第29話私、見参!

「お、ディアス」

「よう。今日は……どうかしたのか?」


 頭のおかしな魔族こと、ローナに遭遇した翌日。僕はいつも通りロイド達と合流したんだけど、そんな僕の様子がおかしいと感じたのか、マリーは首を傾げている。

 でも、仕方ないよね。だって、あんなのとまた会わなくちゃいけない、それも結構関わりが深くなりそうな話をするんだろうなって思えば、様子がおかしくもなるさ。ああ、気が重い。


「ん。あー、まあちょっとね。それよりも、話すことがあるから早く森に行こう。そこで話すから」

「「?」」


 今もすぐ近くに気配を感じるし、呼んだらすぐ出てくるだろうけど、流石にこんな人通りの多いところであんなのが話をすれば目立つ。

 それに、万が一のことを考えると、こんな街中よりは森のように証拠を消しやすい場所の方がいい。そんなわけで、僕たちはいつものように森へ行くことにした。


「それで、ここまできたけど、話ってなんだよ? 修行のことか?」

「さて、どうかな? その辺がどうなるかは今日の話次第なんだけど……さっさと出てきてよ」


 森の中に入ってしばらく歩き、他に人がいなくなった場所から少し進んだあたりのところで足を止め、朝っからずっと僕のことをつけていた存在に話しかける。


 ロイドとマリーは僕が急に虚空に話しかけたことで驚いたり訝しげな様子を見せているけど、そんな様子はすぐに消えた。


「ご主人様の命にて、魔王直下耳魔族第三管「長い」……」


 登場の台詞を遮ったからって、そんな情けない顔しないでよ。なんかこっちが悪いみたいじゃないか。


「……リ・ローナ・ポーンラーツ、ここに見、参! にゃんにゃん」


 台詞を遮られたことで少し頭を悩ませた様子のローナだったけど、すぐにうんうんと頷いてから登場の台詞を改めて言い直した。

 けど、何その台詞。っていうかその語尾はまだ続けるんだ。もしかして、本当に気に入ったの?


「なんだ!?」

「こいつ、昨日の酔っ払い!?」


 突然ローナが現れたことで驚いていたロイドとマリーだったけど、ローナの登場のセリフが終わって少ししてから驚きから抜けたようで、慌てたように叫んだ。


「ディアス、どういうことだ!?」

「こいつ今ご主人様って言ってなかったか!?」

「そこは僕も知らないよ。昨日二人と別れた後、夜にうちにやってきたんだ。その時は母さんが家にいたから、面倒ごとを起こさないように追っ払って今日話を聞くって言ったんだよ」


 できることなら、昨日の話は忘れてくれてると嬉しかったんだけど、まあそんなわけはないよね……。


「そういうことにゃ。わかったかにゃ?」

「にゃ?」

「昨日そんな喋り方だったっけ?」


 違うよ。ただ、バカだからそんな喋り方になってるだけだよ。

 ローナもいい加減元に戻してよ。気に入ったのかもしれないけど、絶対ふざけてるでしょそれ。


「……もういいよそれ」

「えー、結構気に入ったんだけどぉ……まあ、ご主人様のご命令なら仕方ないっか。ごしゅごしゅ」


 やめろって、語尾をかえろって意味じゃないから。普通に語尾なんてつけないで話してくれればいいんだって。っていうかごしゅごしゅってなに? ご主人様を語尾にしたってこと? 相変わらず理解できない思考回路してるなぁ。


「……それもやめて、普通に喋ってよ」

「はあーい」


 なんか気の抜けるような返事だけど、まあこれがローナの普通なんだろうな。


「それで、ご主人様とか言ってなんなのさ?」


 ほんとそれだよね。僕もそれが気になるし、それを話してもらうためにわざわざこうして話を聞くことにしたんだから、ふざけてないでさっさと話してほしい。


「んー、まあちょっち問題があってね? それに手を貸してくんないかなー、って」


 僕が? ローナに? ……えー、やだ。


「却下。はい、この話終わり。もう帰っていいよ」

「ひどい! こっちの話全然終わってないのにい!」

「だって、手を貸してって碌なことにならない気がするし」


 移住期間が終わって魔族といえども人間と同じように生活しなくちゃいけないようになったとはいえ、魔族は魔族だ。周りの人たちからの反応もあるし、つるんでいれば面倒なことになるに決まってる。


「いやいやいや。大丈夫だってば! そんな面倒なことにならないから!」


 君と関わってるだけで既に面倒なんだけど?


「実はね? 私たちのご主人様になって欲しいわけよ」


 うん。それはもう何回も聞いたけど、そもそもご主人様って何さ。召使いにでもなるの?


「ご主人様って、奴隷にでもなるつもりなんか?」

「ってか、今私〝たち〟って言ってなかったか?」


 ああ、そういえばそんなこと言ってたね。私たちってことは複数形だから、ローナ以外にも僕を……なに? ご主人様? にしたい人がいるわけ?


