第27話お、わ、か、り?

「はあ、はあ、はあ……」

「ま、まけたか……?」

「多分ね」


 僕にとっては軽い運動程度だったけど、ロイド達からしてみれば全速力で走り続けたんだから息が切れるのも仕方ない。使ってたのも身体強化じゃなくて肉体強化の方だったし、性能が落ちていたこともある。

 やっぱり咄嗟の時には慣れてる方が出てくるみたいだ。まあ、あの場では止まって集中してる余裕なんてなかったから仕方ないね。

 ただ、次からは咄嗟の時でも身体強化を使えるように訓練させようっと。


「しっかし、マジでなんだったんだ、あいつ」

「魔王直下以下略のポンコツだろ」

「いや、本当にお酒飲んで酔い潰れて置いてかれたんだったら、マヌケどころじゃないよね」


 本当にそう思うよ。移住期間が終わる前日までお酒を飲んで酔い潰れるって、そんなバカな話聞いたことないよ。剣王時代でさえそんなこと聞いたことがないんだから、あの魔族は剣王を驚かせたことになる。名誉なことではないと思うけど。


「あの辺に出没するってことはわかったから、あまり近寄らないようにした方がいいかもね」


 またあの道を通って絡まれたら面倒だし、あそこは通らないようにした方がいいだろうね。便利だったんだけどなぁ……。


「はあ。まあ、そうだよな……」

「今までは魔族にあわないようにするために、あんまり店とか寄ってこなかったけど、これからも寄れないのかぁ」

「まあ、半年もすれば落ち着くんじゃないのか? その頃には多分ちゃんと職について金を稼いでいるだろ」


 聞こえてきた話から想像すると、お金がないからツケかタダでご飯を食べさせろってことだったし、お金さえあればまともに生活するはず。……だと思いたいんだけど、あれがまともに仕事するかなぁ。


「今日のところは解散としておこっか」

「そーだなー」

「なんかすげー疲れた気がする……」


 元々大きく動くつもりはなかったけど、今日はもうこれ以上何かをする気になれない。

 一応今後の予定というか、お肉を使った商売に関して話し合うつもりだったんだけど、なんだか今はロイド達と会話してるだけでどっと疲れてくる気さえする。


 剣王にこんな思いをさせたんだから、あの魔族は大したものだよね。こんなに大きな精神ダメージを受けたのは本当に久しぶりじゃないかな?


「それじゃあ、また明日な!」

「明日は店を出す方法でも調べようぜ!」


 そう言うわけで、僕たちはあいさつもそこそこに別れ、それぞれの家へと帰っていった。


「母さん、ただいま」

「おかえり。今日もお肉を取ってきたのね」

「ああ。それで、なんだけどさ。この肉、もうちょっと取れそうだからそれを売りたいんだけど、どうすれば売れるかわかる?」

「売るって……大丈夫なの?」


心配そうにしている母さんだけど、僕にとってはこの辺りの生き物は動物も魔物も問題ない。怪我一つすることなく歩くことができる。

もちろんそんなことは言わないし、だからこそ母さんも心配してるんだろうけど、とにかく大丈夫なのだ。一応罠にかけて狩ってるって言ってあるし、納得はしてくれてるだろう。


「大丈夫だよ。無理とかしてないし、危険もないから。それに、いざとなったら俺が剣で仕留めて見せるって!」

「ダメよ。あなたが訓練してるのは知ってるけど、魔物はそんなに生易しいものじゃないの。一歩間違えれば怪我をするような存在なのよ。だから、絶対に無茶はしないでちょうだい」


僕の腕を掴みながら言う母さんの表情は真剣なもので、本気で僕のことを心配しているのがわかる。

そんな母さんに嘘をついて魔物を狩るのは心苦しいけど、仕方ないことなんだと自分に言い訳をして頷きを返した。


「……わかったよ。でも、本当に危険なことはしてないんだ。肉が売れるようになったらもう少し美味しいものとか食べられるようになるし、どうかな?」

「……ふう。一応、商業ギルドに登録すれば広場の決められた範囲で自由に売っていいはずよ」

「ほんとっ!?」

「ええ。ただ……あなた達は子供だから、登録するときにすんなり行くかはわからないわ。もしかしたら、規則で何歳以下はダメとかあるかもしれないし」

「あー、やっぱり年齢かぁ……」

「そうねぇ。もし必要なら、私が代表としてとうろ——ごほっごほっ!」

「母さん!」


今日は体調が悪いのか、しゃべっている途中で咳き込んだ母さんに駆け寄り、支えるように手を伸ばす。


「ごめんなさいね。大丈夫よ」


それほどひどくなることなく咳が止まると、母さんはにこりと笑みを浮かべた。

けど、これはやっぱりあんまり母さんに無茶はさせない方がいいよね。今だって家でやっていられる仕事をして、あんまり外に出てないのにこれだけ体調が悪いんだ。商売の代表なんてやらせたら色々と面倒もあるだろうし、余計に体調を崩させてしまいそうな気がする。


