第30話魔王直下耳魔族第三管理区第一鎮守部隊独立隠密機動班所属筆頭遊撃士

「もー! 信じてくれなくってもいいから、とりあえずうちに来てよ! 妹からも話を聞いてくれればちゃんと嘘じゃないってわかってもらえるから!」


 う〜ん。この感じだと本当そうな気もするんだけど、なんというか、あんまり行きたくないんだよね。だって、話が本当だとしても嘘だとしても、どっちみち面倒なことになりそうな気がするし。


「二人はどうする?」

「んー、俺たちは別にいいぞ」

「まあ、なんか面白そうな感じになってるしな」

「面白そうって……他人事だと思って。でもまあ、仕方ないか。どうせ、行かなかったら行かなかったでまとわり付かれるだろうし」


 それが一番めんどくさいんだよね。何かあるんだったらその時点で処理しちゃえばそれでおしまいだけど、何にもしないでただ付き纏われるとどう対応していいかわからないから困る。

 だから、ここは仕方ないけど一旦ローナの言うように家に行って話を聞くべきだよね。


「それじゃあうちに来るってことでいいのね! いやっふ〜〜〜〜!」


 いちいちテンション高いなぁ。常時この状態って、疲れないのかな? 僕には関係ないからいいんだけど……いや、関係あった。いちいちこの調子だと、周りに人がいる時に一緒にいる僕が恥ずかしい。

 まあ、子供だからはしゃいでるのね、って感じで見逃してくれると思うけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。一人で騒ぎ始めたら、ちょっと距離を取ろっかな?


「あ、私のことはローナって呼んでいいから。あんた達のことは呼び捨てで呼ばせてもらうわよ」

「なあ、こいつかなり図々しくね?」

「もう見切りをつけていいんじゃねえの?」

「来て!?」


 そんなこんなで、森に来たはずの僕たちはちょっと話をしただけですぐに街へと引き返す事になった。

 今日は何もとってないし、こんな事なら街でささっと話を聞いちゃった方がよかったかな? まあ、何をいっても今更なんだけどさ。


「さあ、ここが私たちのアジトよ!」


 街へととんぼ返りした僕たちは、ローナに案内されて歩いたんだけど、そうしてたどり着いた場所はなんと、僕の住んでいるボロ小屋よりもボロい、何かちょっとした衝撃があれば崩れるんじゃないかってくらいの荒屋だった。


「随分とボロっちいな」

「うちよりもひどいんじゃないかな?」

「仕方ないじゃない。だって私たち、魔族なんだもん。移住期間中に住んでた家はもう手放しちゃった後だったし、こんなところでも確保できただけマシってもんでしょ」


 へえー。移住期間中は別のところに住んでたんだ。でもそれを手放してこんなところに住んでるってことは、本来はこんなところに残ってるはずじゃなかった、って事なのかな?

 だって、移住期間の後も残ってるつもりなら、そのまま家を確保し続けるでしょ。それをしていないでこんなボロ屋に住んでるってことは、撤退するつもりでいたけど、なんらかの突発的な理由でこっちに取り残されたって事になる。と思う。


 まあそれがあってるかどうかわからないけど、結局のところは本人達に聞くしかないって事だね。


「ま、それよりも中に入りましょ。ミュー。私の可愛いミュー。お姉ちゃんがご主人様を連れて帰ってきましたよー、っと」

「誰がご主人様だよ。まだ了承してないっていうのに」


 勝手にご主人様なんて呼ぶのはやめてほしい。


 なんて思いながら、家の中に入って行ったローナの後を追って僕たちも家の中に入っていく。すると、家の中には場違いなほど清潔感のあり、身だしなみの整った少女が待ち構えていた。


 敵……って感じの雰囲気じゃないね。むしろ、城の使用人達と同じような雰囲気を感じる。服装も、なんでか知らないけどメイド服だし。趣味、じゃないと思うけど、ローナの妹だと考えると否定できない。


「皆様初めまして。魔王直下耳魔族第三管理区第一鎮守部隊独立隠密機動班所属筆頭情報官のレ・ミュー・ポーンラーツと申します。不祥の姉がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした。本日はこのような場所にお越しくださり誠に感謝申し上げます」


 剣王時代の城に仕えていた者達と遜色ないお辞儀をしながらレ・ミューと名乗った少女を見る。その姿勢は完璧で、周りの状況はともかく、この少女だけ別の場所にいるんじゃないかとすら思えてくるくらいしっかりしている。

 この子が本当にローナの妹なんだろうか? なんというか……違いすぎない?

 でも姉って言ってたし、家名も同じみたいだから、本当に姉妹なんだね。まあ血は繋がってないみたいだけど。


 けどそうなってくると一つ気になることがある。気になることというか、そう思わずにはいられないこと?


「……ねえ。なんでレーネはそんなダメダメなの?」

「ダメダメ!? なんで今バカにされたの!?」

「あ、ごめん。妹がこんなまともなのに、姉を自称する方がダメすぎて、思わず口から出てきただけだから、気にしないで」


 レ・ミューの姿や振る舞いを見ていると、ローナの行動がいかに残念すぎたのか理解できて、ついそんな思いが口からこぼれちゃった。

 けど、僕にローナを馬鹿にするつもりなんてないから気にしないでいいよ。


「姉を自称!? ちゃんとおねーちゃんですー!」

「立って話をするのもなんですから、せっかくご足労いただいたことですし、どうぞ中へお座りください」


 なぜかすでに人数分用意されていたクッション……というかちょっと厚めの布? に腰を下ろすように勧められたけど、これは多分、今日ここに連れて来られることは想定通りだってことなんだろうね。まあ、座るけどさ。だって座らないと話が進まないし。


 僕たちが座ったことで、レ・ミュー——ミューは少し汚れや欠けが入っている容器で水を出してきた。……いや、水じゃないな。なんだろう。わずかに匂いがするけど、ハーブでも入ってる?

