第28話かわいい猫? いいえ、頭のおかしい自称猫
ローナは、今なんといった? ご主人様? いったい、なにを考えてそんなことを……?
「ごしゅ……? いったい何を——チッ!」
その真意を問おうとして、だがやめた。
「んえ? ぐぼっ——」
代わりに僕がやったのは、目の前にいる理解できない頭の持ち主であるローナを、身体強化した体で思い切り蹴り飛ばすことだった。
その直後、すぐ近くからギギギッと鈍く扉の開く音がして、振り返ると母さんが顔を出してこちらを見ていた。
危ない。あと少し対応が遅れてたら、あの頭のおかしいのが母さんに見つかるところだった。
あんなのが見つかったら、また母さんに何か心配をかけることになる。それだけは避けないと。
「ディアス? 何か変な声がしなかった?」
「うん。なんか聞こえたね。あっちの方からしたけど……多分酔っ払いがバカなこと言ってただけじゃないかな?」
「そうかしら? 結構近くから聞こえたと思ったのだけれど……」
「あー……もしかしたらその家の裏とか? まあそれだけ大きな声だったんだよ」
くるしいか? でも、これで通すしかない。大丈夫だ、いける。実際、たまに変なのが酔っ払って叫んでる時はあるんだから。
「うーん? まあいいわ。ディアスもあんまり外に出てないで、早く中に入りなさい。おかしな人に絡まれたら大変よ」
「わかった。あとちょっとだけ軽く素振りしてから戻るよ」
僕がそう言うと母さんは納得したようで、家の中に戻って行った。
「ふう……」
どうやらなんとか誤魔化すことはできたようだ。よかった。
「ふう、じゃな——もがもが!」
「黙れ。騒ぐようなら、もう一回蹴り飛ばすよ」
なんてホッと一息ついたのも束の間。結構勢いよく蹴り飛ばされたにも関わらず、また姿を現したローナが騒ごうとしたので、再び一瞬で間合いを詰めて口を塞ぎ、黙らせる。
また蹴られてはたまらないと思ったのか、ローナもそれ以上騒ぐことはせず、ぶすっとした表情でこっちを見つめてきた。
「なによぉ。人のこと蹴り飛ばしておいて、この扱いって酷くなーい?」
「教えてもいないのに人の家にやってきた不審者を相手に加減をしてやったんだから、随分と甘い対応だと思うけど?」
「……んふー。あれで甘いのかぁ。あれだけの攻撃で加減してたって、やばいわね!」
なんか喜んでる感じなんだけど、今の話で喜ぶ要素あった? 手加減してあげたってところ? でも、手加減したって言っても、別に仲間意識とか好意があるからってわけじゃないんだけど?
「んっふっふ〜。やっぱり私の目に間違いはなかったわ。あんた、めっちゃ強いでしょ? でしょ?」
嬉しそうで、かつ楽しそうに笑いながらローナが僕のことを指差してくる。ほんと、なんでこんなに喜んでるんだろう?
「やっぱねー。そんな気がしたのよ。うんうん。結構適当な考えだったけど、これならいい感じのアレになりそうよね。まさか、こんな大当たりがいるなんて……やっぱあたしってばついて——もごもご!」
なんか独りで楽しそうに喋ってるな、と思ったら、突然大声を出し始めたローナ。またその口を塞いで強引に黙らせるけど、この女には学習能力がないんだろうか?
「騒ぐのなら蹴り飛ばすと言ったはずだけど?」
「あー、ごめんごめん。てへ。わざとじゃないから許して?」
こてん、と首を傾げつつ右手を軽く頭に当て、小さく舌を出して笑うローナ。……なんだろう。すっごい頭にくるっていうか、イラッとする。そういう人間性? だとしたら、お近づきにはなりたくないかなぁ。近づきたくないと思ってたのは元々だけどさ。
「それで、なんのつもりでここに来たの?」
「ふふん! それはね——」
「あ、いや待って。話は明日聞くよ。君が話すと騒がしくなりそうな気がするし」
「ひどくないっ!?」
ひどくない。今までの自分の振る舞いを考えようよ。実際、今だって大きな声を出すなって言ったのに出してたし。
「ひどくなんてないって。これまでの己の言動を考えてみるといいよ」
ローナは僕の言葉を受けて、腕を組んで右へ左へと頭を傾けて考え込んだ様子を見せたけど……
「……ちょーかわいい?」
散々考えた末の答えがそれなの? なんていうか……正気?