「他に仲間がいるの?」

「仲間っていうか、妹? あ、別に血はつながってないんだけどね? こう、魂の妹よ。血じゃなくて魂で繋がった、めちゃんこかわいい妹。その妹と一緒に私のご主人様になってくんないかなー、って」


 ローナの妹かー。……なんか、血は繋がってないらしいけど、こんなのと一緒にいられるような人物なんだから、相当曲者なのは確実だよね。その方向性が、ローナとおんなじように頭がおかしいのか、それとも頭がおかしいのを上手く制御できるような策士なのかはわからないけど。どっちにしても面倒な予感しかしない。


 けど、そんなふうに考えている僕のことをチラチラと横目で見てくるローナ。


「チラ、チラ」


 ついには自分で口にする始末だ。そういうのって、自分から口にして表現するものじゃなくない? しかも、そうやって見てくる動作もわざとらしすぎるし。

 ……うん。決めた。


「よし——かいさーん」


 なかったことにするのが一番いいよね。だって面倒だし。


「なんでよ!」


 けど、そういうわけにはいかなかった。まあ当然か。こんなんで諦めるようなら、最初っから僕のところになんてきてないだろうし。


「だって、ご主人様ってのになる理由がわかんないし。あとうるさいから」

「じゃあこれから説明するからあ!」


 君年上でしょ。僕みたいな子供にそんな泣きそうになりながらみっともなく縋り付いてこないでよ。あ、ほんとにやめて。この服ボロいんだから。そんなに強く握られたら破ける! 話を聞くだけ最後まで聞いてあげるから! 破れたら今度こそ本気で殴り飛ばすよ!?


「それに、あんたたちって私がいた方が何かと都合がいいんじゃないの?」


 僕が聞く体勢になった瞬間にその切り替えの早さ、ある意味才能だよね……。真似したいとは思わないけど。


「僕達の都合がいい? どういうこと?」

「だってあんた達、大人を必要としてんでしょ? ここにちょうど大人がいるじゃない!」

「……大人?」


 誰のこと? もしかして、僕? ローナはなんだか色々知ってそうだし、僕が〝私〟の生まれ変わりだってことを知ってるの?

 でも、それだと話がおかしいしなぁ。


「大人! 何よその目は!」


 ………………え? ……あっ! え? ……もしかして、今の〝大人〟って発言は、ローナ自身のことを指してたの? えー……


「だって、ねえ?」

「まー、そうだなー。大人には見えねえよな」

「っていうか、あたしらと同じガキじゃん」


 だよねー。どこをどう見ても大人じゃないよね。まあ見た目で言えば僕たちより年上だっていうのはわかるけど、それでも十五歳くらいなものでしょ? 一応大人といえないこともないけど、僕たちが必要としてるような〝大人〟じゃない。っていうか、この程度の差だと、僕たちと一緒にいたら普通に子供に見えると思う。


「大人あ! 私は大人なの! 見た目の問題じゃないんだから。心の問題よ! 精神が大人ならそれはもう大人なの!」


 む、なるほど。確かにその言葉は一理あるかも。じゃあ僕はどっちなんだろうね? 精神は多分大人と言ってもいい状態だと思う。でも、主となってる思考回路は僕だから、やっぱり子供なのかな?


 まあ僕がどっちなんだとしても、少なくともローナは……


「じゃあどっちにしても子供じゃんか」

「見た目も中身もガキだよな」


 だよねー。でも、見た目がどうあれ書類上の年齢さえなんとかなれば役には立つのかな? 一応、必要としてる大人って、店を開くのに登録が必要だろうから、その時に手と名前を貸して欲しいだけだし。

 ……ん? そういえば、そもそもローナの年齢とか聞いてなかったっけ? 何歳なんだろう?


「っていうか、実際のところ年齢っていくつなのさ」


 僕がそう問いかけると、待ってましたと言わんばかりの態度でポーズをとり、話し始めた。……なんで今ポーズなんてとったんだろう?


「ふふん! 聞いて驚け見て笑え! 私の年齢? 知りたければ教えてやる! 私は——」

「あっはっはっはっ!」

「なんだこいつ。バカみてえだな!」


 おかしなポーズをとりながら話し始めたローナを見て、ロイドとマリーが盛大に笑ってバカにし始めた。


「笑うなー! 人が真面目にやってんのになんで笑うのよ!」

「いや、笑えって言ったじゃん」


 言ってたね。うん。これに関しては責められないと思うよ。実際に笑えって言ってたんだから。


「それは……」

「実際笑えるくらいバカだし」

「バカじゃないもん!」


 いや、バカでしょ。

 けどまあ、そんなわかりきったことで言い争うんじゃなく、さっさと本題に戻ろうよ。


「それで、いくつなの?」

「むー……二十一よ!」

「「「……」」」

「ちょっ、何よその反応は!」


 ……あ、ごめん。どうやら聞き間違えたみたい。こっちから聞いといて、ほんとごめんね。


「え、ごめん。もっかい言って」

「二十一!」


 ……聞き間違えじゃなかったのかぁ。………………いや、嘘でしょ。

 嘘だよ。だって、こんなのが二十一って、どう考えてもおかしいでしょ。

 見た目も精神も、どう考えても二十一のそれじゃないって。


「おい、嘘は付いちゃいけないんだぞ」

「嘘じゃないし! 私ちゃんとお姉さんなんだから!」


 そうやって怒ってる姿が、そもそも〝お姉さん〟からは程遠いんだよなー。


「よし。じゃあかいさーん」

「ほんとなの! 信じてよお!」


 えー。本当にこれが二十一なの? 嘘ついてない?

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