭とかいらないのですが……」


 どうやら、筆頭とつけたのはローナの独断? のようだ。でも、それを受け入れてるってことはミューもまんざらではないんだろうか? だとしたら、やっぱりローナの妹だけあって少し変わってるのかもしれない。

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