「だと思っているのなら、今後君と関わるのは断固として拒否させてもらう所存だけど」
「え、でもあたしかわいいでしょ? にゃんにゃん」
両手をちょっと開いた拳のような形にして胸の前あたりで構えて見せたローナは、なんでか知らないけど急に猫の鳴き声を口にした。
……もしかしてだけど、猫の真似してる? ……なんで?
「なにやってんの?」
あんまり関わるつもりなかったのに、つい思わず聞いちゃった。でも、こんなの誰だって聞くでしょ。だって行動が理解できなさすぎるもん。
「かわいい猫のポーズにゃん」
やっぱり猫の真似だったようだ。しかも、なんでかおかしな語尾まで追加された。
「そのとってつけたような語尾はなにさ」
「めちゃんこかわいいにゃんこらしさを出すためにゃ。それに、人間ってこういうのが好きにゃんでしょ?」
好き……なのかな? 僕は別になんとも思わないけど……まあ、好きな人もいるかもしれない、かも? 僕だって普通の猫は好きだし……
「どうにゃ? かわいくないかにゃ? ……え? 自分でやっといてなんだけど、本当に可愛くにゃい?」
初めてやったんかい! なんでそんなわけのわからない行為を、大事そうな状況である今やったの? 全く理解できない。
確かに見た目だけなら可愛いかもしれないけど、今の僕の気持ちとしては、頭のおかしい自称猫って感じだよ。
「にゃ〜お。うにゃ〜お」
さっきまではふざけたわざとらしい語尾だったくせに、ここだけみょうに発音がいいのがなんともムカつく。
「頭のおかしい話し方はやめてよ。……ともかく、話は明日だ。出直してきて」
「んー……りょーかーい。それじゃあ、明日ね。あ、でもどのタイミングにすればいいの? ここはダメだとしても、あの二人は?」
あ、一応ここだとダメだって思うくらいの分別はあるんだ。まあ、母さんが出てくる直前に蹴り飛ばして誤魔化せば、そうなるか。
でも、二人っていうとロイドとマリーだよね? んー、あの二人は大丈夫かな? どうせもうコレと会ってるし、何かおかしなことがあっても受け入れてくれると思うから。
「……大丈夫。どうせ話すことになるだろうし、時間はそこしかないからね」
「オッケオッケ。オッケッケ〜」
間抜けな返事をしながらローナは僕に背を向けて歩き出し、かと思ったらくるりと身を翻して再びこちらに向き直った。
「あ。あたし的にはその話し方よりももうちょっと乱暴で威厳のある方が好きよ。強そうで」
そして、それだけ言うと再び背を向けて軽やかに歩き出した。
「……はあ。いったいなんなんだよ。あの言い方だと、なんか色々と知られてそうなんだけど……」
〝その話し方〟なんてわざわざ言うくらいだから、もう一つの話し方も知っているってことだ。つまり、〝私〟のことを知っている。詳細を知っているかどうかはわからないけど、多分何にも知らないってわけじゃないと思う。
僕のことなんて知らなかったはずだし、僕たちに遭遇してからここにくるまでの数時間の間に僕や〝私〟について調べるなんて……もしかして、かなりヤバいやつに目をつけられた?
「それにしても、なんなんだよあいつ」
見てるだけでは美少女と呼んでもいい外見の魔族で、関わってみれば単なるアホで間抜けな頭のおかしい馬鹿でしかない。けど、その能力は僕も驚くような高性能さを発揮している。
評価としては、わからない、だ。判断がつくだけの要素がないって言うのもだけど、あの行動はなんとも測ることができない。
「にゃお〜ん!」
「……ほんと、なんなんだあのアホは」
少し話しただけなのに、ドッと疲れたなぁ。
早く家に入ろう。入って、もう寝よ。明日になったらアレと遭遇したのは夢だったってことにならないかな? ……ならないかぁ。
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