 けどこの器、比較的僕たちのはマシな方なんだろうね。だってミュー達の前にあるやつはもっとボロいし。……なんか、ここまで僕たちのことを上に置かれると少し心苦しい。それが僕たちを油断させるための策なのかもしれないけど……うーん。


「このようなものしか出せない不調法をお許しください」

「あ、うん。大丈夫だからそんな気にしないでいいよ」

「そーよ。水なんて飲めれば変わんないんだから平気平気!」


 君はもう少し気にした方がいいと思うよ。あと、色々と隠す努力もした方がいいと思う。


「ところで、なんでメイド服なの? やっぱり、それもご主人様とやらが関係してたりする?」


 目の前の魔族二人が座ったことで、とりあえず話を始める事にした。まずは少し気になったことを聞くついでに世間話的なものからということで、服装について聞いてみようか。


「これですか? いえ、この格好は私にとってとても都合が良いからです」

「メイド服が都合のいい格好って……」


 なんだろう。仕事以外に想像つかないんだけど。


「どう都合がいいのかさっぱりわかんねえな」

「普通に趣味を言い換えただけなんじゃね? 実際可愛いし」

「はあ? じゃあマリーもあんな感じの着てみるか?」

「あ、あたしが? むりむり。あたしが着ても似合うわけないっての」


 そうかな? 結構似合うと思うんだけどな。

 こんな環境で暮らしているからだと思うけど、マリーは随分と野生的な雰囲気をしている。髪は短く切ってあるし、肌も小さな傷がいくつかできている。動きだって粗雑だし、言葉だって乱暴だ。

 でも、それだって整えればちゃんとした女の子として可愛くなれると思う。最近は鍛えているから体が引き締まってるけど、それに反して発育も良くなってきたし、似合わないってことはないと思う。


 まあ、修行とかで森に行く僕たちが着るにしてはヒラヒラしすぎてるから、どっかしら破けるだろうし汚れるだろうからあんまりおすすめはしないけど。


「都合がいいとは、私が魔族だからです。私の種族は魔族の中でも耳魔族と呼ばれる、獣の特徴を宿した種族なのです。大抵は耳や尻尾といった単純なものですが、私の場合は……」


 ミューはそう言うと座っていた足を少し崩して、スカートの裾を捲り上げた。そのスカートの下にあったのは……


「足が……」


 そう。ミューの足は人間のものではなかった。獣のような二つの大きな爪……いや、蹄かな? そんな形をしていた。


「これはヤギの足ですね。私はヤギの耳魔族ですので。向こうでは山羊人と呼ばれていました」

「そっか。確かに、そんな足だと面倒かもね」


 移住期間が終わった今は、魔族といえども人間の法律で裁かれる事になっているから一安心と言える。けど、それを本当に心から納得して安心だと思える者は少ない。魔族、というだけで恐怖心や敵愾心を抱かれることだってあるだろう。

 魔族だと一見して分かれば、色々と問題が起こりやすい。だから隠しているというのは納得だ。


「はい。長いスカートというのは、足を隠すのにちょうどいいのです。そして、このプリムですが、私は小さいながらも角が生えております。ですので、そちらを隠すのにちょうどいいのです。触ってみますか?」

「え、いや……」

「いいのか?」


 そこまでしてもらう必要はないと僕が断ろうとしたところで、ロイドが少しだけ目を輝かせて身を乗り出した。

 そしてそのまま、こちらに向かって突き出されていたミューの頭からほんの微かに見えていた小さな角に手を伸ばした。


「お、マジでなんかあるな!」

「バッカ、ロイド! 人の頭にそんな触るもんじゃないだろ!」

「え? でも触っていいっつったぞ?」

「それでもだよ! ディアス見てみろ。お前みたいにガキっぽく興奮してないだろ」


 マリーはロイドと違って分別があるようで、はしゃいでいるロイドを嗜めている。

 うーん。普段はマリーもロイドと一緒になってはしゃいでるけど、こういう時は意外とおとなしいよね。やっぱり根の部分は真面目なんだろうな。

 まあ、今回に限っては相手が女の子だってこともあるかもしれないけど。


 頭に無造作に触られるのが嫌だなんてのは、同じ女の子であるマリーにはわかるだろうからね。男はそういうのをあんまり気にしないけどね。だからこそロイドだって触ったんだろうし。


「後は、どこかのメイドと思われておけば、手を出してくる者が少ないからですね。メイドを雇うような金持ちや権力者を相手に回すのは、賢いとは言えませんから」


 まあ、確かに。魔族とバレたとしても、金持ちや権力者の関係者に喧嘩を売りたいなんて思う人はほとんどいない。絶対とは言えないけど、人間領にいる魔族の安全確保の手段としては悪くないと思う。


「そーそー。そんなわけで、うちのミューはこんな格好してるってわけよ! でも、いろいろ言ったけど一番の理由は可愛いからよ!」

「え、いえ、あの、姉さん? 別にそういうわけじゃ……」

「でもその格好気に入ってるでしょ?」

「うみゅ……それは……」

「ね?」


 ……その格好、気に入ってたんだ。いや、まあ、確かに似合ってはいるけどさ。

 色々理由をつけたのも、その服を着てられる理由が欲しかったから、とか?


 もしそうなんだとしたら、なんだか急にローナの妹なんだな、って気がしてきたよ。

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