「登録についてはもう少し考えてみるよ。ロイドやマリーの方であてがあるかもしれないし」

「……ごめんなさい。私がもう少し動ければ良かったんだけどね……」

「無理しないでよ。ここで無理して動かれて、死んじゃったら、その方が辛いんだから」

「……そうね」


 それからは少しおかしな空気になったけど、夕食の時間が過ぎればいつも通りの空気に戻った。


 夕食後、今日獲ってきたお肉をお腹いっぱい食べて後はこまごました雑事を片付けておやすみ、っていうのが普段の流れなんだけど、今日はその普段の流れから外れて僕は少し外に出ていた。

 本当はこのまま何事もなく一日が終わって欲しかったんだけど……そうはいかないよね。


「ふう……。あんまり聞きたくないんだけど……なんのよう?」


 外に出た僕は、誰もいない場所を見つめてそう問いかけた。普通ならそんなことをしてればおかしな人だし、返事なんて返ってくるわけがないんだけど……


「やっぱっぱー」


 昼と同じように馬鹿みたいな掛け声と共に建物の陰から姿を現した……えーっと……ぽ、ポンコツ。


 ……まあ、名前なんてどうでもいいんだよ。改めて聞けばそれで。

 そんなことよりも、今この魔族に聞かなくちゃいけないことがある。


「なんで、ここにいるの……」

「なんでって、いることはわかってたんでしょ?」

「わかっていたけど、だからと言って君がここにいることを疑問に思わないわけじゃないよ」


 いること自体はわかってた。それも、結構前から。なんだったら夕食の前からいたし。

 けど、いる事はわかっていても、教えたわけでもない家に来てるのも、家にきたはずなのに何も手を出して来ない事も、気になる事はたくさんある。


「これでも魔王直下森魔族第三——」

「それはもういいって。なんでここにいるのさ」

「むう……だって、この町で一番強いのあんたでしょ?」


 魔族は名乗りを途中で遮られたことに不満そうな様子を見せたけど、すぐに昼間一度だけ見せた鋭い目つきになって、楽しげな笑みを浮かべながら話した。


 確かに強いけど……なんでこいつがそのことを知ってるんだ? 僕たちが肉を狩ったから? あるいは、逃げ出す時の身体能力を見て?


「伊達に魔王直下も筆頭も名乗ってないってのよ。強者がどこにいるのかなんて、このキラッキラのまんまるお目々で見ればすぐにわかるんだから」


 わからない。いや、本当にわからない。そうやって顔を突き出して見せて来なくってもいいよ。キラッキラって言っても普通の目だし……目? ああ……そっか。


「魔眼の類か」

「そそ。この私、ローナちゃんってばゆうしゅーなの。お、わ、か、り?」


 ああ、そういえばローナって名前だっけ。名前がわかったのはいいけどそれ以上にその言動が気になる。

 一音ずつ言葉を区切って発言するのと同時に、言葉に合わせて人差し指を左右に振るという、なんだかそこはかとなく苛立つ行動からはどう考えても優秀そうには見えないけど、実際に魔眼を持ってるって言うんだったら優秀だって言うのも、魔王軍なんてところにいるのも理解できる。


 魔眼。何か常人には見えない特殊なものを見ることができる眼の総称だ。有名なものでは、魔力の流れを見るものがあるが、あれはおそらく人が感じている違和感を他人よりも感じ取りやすい体質が視覚として現れたものだと思う。

 あとは、この時代にいるかはわからないけど、魔力じゃなくて生命力の流れを見て急所をついてくる者とか、相手の肉体情報を数字で見ることができるとか。

 他には温度や音なんかもあるけど、多分ローナは追跡に役立つような何かを見てるんじゃないかな。


「ねえ」

「……なに?」


 なんて考えるとローナが話しかけてきたんだけど、なんだか眉を顰めて訝しげな顔をしている。もしかして、僕は何かミスをしてしまったんだろうか?


 警戒しつつ、なんだろうと思って返事をしてみたんだけど……


「今私、ちゃんと〝おわかり〟って言ったわよね? 〝おかわり〟になってなかったわよね? ね?」


 クソどうでもいいことだった。いやほんと、どーーーーーでもいい事だったよ。

 あんな区切って発言した上に、振り付けまでしてるからそんな自分が言った言葉もわからなくなるんだよ。だからポンコツなんて呼ばれるんだって気づこうよ。

 ちゃんと「おわかり」って言ってたから安心していいよ。だからそんな頭の悪い話は……あれ? 本当に「おわかり」って言ってたっけ? どうだろう? 改めて考えると「おかわり」って言ってたような気も……って、違う。そんな事はどうでもいいんだってば!


「……じゃあ、そんな優秀な魔族が、こんな荒屋になんのようなの?」

「ふふん。そんなの決まってんでしょ!」


 ローナが自信に満ちた表情で堂々と胸を張ってそう言ったけど、直後に何故か一旦深呼吸が入った。

 なんだろう。そんなに覚悟が必要なことでも言うつもりなのかな?


 流れるような綺麗な動きで地面に両膝をついて座ると、そのまま両手も地面につけた。そして、勢いよく頭を下げて……


「私のご主人様になってください!」

「……………………なんで?」


 最初から最後まで、本当にわけがわからないよ。

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